短編集 ふんわりと

お兄ちゃん大好き

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「ちょっと待て、それはなんだ?」

 え? と不思議そうに里香は振り返って俺を見る。
 なにを言われているかわからないって顔だ。
 手元なんて少しも注意していないので、わーっと思わず俺は声をあげてしまった。

「こら! 包丁! 包丁!!」
 俺の声に里香は手元に目を落とし「キャァ!」と叫んで、左手に持っていたジャガイモを投げ捨てた。
 右手にした包丁の柄は握りしめたままだったので空は飛ばなかったけれど、プルプル震えているからまったくもって危なっかしくて仕方ない。

 両親が結婚二十年の記念旅行だといって一泊二日の旅行に出かけたのは今朝のこと。
 里香が「おにいちゃんの食事も洗濯も任せて!」とやたら張り切っていたから嫌な予感はしていた。
 一つ年下の里香は高校一年生の癖に、小学生と変わらないぐらい落ち着きがなくて危なっかしい。
 ただ、家庭科の成績はいいと自信満々だったから里香の好きにしろと言って、いつも通り部活をして帰ってきたところで見たのがこれだ。
 閻魔様に舌を引っこ抜かれてしまえ。
 床に転がった大きく削られた貧相なジャガイモを拾い、大きなため息をついてしまう。
 不器用だとは思っていたけれど、もともとのサイズの半分以下になって角々しいジャガイモを見ると、黙っていられる訳がない。
 しかもまだ皮が残っている。
 なぜだ?

「里香~お前、ピーラー使えよ。そこの引き出しにあるだろう?」
「ひどい! 調理実習でちゃんとジャガイモの皮むき試験、受かったもん」
「は? これでか? 身と皮と、どっちが多いか言ってみろ」

 だってぇ~と里香は口をとがらせているけれど、すねたってちんまり痩せたジャガイモは元に戻らない。
 ほとんど無駄になってポイ捨てなんて、もったいない神様が夢に出てきてうなされそうだ。
 日常から母さんの手伝いをしていないのに、急に台所に立つなんて無謀にもほどがある。

「まったくもう……だからレトルトでいいって言っただろう? それか、ピザでもとるか?」
 ため息交じりの俺に、ふふんと里香は鼻で笑った。
「甘いわね、おにいちゃん。そんなお金、ないから」
「え? ちゃんと二日分の食事代はおいて行くって……」

「すべて今日のハンバーグカレーの材料代に使ってしまいました~残りは三十二円です♪」
 えへへ♪ なんて里香は可愛く笑って見せたけれど、俺は思わずめまいを覚えた。
 テーブルの上に並んでいる材料が多いと思ったけれど、なんてことだ。
 最後の手段であるコンビニ弁当も買えないとは。
「カレーを煮込んでいる間に、ハンバーグも作れるかなぁ~なんて買い物しながら思ったんだ。お兄ちゃん、どっちも好きだものね♪」

 冴えてるでしょ、なんてジャガイモの皮も薄くむけないのに、ない胸を自慢げにそらすな。
 それは段取りができる手際のよい人間の技で、調理実習以外で包丁にふれたこともない人間には無謀なだけだ。
 集団で調理実習しかしたことがないくせにカレー以外にもハンバーグを同時に作る気だったなんて、チャレンジャーすぎてあきれてものが言えない。
 誰がどう考えたって、ムリだろう?
 我が妹ながら、なんで気がつかないんだ?

「頼むから、カレーだけにしてくれ」
「うん、もうそのつもり~まぁ、なんとかなるでしょ」

 お気楽に笑ってくれるが、なんとかしてくれないと困るんだけどな。
 二人して飢えるかどうかの瀬戸際なのに、なんでそんなに楽しそうなんだか。

「とにかく、野菜をまず切っちゃおうぜ」
「え? おにいちゃんも一緒に作るの?」
「お前、このジャガイモを見て、ほっとけると思うのか? 俺はちゃんと晩御飯を食べたいんだよ」
「平気平気、加熱しちゃって煮込めば形も皮も気にならなくなるから!」

 なんというアバウトさ!
 それはやめろと突っ込む気もうせてしまう。

「そんなことより、ご飯炊いてるか?」
 あ! と里香は固まった。
 やっぱりな。想定の範囲内なのが悲しい。
 初めてだからというよりは、ソコツ者だからって気がする。
 里香は鼻歌交じりに米を研ぎ始めたけれど、手付きが危なっかしくてハラハラする。
 水をきるだけなのに、流しにザルを落として米をぶちまけそうで怖い。
 そもそもカレーライスを作ると張り切っておいて、ライスの存在を忘れてしまうなんて、救いようがあるんだろうか?

「将来の旦那様のために、今から練習しないとね~これからもよろしくね、おにいちゃん♪」
 鼻歌まじりで、サラリと恐ろしいことを言ってくれる。
 確実に体温が三度は下がった。
 この寒さは気のせいではないと思う。
 里香のこの致命的な不器用さに、この先も付き合えというのか?
 嫌って言っても俺の部屋に突撃される図が浮かんでしまうけれど。

「おまえ、俺を思い切り踏み台にする気だな? 先に言っておくが、断る!」
 俺のささやかな宣言に、えへ♡ と里香は笑った。
「踏み台じゃないよ? ちゃんとお兄ちゃんのために作ってるもん!」

 チッと舌打ちして横を向くしかない。
 なんだかんだ文句を言うだけで、この先も俺が甘いと確信している顔だ。
 憎らしいけれどその笑顔だけでつい許してしまう。
 そしてありがとうのかわりに、いつものごとく里香の決め台詞が響くのだ。

「おにいちゃん、大好き♡」

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