Making Twilight

祭囃子とリンゴ飴 前編

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 テレツクテンテン ドンドコドン……
 山のふもとから聞こえてくる祭囃子の音に、子狐たちははしゃぎ出す。
 ドンドコドンドン テレツクテン……
 口々に太鼓囃子の音をまねながらひょいひょいと崖の上からふもとを覗いては、足元に広がる人の世界にキャッキャと嬉しそうな声をあげた。

「姫様、姫様! にぎやかでござりまする!」
「姫様、姫様! 甘い匂いがいたしまする!」

 姫様、と呼ばれた女は「そうか」と言ったきりで、つまらなそうに古い社の中に座っていた。下界のことなどどうでもいいとばかりに、脇息に身を預けてくつろいでいる。
 それでも崖の縁にわらわらと集まっている子狐たちにやわらかな眼差しを向けていた。
 紅を吐いた赤い唇は薄く、白銀の長い髪に赤い瞳が闇に浮き上がる。
 妖艶な肢体は白拍子のような水干姿でも隠すことはできず、炊きしめられた白檀に相応しい色香だ。
 ただ、人ではない証に大きな狐の耳が頭の上にひょこりと鎮座し、九つの尻尾がふさふさと生えている。

「人の宵祭りは夜半まで続く。そなたらが気にしているあれは屋台じゃ」
「屋台でござりまするか?」
「良き匂いがいたしまする」

 あまりのにぎやかさに扇で口元を隠し、ほほ、と姫は笑う。
 人の子も狐の子も変わらぬかしましさだと懐かしそうに目を細めた。
 一つ答えれば十は問いかけがわくほどの好奇心を面白がっている。

「姫様、姫様! 赤い甘い匂いのする丸いものに、棒が刺さっておりまする!」
「それはリンゴ飴であろう。カリリと甘い飴とシャクリとしたリンゴは美味じゃ」
「姫様、丸く焼いたものから餡の匂いがいたしまする!」
「それは大判焼きであろう。焼き立ては舌をやけどしそうなほど熱いが美味じゃ」
「姫様、あの泡のでる黄金の水はなんでござりまするか?」
「あれはじんじゃーえーるという名であったか……我の口には痛い」

 口に痛い飲み物と聞いて興味がわいたのか、子狐たちは姫の元へと走ってくる。
 そしてその周りにまとわりついた。
 膝の上には乗らないけれど、スリスリと身をすりよせる。
 見上げる瞳は未知を知る喜びにキラキラと輝いていた。

「姫様は飲んだことがありまするのか?」
「姫様は食べたことがありまするのか?」
「姫様は人の祭りに行ったことがありまするのか?」

 やれやれにぎやかなことよと思いながら答えかけ、ふと何かに気付いたように立ち上がる。
 スイスイと滑るような足取りで社から出ると、ふもとへと続く道に目をやった。
 続けて後を追った子狐たちは、あ、と声をあげる。

「人でござりまする」
「男でござりまする」
「されど甘い匂いがいたしまする」

 さがっておれと言って、姫はまなじりを釣り上げて仁王立ちになる。
 けもの道のような細い細い道から草をかき分けながら現れたのはカクシャクとした老人だった。
 ふさふさとしたあご髭も白く、好々爺のような温和な顔つきをしている。
 軽快な甚平姿で、右手には大きな袋を提げていた。
 怒りの表情でいる姫を見ても老人は嬉しそうに笑っただけで、お土産ですよと袋を掲げてみせる。
 そこから立ち上る美味しそうな匂いに子狐たちは目を輝かせたが、姫の手前飛び出すことは控えている。

「小僧、我は二度ときてはならぬと言ったはずじゃ」
「ええ、覚えていますよ。正しくは、生きている間は来てはならぬと言われました」
 だから今ですと、おどけたように両手を広げる老人の足元には影がなかった。
 夏祭りは災厄をはらい死者を弔う鎮魂の意味も持つ。
 人ならざるものが力を増す宵祭りの日に、死者が訪ねてくることに何の不思議はなかったけれど。

 少しひるんだ姫に、老人はお土産ですと袋を差し出す。
 唇を噛んだまま動く気がない様子に明るくハハと笑ってひょいとしゃがむと、側に控えて興味深げに自分を見つめる子狐たちの目線を合わせた。
「お食べなさい。ただ、リンゴ飴は姫の好物だからね」

「よいのですか?」
「よいのですか?」

 迷いを見せる子狐たちに、ほうっとひとつ息を吐いて、姫は「かまわぬよ」と声をかけた。
 おずおずと手を伸ばし受け取って、袋の中身を確認しながら、それでも姫を見上げる。
「よい。我にリンゴ飴をたもれ」

 わーいとはしゃぎながらとり出したリンゴ飴を渡すと、社のほうへと子狐たちは駆けていく。
 縁側に並んで座ると忙しく荷をほどき、大判焼きやタコ焼きをほおばり出す。
 さえずるような「美味しや」「美味しや」と言いあう声に、さすがに姫は苦笑した。
 珍しいのはわかるが、はしゃぎ過ぎだ。


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