短編集 恋の卵

微笑みのフリーフライト

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 男のロマンって理解できない。

 大事な話があると言って夜中に連れ出され、高速を飛ばしてたどりついたのは小高い丘。
 君は寝ていてもいいと言われたって、車の助手席でグーグーと眠れるほど図々しくないよ。
 途中で買ったコーヒーを飲んでも、大きな欠伸がこぼれ落ちてしまう。
 文句はなんとか飲み込んで、流れてくるポップな音楽に意識を向けながら、背中と腰が痛くなる頃にやっと目的地にたどりついたのは一時間前。

 視界いっぱいに広がる丘は、どうやら田畑らしい。
 農作物は収穫されたらしく、寂しいほどに実りも建物も存在しない。
 茫然としている私に「くるなよ、呼ぶまで待っていろ」とだけ言って、卓ちゃんは見知らぬ人たちのところに走っていった。
 なにをするの? と卓ちゃんに問いかけるまでもなく、ちょうど同じころに到着した彼らの積み荷を見てピンときたけど。

 たぶんコレ、熱気球のフリーフライトだ。
 一時間近く空の旅を楽しむことができるプランがあったはず。
 手際良く車から降ろされるゴンドラやプロパンガス、計器類にその確信を深めた。
 クルクルとコンパクトに丸められていた球被を手際よく広げていく彼らに交じって、卓ちゃんはせっせと準備を手伝っていた。
 気球の開口部をふたりがかりで広げ、天頂部につながった長いロープを一人が押さえている。
 パイロットらしき人が計器を見ていたり指示を出している。

 私はそれを車のドアにもたれて待つばかりだった。
 中に入ってもいいけどなにもすることがないから、ブルブル震えながらボーっとしていた。
 近くに行くと邪魔になりそうで、スマホで調べてみると気球のガスバーナーは八メートル近く炎が出るらしい。

 それにしても寒い。とにかく寒い。
 顔を出したばかりの太陽が、見えるすべてをくっきりと浮き上がらせていた。
 ちょうど夜明けの色彩が色を失い、青空が広がりはじめてから辿りついて残念だった。
 どうせならもう少し早くこの丘に立ち、夜明けを見たかった。
 きっと綺麗だったはずだと予想できるぐらい、見晴らしのいい景色は透き通った冬の空気が満ちて、シンと冷え込んでいる。
 ふぅっと吐き出せば、白く息が溶けて消えた。

 本当に男のロマンって理解できない。
 せめて前もって教えてくれたら、いろいろと準備できたのに。
 それでもスタッフと一緒に風向きを確かめながら、バルーンを膨らませていく卓ちゃんはとても嬉しそうに見えて、仕方ないなぁって笑うしかないけど。
 そもそもの発端は私のつぶやきだと思う。

「空を飛べたら気持ちいいでしょうね」
 確かに、そう言った記憶はあるけどね。
 だけどそれは肩を並べて見ていた映画のワンシーンで、真っ青な空と南国の島の対比がとても美しかったからだ。

 白い砂浜と、無数のヤシの木。
 大きな葉が優しい風に揺れている。
 空撮された爽やかな情景に心をつかまれてしまった。
 ああいう場所にハンモックをつるしてお昼寝するのもいいし、少し足を延ばして峠から海の青さを見渡すのもいい。
 心地の良いそんな夢をみただけなのに、卓ちゃんはどうやら別の方向に反応したらしい。
 まさか寒空の下で、真っ白な息を吐きながら震えることになってしまうなんて。

 まぁ、卓ちゃんらしいけどね。 
 五年もつきあって、お互いの部屋の鍵を交換してからも、泣いたり笑ったりいろいろあった。
 突然の行動にも慣れてはいるけど、本当にいつもビックリさせられる。
 そういえば肝心なところは抜けてるし……ちょっと気になったからダッシュボードを開けて、そこにあったものに苦笑してしまった。
 きっとここに入れたままにしていることを忘れて、気球の準備をしているに違いない。
 迂闊というか詰めが甘いというか、いれる場所を間違えている。
 ほんと相変わらずだと思いながら、ポケットに入れておく。
 そんなことをしていたら、やっと「おーい」と呼ばれた。

