Making Twilight

少女の微笑み

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 崩れ落ちた廃墟の中で、少女は目覚めた。
 手の甲にはprototype-0の刻印。
 こぼれ落ちる培養液の中で、コポリと水の泡を吐きだす。
 減少する水の中、少女は深く息を吸い込んだ。
 肺を満たすはじめての空気は、乾いた香りがした。
 音のない静かな世界で、透明なカプセルのふたがゆっくりと開いていく。
 かろうじて生きていたエネルギー供給システムが息絶えた事を、少女は知らない。
 閉鎖された研究所の存在ごと廃棄された少女は、誰からも忘れられた存在だった。

 それでも、知識はあった。
 言語・文化・世界のことは情報としてインプットされていた。
 人と呼ばれる存在と同じ姿をしていることも、少女は理解していた。
 人と呼ばれる存在と違う力を持っていることも、少女は理解していた。
 その力がなんのために与えられ、何をするために生まれたのか。
 そして、これから何をするべきかを、教えるものは廃墟の中にはいなかった。

「空」

 少女はつぶやいた。
 空が自分の向かうべき場所だと知っていた。
 自分の力を生かせる広い世界は空だけ。

 崩れた建物の中をさまよいあるき、一番高い鉄塔にたどりつく。
 半分崩れ落ちた鉄塔の外壁に螺旋状にからみついた階段は、とろどころ踏み板が抜けていたけれど、恐れもせずにひょいと飛び上がる。
 転げ落ちても簡単に見えないほど地面は遠いのに、一瞬の躊躇もなかった。
 本能に従うように裸足のまま、さびた階段の上を軽やかな足取りで登り続ける。

 叩きつけるような強い風。
 耳元を掠めて過ぎるそれは、鋭い悲鳴に似ていた。
 少女の耳には、いきたい、と叫んでいるように聞こえていた。
 声のない衝動。
 空、空、空、行きたい、生きたい、いきたい。

 少女を突き動かす想いのロンド。
 眼差しを空に据え、ただひたすらに上へ、上へと足を運ぶ。
 長衣は闇の中で淡く光りながら、裾が激しくはためいている。
 濡れた長い髪は風にもてあそばれ、いつの間にか乾いていた。
 目指す塔の頂上には、折れた十字架が見えた。
 本来は鉄塔の一部だったのだろう。
 それが放置され崩れ落ち、朽ちた墓標のように傾いでいる。

「朝日」

 頂上にたどりついたとき、思わずそうつぶやいた。
 あたりを墨色に染め上げていた闇は、いつの間にか遠のいていた。
 顔をのぞかせたやわらかな陽光が、ゆっくりとあたりを桃色に染め上げる。
 少女は目を細めた。

 生まれたての澄んだ光。
 生まれたての少女も、世界と同じ桃色。

 チカリ、と少女の瞳が光る。
 瞳が金属の輝きを帯びた。
 背中に銀色の翼が姿を現す。
 二度、三度、軽く動かして、少女は深く朝の空気を胸一杯に吸い込んだ。
 そして、鳥のように翼を広げ、広い空に向かって飛び立つ。

 行くあてはない。
 受け入れてくれる場所などどこにもない。
 それでも、遠く、高く、折れた十字架に背を向けてはばたく。

 視界は桃色。
 空は青いばかりではなかった。
 それでも、世界は美しい。

 解き放たれた少女の微笑みを、誰も知らない。

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@にゃん椿3号さんへのちょっと退廃的なお題は「折れた十字架」です。追加お題は「無用の鉄塔」です。イラストの時は「桃色」をメインカラーにしてみましょう。 https://shindanmaker.com/614738?
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