短編集 恋の卵

「催涙雨」

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「今年の七夕は雨だったね」

 年に一度だけの天にいる恋人たちの逢瀬は、翌朝まで降り続く雨で、笹の葉サラサラどころではなかった。
 受験の成功をお願いしたけれど、空までちゃんと届く気がしない。
 短冊に願いを書くなんて気休めで、日頃の勉強が重要ってわかっているけど、やっぱり運を味方につけたいって思ってしまう。

「雨でも願い事は叶うのかな?」と私が独り言のようにつぶやくと、花崎君はクスリと笑った。
 それはアレコレ含みのない、思わずこぼれてしまったとわかる笑い方で、私は思わず手元にある本を見つめてしまう。
 カァッと頭に血がのぼるのがはっきり分かって、本当に恥ずかしい。

「子供っぽいかな? 来年は大学生なのに、短冊に願い事を書くなんて」
「いいんじゃない? 来年は大学生になるなら。そのための努力しているから、お願いしても織姫たちは困らない」

 なんでもないことのようにサラリと言って、花崎君は本を整理する手を止めなかった。
 当たり前な調子にドキリとして、私は思わずその横顔を見つめてしまう。
 花崎君と私は同じ三年生だけど、実は一度も同じクラスになったことがない。
 もし図書委員にならなかったら、出会うはずもなかった人だ。
 噂で聞いただけなのだけど、頭もよくて実家の医院を継ぐために医大を受けるらしい。
 将来はお医者様を希望していると聞いても、なるほどとうなずけて全く違和感がないひとだった。

 初めのころは緊張してドキドキしていたけれど、今は違う意味でドキドキする。
 図書室のカウンターの中で一緒に作業していても、仲良く雑談するタイプではないけど居心地がいい感覚で言葉をかけてくれるのだ。
 良く言えば知的でクール、悪く言えば愛想がない人だけど、選ぶ言葉も涼しげで心地いい。
 隣にいることに慣れれば慣れるだけ、言葉を交わすことに私の心臓が跳ねるのはどうしてだろう?

「七夕の日に、雨が多い訳を知っているかい?」

 不意に問いかけられて「え?」と声をあげてしまった。
 そんなに雨の日が多いだろうか?
 記憶を振り返ってみて、そういえば、と驚いた。
 雨と曇りの日がほとんどで、晴れている日は少ない気がする。
 天の川が見えた日なんてあっただろうか?

「梅雨だから? 年に一度しか会えないのに、どうしてこんな日を選んだのかなぁ?」
 晴れの多い五月ごろにしておけば、天気の心配をすることもなかったはずなのに。
 ただ、すぐに思い当たる。
「織姫も彦星も中国の人だから、梅雨なんて関係ないよね。日本のお天気に振り回されてるわけじゃないね、きっと」
 中国では会ってるかも、と言うと、花崎君はハハッと笑いだした。
「園田さんのそういうところ、悪くないよ」
 なんだか笑いが止まらなくなった感じに、私は「ひどい」とふくれるしかない。
 そんなに笑わなくてもいいのに。
 ひとしきり笑った後で「ごめんごめん」と花崎君は謝りながら、目じりに浮かんだ涙を指先でぬぐった。

「織姫星のベガと牽牛星のアルタイルが、七月七日に天の川をはさんで、一番強く輝くんだ」
 うん、と私はうなずいた。
 そのぐらいは聞いたことがある。
「君は、雨が降ったら、本当にあの二人が会えないと思っている?」

 え? と思わず花崎君を見る。
 君、なんて初めての呼び方だ。
 花崎君も私に視線を向けていて、その真っ直ぐさに思わず身体が動かなくなった。
 見つめあうって、胸が苦しくて、息が詰まる。
 心臓が勝手に速度をあげて、ドキドキと激しく音をたててしまう。
 彼にまで聞こえたらどうしよう?

 幸い、図書館の中に誰もいなかった。
 空調が壊れて窓を開けていても暑さが襲ってくるから、市民図書館に行っているのだ。
 きっと冷房が復活するまで、図書室は閑古鳥だろう。
 だから、今は私たち二人だけの空間。
 スルリと花崎君が動いて、距離を詰めてきた。
 不自然に近付いて見つめあう私たちに、気がつく人は誰もいない。

「雲は僕たちの目から星を隠すけど、星は雨の日でも空に輝いている」
 あの扉と一緒だ、と花崎君は図書室の出入り口を指さした。
「織姫が雨雲で自分たちの姿を隠して、二人だけの甘い時間を過ごしているんだ」

 言い終えると同時に、スウッと花崎君の顔が近づいてくる。
 その涼しげな瞳に映る自分の顔に耐えられなくて、思わず視線を下げた。

 なにをするの? なんて聞ける訳がないけど。
 どうしよう? もう逃げられないし、逃げたくない。

 それでも身体が緊張で固まって、フルフルと小刻みに震えてしまう。
 第一ボタンをはずした襟元からのぞく、花崎君の骨ばった首筋が見える。
 長い指が顎に触れて頬に息がかかり、至近距離で感じる体温が熱すぎて、私は思わず目を閉じてしまった。

「七夕の夜の雨を、催涙雨と呼ぶんだよ」

 甘く熱っぽい囁きとともに、唇に花崎君の熱が落ちた。
 彼の中にある「好き」が、私の中にある「好き」が、声にしなくてもお互いに伝わってしまう。
 触れ合っているだけなのに、全身がとけそうに熱い。

 図書室の扉のカギはかかっていないのに、こんなことするなんて。
 誰か入ってきたらどうするの?
 そんな臆病な問いかけも、花崎君の唇が封じていた。

 お願い、今だけは誰も私たちを見ないで。

 ああ、きっと。
 織姫もそう願って、七夕の夜に雨を降らしているのね。

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