Making Twilight

祭囃子とリンゴ飴 後編

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 老人は懐かしそうにぐるりを見回し、崖へと歩み寄る。
 そしてふもとに広がる景色を見下ろしながら、懐かしいとつぶやいた。
「ここは今でも変わらない。あなた様と星空を見たあの日と同じだ」
 ふ、と姫は自嘲気味に笑って肩をすくめる。

「変わっておる。そなた、目まで迷うたか?」
「今日の私は迷子ではないですよ」

 片手の指に足りるか足りないかの歳の頃。
 森の中に迷い込み、何を間違えたのかこの社にたどりついたのだ。
 本来ならば人が入れない結界があったはずなのだが、その時の社は屋根も崩れ廃屋同然だったし、場が崩れていたのかもしれない。
 ほんの偶然の出来事だった。

 昼に森に入ったのに、気がつけば夜になっていて心細かったと老人は笑う。
 真っ暗な中に姫神が一人たたずんでいるうらびれた場所で、それはそれで怖かった気がする。
 壊れかけた社はそれだけでおどろおどろしく見えた。
 狐の耳や尻尾のある人間がいる訳がない。
 怯えて声も出なかった迷子に、この姫はスイとしゃがんで目の高さを合わせたのだ。

「……今の我はどう見える? と、あのときあなたは僕に尋ねましたよね」

 子供には難しすぎる問いで目を白黒させたけれど、口をついて出たのは「神様?」の言葉だった。
 自信のなさげな声に「神か?」と苦笑しつつ姫はそっと手を引いて、そのまま他愛のない話をしながらふもとまで送ってくれた。
 民家の見えるところまではほんの三時間ばかりだったと思ったのに、家に帰りつくと一週間ほど時間が過ぎていて驚いた。

 誘拐だ神隠しだと大騒ぎになっていたことにさらにびっくりしたけれど、山奥に神様がいてふもとまで送ってくれたというとさらに大騒ぎになってしまった。
 そんなところに社があるのかと大人たちはうろたえたけれど、山の神の存在を知っている者などいないから古い文献を調べて真実だと知って、さらに騒ぎが大きくなった。

 神様と会ったというのを一笑に付す大人も多い中、一人で黙々と山に向かって手を合わせた。
 毎日毎日、本宮を掃除して、晴れたから、雨が降ったから、今日も怪我ひとつなかったとこじつけのような理由をつけて、神様ありがとう、と手を合わせる姿に心を動かされる者も多かった。
 隠された奥宮まではとても人の足では祀りに通えないから、ふもとに本宮を作って今は祭りも行っている。
 たまたまというか都合よくというか、時勢に乗った町興しという名で祭りも定着した。
 今日の祭りはあなたの祭りですよ、と老人は嬉しそうにふもとに見える提灯の灯りを指さした。

「コンコン狐の姫神様とはよく言うたものよ」

 信仰がなければ神の力も薄らぐ。
 祀れば神。祀らねばただの妖に堕ちるだけだ。
 山の奥のその奥にあるこの社は遥か昔に人から忘れられ、すでに古く朽ち果てていた。
 姫自身が神としての力を失うのも、そう遠い日ではないと思っていたのに。
 この男がすべてを変えた。
 人が参拝し祀りあげることで力をまし、朽ちた社は自然に修復されていき、今も日を追うごとに新しい子狐たちが眷族として生まれている。

「小僧のおかげだ。感謝しておるよ」

 ぼそりと礼をつぶやくと、ハハハと老人は笑った。
 まだまだ小僧のままですか、と腹を抱えている。
 屈託のない笑い声は子供のころと変わらず、小僧で十分だと姫は肩をすくめて見せる。
 白髪も豊かな髭も老人のものだが、その魂はみずみずしい少年の日と変わらない。
 道行きに話したリンゴ飴が好きだというように、つまらないことまで覚えているとは。

 老人はしばらく笑い転げていたけれど、不意に笑いやみ崖下の灯りをじっと見つめる。
 ドコドンドン と太鼓が鳴り響くたび、森や畑や家々といった生活を営む場所から、ふわりふわりと浮かぶオレンジがかった明るい光に目を細めた。
 小さな蛍に見えるようなそれは、自分に所縁のある者のところへふわりと飛んでまとわりつき、スーッと空へと舞い上がる。

「ずっと気になっていました。あの時、あなたがあんまりさみしそうだったから」
「さみしそう……? 我がか?」
「子供の目にはそう見えたんですよ」
「なるほど……」

 無数の輝きが鎮魂の音に導かれて輪廻の輪に飛びこんでいくのを見て、私もそろそろ逝くかなぁ……と老人は呟いた。
 そうか、とだけポツンと言葉を落とし、姫神は手にしたリンゴ飴を口に運ぶ。
 見知った存在がこの世から消えるのだという、当たり前なことが胸苦しかった。
 固い飴をガリリとかみ言葉を飲み込んだ姫神にスッと近寄って、老人はリンゴ飴に手をかけた。
 姫神の手ごと自分の口もとへ引き寄せて、かじった跡に唇を寄せる。

 尊いと敬うように口づけるやわらかなそのしぐさを、ぼんやりとただ見つめていた。
 触れるだけの口付けに、なぜか心がざわめく。
 人の世の習わしは知らないけれど、それは心に触れるような甘い所作だった。

 すうっと老人は身を離し、姫神を見つめながら崖の先へと後ずさる。
 迷うことなく歩を進め、トンと飛べば落ちることなく、そのまま空へふわりと浮かぶ。
 想い残すことはないと言いたげなすがすがしい笑顔を見せるその身体は、半分透けていた。

「よかった。今のあなたは笑っている」

 それだけ言いおいて光の玉になると、他の舞い踊る光の輪の中にスーッと紛れてしまう。
 さようならのような別れの言葉もなかった。
 人と神は違う存在なので悼むような感情はわかないはずだと思いながら、それでも姫は手の中に残ったリンゴ飴を見つめる。 
 老人が唇で触れた場所にそっと舌を這わせ、甘いとつぶやく。

 しばらく下界の光の渦を見ていたら、いつの間にか子狐たちが周りに集まっていた。
 心配そうに見上げている。

「姫様、元気がありませぬ」
「姫様、泣いておりまするのか?」

 ふん、とその言葉を鼻先で姫神は笑った。
 感傷に浸るなど、自分らしくない。
 それでも弔いに沈む気持ちは悪くなかった。

 命の音。命の光。
 グルリと巡り巡る輪廻の輪。

 人の命は短い。
 だからこその鎮魂夏祭り。
 彼が今とは違う生を受けても、向ける愛しさは変わらない。

「しばしのさらばじゃ」

 星空を見上げ、いつか来るその日を想う。
 湧き上がる無数の命の光は乱舞し、空一面にちりばめられた星と共にまばゆく輝いている。

 遠く響く祭囃子の音と、すぐにはしゃぎだす子狐たちの笑い声の中。
 新たな生の鼓動のように、太鼓の音がふもとから響いていた。

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