短編集 恋の卵

ケーキ彼女

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 残業帰りのコンビニ。
 ふらりと立ち寄ったそこで俺はショートケーキを買った。
 ただの気まぐれである。

 白い生クリームに赤いイチゴ。
 子供のころは特別な日にしか食べなかったから、ほんの少しホームシックにかかっていたのかもしれない。
 半額シールが貼ってあり廃棄処分が目に見えていたから、なんとなくほっておけなかった。
 残業続きで疲れているからしょっぱいおつまみと酒より、身体が甘い物を欲しがっていると言い訳してみる。
 そう、ケーキを買うなんて、ほんの気まぐれの行動だった。
 それがあんなことになるとは、その時の俺には想像がつくはずもなかった。

 一人暮らしのアパートに帰り、べとついた汗をシャワーで流す。
 真夏のうだるような暑さからくるだるさも、汗を流せばいくぶんスッキリした。
 ペットボトルの紅茶を氷のはいったグラスに注ぎ、皿に盛り付けたショートケーキと向き合う。
 ふわふわのスポンジと甘酸っぱい香りのするイチゴも、俺と同じで少しくたびれていた。
 お前も苦労してるんだなぁ……などと場違いな感想を抱く。
 いつもの癖でアイフォンでツイッターを確認して見ると、妙な話題でフォロワーさんたちが盛り上がっていた。

「……チクワ彼氏……?」
 なんだそれ? 
 イヤホン推奨の美声を誇るチクワって、いったい?

 思わず寄り目になったのは普通の反応だと思う。
 ゲームでもなんでも攻略対象が人外の場合、誰もが受け入れやすい擬人化する配慮があるじゃないか。
 いくらなんでもチクワそのものが語るっておかしいだろう!

 賞味期限間近のチクワが、疲れたOLに癒しの言葉をかけるらしい。
 切り刻まれ、焼かれて食べられながらも、愛の言葉をつづり続けるチクワ。
 想像の斜め上すぎる発想だ。
 かなりの高レビューが数多くついているから、 変だと思う俺がおかしいのかもしれない。
 そう思ってしまうほどの人気ぶりだ。

 しゃべるチクワか~その良さは俺には分からないや。
 そう思いつつ、フォークでケーキをつついた途端。

「あぁん、エッチ!」

 甘く艶っぽい女性の声がした。
 思わず俺は自分の部屋を見回してしまう。
 当たり前だが俺の他には誰もいない。
 耳たぶを引っ張ってみたけれど、別に異常もなかった。
 そら耳だろうか? やっぱり疲れているのかもしれない。
 気を取り直して、再びケーキをつつく。

「イヤン、そんなところだけ食べないで」

 ぴきん、と俺は凍りついてしまった。
 もしかして、これは……声の主はケーキ?!

「クリームだけ先にすくい取ろうとするなんて困った子ね。見かけによらずお子様なんだから」
 そんなバカな! と叫びそうになる俺の正気を裏切って、ショートケーキはうふふと艶っぽく笑った。
「クリームはスポンジと同時に口に入れてくれなきゃイヤン♡」

 何がイヤンだ……相当俺は疲れているらしい。
 ほっといてくれ……どんな食べ方をしようと俺の勝手だろう。
 このままでは眉間にしわが増えそうだ。

 このところ仕事が忙しかったけれど、とうとう幻聴が聞こえ始めのかもしれない。
 もしかしてこれは夢で、いつのまにか寝ているのだろうか?
 頭を振って手の甲をつねってみたが、その痛みがこれは夢なんかではないと示していた。
 とりあえず顔でも洗って目を覚まそう、うん、それがいい。
 洗面所に行こうと立ち上がった俺に、ショートケーキが拗ねたように言う。
 
「ねぇ、すぐに帰ってきてね。私、あなたに食べられたいの」

 うわぉ! 艶っぽい声は熟女が甘える図を彷彿させるのも、賞味期限間近だからだろうか?
 うん、目の前にあるのはどこまでも普通のショートケーキだけど、無駄に声が色っぽい。

 その後は試練の時間だった。 
 いちいち「クリームは舌をからめるように」とか「真ん中ばっかり攻めてバカぁ」とか、なんだか背筋にジワジワッと響く甘い声が完食するまで続き、ケーキとの会話に付き合っただけで妙な気分になった。

 夢なのか、現実なのか、それすらも定かではない。
 久しぶりの会話の相手がショートケーキとは!

 そもそもケーキがしゃべるだけでもおかしいのだ。
 さみしい一人暮らしの俺がちょっとぐらいそのおかしさを受け入れても、他の誰かに迷惑をかけたりしない。
 とことんおしゃべりに付き合ってやろうじゃないか。

 最後の一口で「あなたのことは忘れないわ」なんて言われて、思わずホロリとしてしまう。
「俺も忘れたりしないさ」などと妙なことを口走ったことはここだけの話。

 俺はしばらくの間、ショートケーキを見ると涙が出そうだった。
 スーパーに買い物に行き、特売の竹輪を見てひっそりと思う。
 こいつらも夜中になったら語り出すのだろうか?
 あのときチクワ彼氏なんてありえない、などと笑って悪かった。
 白くてふわふわのケーキ彼女は可愛くて甘かったよ。
 どれほど懐かしんでも、二度と会えないけれど。

 感傷を引きずったまま、冬になった。
 冬は一大イベントがある。
 そう、クリスマスだ。

 今日のために注文していたけれど、遠距離恋愛中だった彼女が会いにこれなくなったと悲嘆にくれた同僚が、ホールケーキを俺に丸々一個押しつけてきた。
 ありえねぇ~一人暮しのおひとり様なんだぞ!
 そう怒鳴りつけてやりたかったけれど、肩を落としたあまりの憔悴ぶりに「元気出せよ」と思わず微笑みを張り付けて受け取ってしまった。
 自宅に持ち帰ったものの、デーンとテーブルの上に鎮座したクリスマスケーキに言葉を失ってしまう。

 純白のクリーム。大粒のイチゴ。隠れているふわふわで甘いスポンジ。
 そのすべてが同僚の愛と期待を物語るように、美麗に輝いていた。
 実においしそうだ。そして、美味しいに違いない。
 問題はそのサイズだけなのだ。

 どうすんだよ、俺。
 このままじゃ朝も昼も夜も、三食ケーキになってしまう。
 しかし、横流しする相手も呼びつける相手もいない。
 さみしい自分の現状にホロリと涙を落としそうになりながら、包丁を用意する。
 夏に出会ったショートケーキの愛情に報いるためにも、一切れ残さず食いきってやる!
 悲しいまでの決意を胸に、その白いクリームに包丁を突き付けた瞬間。

「お願い、痛くしないで……」

 かすかに震える可憐な少女の声が響いた。
 ああ、これはもしかして……もしかしなくても……思わず天井を見上げてしまう。

「私、食べられるのって初めてだから、優しくしてね」

 いや、一度でも食べられていたら、消化されて消えるだけだと思う。
 初めてで当たり前だろう、と思いながらも、一人で食べきるには大きすぎるケーキを見つめた。
 甘くて優しい、少女みたいなかわいらしいビジュアル。

 それほど甘い物は好きではないけど、残したりしないさ。
 食べきるのは一日では無理だ。

 今度のケーキ彼女とは、長い付き合いになりそうだった。


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「ちくわしかない。」というフリーゲームがあると聞いて、そこから広がった妄想です。
体験談をお寄せ下さいという私の我儘に、本当に答えてくださった勇者・桐生たままさんへ♡ 
捧げたいけど、斜めな作品すぎてちょっとや悩む(汗)
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