Making Twilight

絶滅危惧種の獣人のしっぽを撫でる話 前編

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 決めた。今夜、突撃する。
 僕はライア様のものになりたい。
 夜這という単語が浮かび、嬉しいような恥ずかしいような、そんな感慨が胸を締め付ける。
 あの館を逃げ出してから今日まで、本当に長かったと思う。

 ふわりと漂う石鹸の香りが、やわらかに鼻腔をくすぐる。
 念入りに洗った身体を鏡に映して、ロウガはほうっと長い溜息を吐きだした。
 ちなみに、ロウガは種族名で固有名ではない。

 獣人の中でも美しいロウガを愛玩用に求める人間は多く、捕獲され飼育された個体から生まれたのが僕だ。
 元来は誇り高く高慢な種族と聞いていた。
 狩られて慰みものとして生きるよりはと命を絶つ仲間が多く、今では野性のロウガはほぼ絶滅しているらしい。
 つがう相手が見つかるまで性別が定まらないので、捕獲され繁殖を試みても成功例は限りなく少ないという。
 だからお前はとても貴重なのだと何度も言われたけれど、売買され主人が決まるまでは名前すらない僕には仲間とか種族のことはよくわからなかった。

 生まれたときから檻のような館の中で、王侯貴族に売られることを前提に教育を受けた。
 妾妃もしくは愛人として寵愛しながら、身体能力と魔力の高いロウガを護衛に持つことはある種のステータスらしい。

 種族としての誇りとか、生き様とか、そんなことは知らない。
 知識も体術も、すべてはいつか得る主人のため。
 そう教えこまれ、ロウガは従順に従っていた。
 砂が水を吸い込むように知識を吸収する。
 いつか僕に名前を与えてくれる主人は、きっと自分にふさわしいと信じて。

 そして運命の日。
 初めて見るきらびやかな服をまとった男が、頭の先から足の先まで粘つく視線で舐めるように観察し、唇をゆがめて「買った」と言った瞬間。
 嫌悪で背筋まで凍りついた。
 こいつは違う。一目で僕にはふさわしくないと思った。

 だから、逃げた。
 自分自身が認められない者を主人とするのは、どうしても許せなかった。
 それぐらいなら死を選ぶと湧き上がる衝動に、自分の中にある種族の血を知った。
 体内の魔力が最大に高まる満月の夜に、檻にかかった結界に本能で自らを溶け込ませそっと館から抜け出したのだ。

 夜の間は獣化して、昼になると人の姿で人込みにまぎれる。
 走って、走って、走って。
 三日三晩走り続けて、国境近くの町まであともう少しというところで、とうとう倒れてしまった。
 もう大丈夫かもしれない、と思った瞬間に気が緩んだのだ。

 半日は雨に打たれていたと思う。
 飲まず食わずで走り続け、空腹も手伝い意識も朦朧としていた。
 激しく身体に打ちつける雨の勢いが緩んだ頃、複数の足音が近づいてきた。
 逃げなくては、と思ったけれど手を動かすことすらできなかった。
 目の前に赤いピンヒールが見え、ここは森の中なのになぜ? と思ったところで意識を失った。

 目が覚めると、ふかふかの布団に眠っていた。
 シンプルな作りで質素な感じだが、民家らしさが薄いので宿屋だろうと思った。
 泊まったことはないが覚えた知識と照らし合わせると、それ以外の答えは思い浮かばない。
 ゆるゆると身体を起こすと同時に、パンと勢いよく扉が開いた。

 派手な顔立ちに赤いルージュ。
 ひとつにまとめた長い髪も燃えるような赤。
 女性なのに長いスカートではなく、男性と変わらない精悍なズボン姿だった。
 男装と呼ぶにははち切れそうな胸のふくらみが目立ち、唯一女性物の刺さりそうなピンヒールは異質だが、違和感のないのが不思議だ。
 その人はつかつかと部屋の中に入ってくるとベッドの横まで歩き、手にしていたスープをサイドテーブルに置いた。

「お食べ」
 短く言って、イスにドカリと座る。
 長い脚を組み、ニヤッと笑った。
「それとも食べさせてほしいかい?」

 その強い目に圧倒され、思わず「いただきます」といってスープを手に取った。
 器はほんのりと温かく、トロンとしたポタージュスープはひと匙口に入れると、ゆっくりと舌の上に甘く広がる。
 思わず泣きたくなった。
 たったこれだけのことで泣けるなんておかしいけれど、手間暇かけてつくられたポタージュの優しさは一生忘れないと思う。
 ゆっくりとゆっくりと飲み込むスープは身体の芯まで温めてくれる。

