小毒なボッチ思考にゃん(ΦωΦ)

大切な人

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他人のすべてを理解することはできない。
自分のすべてを理解してもらうこともできない。
わかってほしいと思うことも、わかってあげたいと思うこともあるけれど、否定されないだけで幸運。

人として生きているなら、いくつもの顔や立場を持っている。
それはその人が対峙する相手や環境、その日の状態によって見える面も変わっていく。
同じ人でも。
家では母。電車に乗れば乗客。道路を歩いてすれ違う人にとっては通行人。
充実しているときと、病気で不調の時は、似た出来事に直面しても違う反応をする。
機嫌のいい時は優し言葉、不機嫌な時はとげのある言葉。
発する言葉や行動が、いつも同じなんてできない。

同じ家に暮らしている人のことすらわからない。
一日のうちのほんの数時間をすごす、学校の友人や職場の同僚なんてもっとわからない。
ネットというつながりは、相手の表情も口調もないから、さらに見えるものが少ない。

それは当たり前のこと。
人は誰でも、その時々で違う反応をする。

自分と他人、同じ場所にいても違う思考を持っている。
肩を並べ同じものを見ていても、別々の目の高さで別の感慨を抱いている。
心のあり方は体調や状態で常に変化していくものだから、理解した・わかったと判断するのはただの思い込み。
決めつける傲慢さは、その人の狭量さに他ならない。
いつだって万全の対応や行動を求めてくる人もいるけど、自分自身を壊してまで応える必要はない。

自分の言葉を発信すること。
相手の言葉を受け取ること。
お互いにできるのは、相手を認める努力だけ。
簡単なようで、とても難しい。

私の目に見えるのは100あるうちのほんの少しだけ。
勝手な期待を膨らませて、知ってる顔がすべてだと勘違いしない。
いい顔だけ見せるなんて、できる訳がない。

出会った時がゼロ・スタート。
少しづつ積み重ねて、ゼロのあなたが1になり、2になり、少しずつ増えていく。
たまに不機嫌なあなたに出会っても、減点にはならない。
笑った顔も、不機嫌な顔も、全部があなた。
知って、認める、あなたの一面が増えるだけ。

例えば100あるうちの99は知らなくても。
私の知っている大好きな「1」があるなら、いつだって加算法。
私ではない他人を理解するって、そういう感じ。
理解って表現は違うのかな? まぁいいか。

大好きだって簡単に言ってしまうけどね。
ゼロを超えたあなたは、私の大切な人。

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