短編集 恋の卵

月が見守る夜に 後編

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「で、なんの役? こんなに遅くまで練習してるなら、ちょっとは期待してもいいよな?」
 明るい声で問いかけられて、きょとんとしてしまう。
 できるだけ隅っこにいたい私が役者になっていたら、登校拒否を起こしていると思う。
 そのぐらい拓海も知っているはずなのに、気分を変えようと気を使ったのならものすごく不器用だ。
 そう思ったらなんとなく気持ちが緩んだ。

「私? 私は裏方。衣装は力作だから絶対に見てね」
 力作だよ! と黒猫のワンピースについて語りだすと、ありえね~と拓海は嫌がった。
「俺が衣装なんて見てどうすんだ? お前が出るならって期待してたのに、出ないのかよ」

「大根役者だって、笑う気だったでしょ?」
「言わねーよ」
「嘘。へたくそーって絶対に笑う」
「どうしてこういうときばっかり、おまえ、強気で断言するのかなぁ?」

 まったくもう、なんてぼやいてるのがおかしくて、思わず笑ってしまう。
 いつのまにか悲しい気持ちが消えていた。
 拓海の言葉にのっかっていると、胸の奥がポカポカしてくる。
 特別なことは話さないのに、こうして会話している時間は心地いい。
 他愛のない会話っていいな、と思う。

 肩を並べて歩いているうちに、いつの間にか私の家が見えた。
 あと十メートルもまっすぐ歩けば、私の家の玄関だ。
 拓海はこの角を右に進むので、ここでお別れ。
 もう少し一緒に歩きたい気がしたけれど、それは友達を越えた希望になりそう。

「また明日。ジャージ、ありがとう。洗って返すね」
 お礼を言うと、不思議そうに拓海は私を見た。
「遅いし、すぐそこだから門まで送る」

 いいよ、悪いし。
 そう言いかけたけれど、不意に伸びてきた拓海の手が私の頬に触れた。
 耳からこぼれ落ちていた髪を指先でそっとすくい、そのまま頬をなでるように後ろに払う。
 不意打ちに、心臓が止まりそうだった。
 思わず息を飲んで無意識に後ろに逃げかけた私の肩を、拓海の大きな手が押さえる。
 じーっと私の顔を見つめて、ポツンとつぶやいた。

「お前さ、こんなに美人だったっけ?」

 カーッと一気に血が上り、顔が真っ赤になっていくのがわかる。
 いきなり何を言いだすのかと思ったら、真顔でからかわないでほしい。
「よくもそんな恥ずかしい台詞を……」

 バカバカと思い切りはじきたかったのに、弱々しくかすれた声しか出なかった。
 美人なんて、そんなの誰にも言われたことがない。
 私一人だけ意識してると思っていたから、思いあがってしまいそうだ。
 褒められて嬉しいけれど、不意打ちで言わないでほしい。
 思わずつま先を見つめて、本音をこぼしてしまう。

「拓海こそ、そんなにカッコよくなってずるい」
「バッ! お前こそ、よくもそんな恥ずかしい台詞を……」

 最初に言ったのは拓海なのに。
 顔をあげると、視線がからんだ。
 拓海も真っ赤になっていた。
 ドキドキしている心臓の音が、ここまで聞こえてきそう。
 こんな表情、初めて見る。
 そう思ったら、スルンと言葉が出ていた。

「恥ずかしくないよ、本当のことだから」
「お、俺だって嘘なんて言わないけど……」

 それ以上の言葉もなく、頬を染めて私たちは立ち尽くす。
 家はすぐそこで、帰らなくてはいけないけれど、帰りたくない。
 冴えた月光に照らされ、お互いの表情が夜の中で鮮やかに浮き上がる。
 心まで射しこむ、夜の魔法みたいだ。

 ずっと一緒に育ってきた。
 このままなにも言わず友達でいれば、お互いに傷つくこともない。
 だけど、ほんの一歩。ほんの一言あれば、私たちの関係は変わる。

 友達のままでいると、拓海が私以外の人を選ぶのを見ることになる。
 特別な関係になると、今までみたいな気安さが壊れるかもしれない。

 怖いのはどっち?

 次の言葉を探して立ち尽くす私たちを、青白い月がそっと見守っていた。

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貴方は『よくもそんな恥ずかしい台詞を』をお題にして140文字SSを書いてください。 http://shindanmaker.com/375517?
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