「美味しいです。とても、美味しい」
「それはよかった」
 そう言って笑う彼女に話しかけようとして、思わず手の中の器を見つめてしまう。
「すみません。助けてもらってもお礼はできませんし、僕には名前すらないんです」
 それどころか、追われている身だ。
「でしょうね。ロウガを見るのは私も初めてだ」

 当たり前に言われて、思わず視線が跳ねた。
 絶滅寸前のロウガは宝飾品以上の価値があり、知っていながら見逃す人間はいない。
 この身には懸賞金だってかかっているだろう。
 スープ一つでどうして安全だと思ってしまったのか。
 衝動的に逃げ出そうとした僕の肩を、彼女は押さえた。

「あんたを売るほど困ってないよ」
 ニヤッと笑われて、その瞳の強さにほっとした。
 この人は嘘をつかない。
 安堵して体の力を抜くと、ポンポンと軽く頭を叩かれた。

「私はライア。今は宿屋の主人。私の部下も三人ほどウロウロしてるけど、気にしないで適当にくつろいでおくれ」
 そう言って僕の食べ終わった器を持って、ライア様は出て行く。
 部下という表現に少し引っかかったけれど、肩で風を切るような後ろ姿に安心して、僕はここにいていいのだと心から思った。

 まともに動けるようになるまで、それから三日かかった。
 ライア様は四六時中男装(?)のままで、落ち着いた物腰と派手なルージュが不思議と艶めかしく、年齢不詳だけれど肌艶の感じからたぶん三〇歳ぐらいだろうと思った。
 部下と呼んでいた人達とも挨拶をしたけど、パッと見は気のいい中年のおじさんたちだった。
 ただ、普通のおじさんというには屈強すぎて、どこからどう見ても傭兵とか戦士といった風情なのが気になる。
 歩き方は足音をたてず、気配もとても薄い。

 おじさんと呼んだら力強く訂正されたので、お兄さんでいたい年頃らしい。
 ライア様のことも自称乙女だからそこを間違えると血を見るぞと耳打ちされた。
 乙女なのに男の服? と不思議に思ったら、そこは単純に機動力を優先しているらしい。
 とにもかくにもいかついお兄さんたちがかいがいしく動き回り、ライア様の指示でクルクル働いてベッドメイクや洗濯をしている図が似合わなすぎる。

 この人たちはいったい何者なのだろう?
 どうして僕を助けるのだろう?
 とても不思議に思ったけれど、聞く勇気はなかった。
 ただの宿屋のおねーさんとおにーさんだと言われたら、わかりましたとうなずくしかない。

「よ、銀ちゃん!」
 なんて手をあげてあいさつされるのも嫌いじゃない。
「銀」というのは僕が銀髪だからという単純な理由でつけられた愛称だけど、なんだか嬉しくて仕方なかった。
 僕を呼ぶための名前。あったかい響き。
 ネーミングセンスは皆無だけど、ライア様が僕のご主人ならいいのにと心から思う。

 ただ僕は人型でいても瞳の色が独特なのでロウガだと一目でばれる。
 辺境の町中では人そのものが少ないので、見慣れぬ顔というだけでやけに目立つ。
 買い物に一緒に出歩いたとき、ジロジロ見られるから足が震えた。
 ずっとここにいたら迷惑をかけるかもしれない。
 養殖場の主人たちが売買契約まで済ませた僕をあきらめるとは思えなかった。

 いまさらのように追っ手の存在に思いいたって、頭を下げて「お世話になりました」と言ったら不思議そうな顔をされた。
 行くあてがあるのかい? と問われても返事ができるはずもなく、ライア様の「なら、銀はうちの子だ」と言われて思わず泣きたくなった。
 僕もずっとここにいたい。
 だけどそんな小さな幸せが続くはずもなかった。

 ある日の昼下がり。
 バーンとすごい勢いで開け放たれた扉から五人の男たちがなだれ込んできた。
 手に手に武器を持ち、血走った眼で室内をねめつける。
 僕を見つけるとニヤリと笑う。
「いたぞ」