 振り向けば、フライトの準備はすっかり整っていた。
 抜けるような青空に、大きく膨らんだ気球は壮観だ。
 風も微風で、私たちはお天気に愛されている。
 いくつかの注意事項を聞いてからバスケットにのせてもらい、籐のかごは頑丈に見えてもどこか不安的な気がして、卓ちゃんの服の袖をつかんだ。

「ようこそ、空の旅へ! 空中散歩を心ゆくまでお楽しみください」
 にこやかな声に私と卓ちゃんは思わず顔を見合わせ、そろってパイロットに敬礼した。
 パイロットのおじさんは敬礼を返してくれ、その後にいくつかの計器をいじる。
 バーナーの炎が一段と大きくなり、ふわりと浮き上がった。
 その瞬間、カゴがグランと不安定に揺らめいた。
 バランスが取れない心もとなさに、思わず卓ちゃんの腕にしがみつく。
 卓ちゃんはあいている手で、私の頭をポンポンと軽く叩いた。
 不思議なもので、それだけで感じていた不安が消えた。

 グングンと地上が遠くなる。
 三百六十度の大パノラマ。
 どこまでも天高く舞い上がる、赤い気球。
 はるか向こうに遠い街並みが見えた。
 圧倒的に迫ってくる真っ青な空に、このまま溶け込んでしまいそう。
 卓ちゃんのロマンはわからないけれど、やっぱり空の旅はどこかファンタジーだ。

「本当にすごい!! ねぇ、車があんなに小さい!」
 最初は恐る恐るだったけれど、あっという間に高度に慣れて卓ちゃんの腕を離した。
 カゴの縁に捕まって夢中になって眼下を見下ろしていたので、卓ちゃんが無言だということにしばらく気付かなかった。
 高所恐怖症でもないのに、カゴの真ん中あたりに下がったままだ。
 妙に静かだとやっと気付いて視線をやると、なんだか落ち着かないそぶりでコートやズボンのポケットに手を突っ込んで、せわしなくなにかを探していた。

「これでしょ?」
 私は自分のポケットを探り、ダッシュボードから持ち出していた小箱を卓ちゃんに渡す。
「おお! サンキュ、さすがだな♪」

 そう言ってにこやかに受け取った後で、卓ちゃんは渋い顔になった。
 手の中にある指輪ケースをじっと見つめている。
 いや、とか、うう~んとか、悩ましい声を出しながら眉根を寄せているので、思わず笑ってしまった。

 困ってる、困ってる。
 もうそろそろ、けじめをつけてもいい時期だもんね。
 気球のフリーのフライトプランってわかったとき、そういうことかなぁって期待してしまったから、ダッシュボードで見つけたときは嬉しかった。
 知らず、顔がほころんでしまう。

「それ、私に?」
 ああ~ウムと、歯切れ悪くうなずいて卓ちゃんが横を向くから、私よりも遠慮なくパイロットのおじさんが笑いだす。
「まだまだ空の旅は長いから、まぁ頑張れ」
 ちらっと卓ちゃんはパイロットを睨みつけて、私に向き直った。
 少し落ち着かない感じで、視線が泳いでいる。

「これから先も一緒に、ずっと笑っていたいと思っている」
 うん、と私がうなずくと、卓ちゃんはやっと安心したようにニコッと笑って「結婚しよう」と言った。
「ずっとよろしくね」

 私も笑って左手を差し出すと、卓ちゃんはケースから指輪をとりだした。
 そっとはめられたルビーの指輪は、私の左の薬指に自然におさまる。
 すごいね、誕生石をちゃんと調べたんだ。
 光にかざすとキラキラと光を放ち、これは現実だと自己主張しながら、くっきりと空の青から浮き上がる。

 透き通った空と赤い気球。
 お伽話の中から抜け出たような情景。
 今日のフリーフライトは一生の宝物。

「ありがとう。私、卓ちゃんと一緒に笑って生きるわ」

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