 ライア様はフッと軽く息を吐いて肩をすくめた。
「予想通りだ」
 面倒くさそうに立ち上がると、ここから動くなというように僕の頭を軽くポンと叩いた。
 カツカツとヒールのとがった音が室内に響く。
「うちはまだ営業前だよ。物騒なものぶら下げて、いきなり何の用だい?」
 部屋の真ん中でライア様は立ち止り、まとめていた長い髪をほどく。
 ふわりと豪華な赤毛が炎のように揺れていた。
 ライア様の魔力ある揺らめきに少し表情を引き締めたものの、僕の上に男たちの視線が固定される。

「返してもらおうか。そこのロウガは俺たちの所有物だ」
 険のある男たちの声に、ふっと鼻先でライア様は笑った。
「そいつは無理な相談だね。この子はうちの子だ」
「なんだと?」
「一度だけ見逃してやるから、とっとと帰りな」
「おいおい、威勢がいいなぁ。力づくでも返してもらうぜ」
 すべての目がライア様に向けられた。

 僕は裏口から出て自称宿屋のお兄さんたちを呼ぼうと立ち上がったけれど、そのまま硬直する。
 動く必要はなかった。
 男たちが足を踏み出す前に、タン、と軽くライア様は床を蹴った。
 たったそれだけの動作で間合いに入り、次の瞬間には男たちの姿が店内から消えていた。
 正しくは店内からはじきとばされていた。
 それは、まばたきの間もない神速のできごとである。

 ズドドドーンとと地響きするような音があたりに響き渡る。
 鞠のように地面をバウンドしながら吹き飛んで、砂煙がその軌跡を残しつつ激しい勢いで転がり続け、遥かかなたでようやく止まる。
 白目になり泡を吹いたまま、彼らはピクリとも動かない。

 僕の混乱などどこ吹く風で、パンパンとこぶしの埃を払いながら「弱すぎる」とつぶやくライア様の姿だけが店内にあった。
「まったく……つまらないものを殴ってしまった」

 僕は思わず目をこする。
 今、何が起こった?
 殴ったというからには、純粋な打撃技だったのだろうか?

 人よりもはるかに動体視力の優れたロウガなのに、ライア様が拳を突きだすところすら見えなかった。
 深呼吸をひとつして落ち着こうとしたけれど、頭の中を無数の疑問符が飛び交う。
 強い、なんて言葉ではかたづけられない気がする。
 鈍い音が複数したけれどあれが打撃音なら、早すぎてその数すら数えられなかった。
 でも、あれこれ考えて無数の説明をつけるよりも、強いからの一言しか表現できない。

 声をかけることもできない僕を振り返りもせず、ライア様は倒れた男たちに歩み寄る。
 なにをするのかと思っていたら、いきなりその頭を踏みつけた。
「うちの子に手を出そうなんて百年早いんだよ」
 ライア様が鋭いピンヒールが倒れた男のこめかみをグリグリと踏みにじる様に、痺れるような喜びが胸に湧いた。

 うちの子って僕のことだ。
 僕はライア様といていいんだ。
 強くて優しくて美しい僕のご主人さま。
 僕を支配してもいいのは、この人しかいないという強い想い。
 この人のために生きたいという欲。

 パンとライア様が合図するように手を叩くと、風のように現れたお兄さんたちが倒れている男たちを見てにっと笑った。
「運がいいな、殴られただけか」
「ま、自業自得だな」
「ついでに報告しといておくれ。保護対象のロウガを不法取引してる阿呆どものことを」
「了解」
 前に報告した時に証拠をよこせといったんだからこれで文句はないだろうとか、ライア様はブツブツとこぼしている。
 ひょいひょいと肩に担ぎ「いってくる」と、おにいさんたちは軽い足取りで走り去る。
 あれは続きそうな愚痴を聞きたくないから逃げたのだろう。

 後でこっそりと教えてくれたのだが、ライア様は退魔のために編成された特殊部隊の元教官で、人間なら一個大隊を相手にしても圧勝するらしい。
 たまたま今日は拳一つでカタをつけたけれど、本当に得意なのは魔法術だとか。
 若いのにすごい、と思わずつぶやいたら、自称乙女の年齢に触れたら命がねーぞと苦笑されて、コソッと本当の年齢を耳打ちしてくれた。
 はぁ?! とまぬけな声が出るくらいびっくりしたけど、それはお兄さんたちと僕だけの秘密だ。
 見た目ってあてにならない。特に魔力を扱う人間は。
 想定以上の年齢差なんて、種族すら違う僕には些細なことだ。

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