短編集 恋の卵

SKY

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「ねぇ、美鈴ちゃん。俺と付き合ってよ」

 音楽室の窓枠に腰掛けたまま、高梨君はそう言った。
 私はピアノを弾く手を止めて、彼を睨みつける。
 冗談にしてもたちが悪い。
 顔を合わせるたびに同じことを言うので、さすがに私も苛立っていた。

「榊先生、でしょう?」

 クスリ、と彼は笑う。
 高校二年生ののびやかで成長途中の身体は、窓の外に広がった青空のようにまぶしくて、私は目を細めた。
 白いシャツが爽やかに浮き上がり、染めた髪が陽に透けてキラキラと輝いている。
 放課後独特のけだるい空気の中でも、彼の周りだけ光が踊るようで眩しい。

「返事、聞かせてよ」
「私は教師、君は生徒。自分の立場、よく考えなさい」
「それってさ、卒業したら期待していいってこと?」
「どうしてそうなるの? つまらない自己満足に、私を巻き込まないで」
「自己満足じゃないよ。冗談で付き合おうなんて、俺、言わないし」

 ねぇ、とねだるような声を無視して、私はピアノに向き直る。
 思い切りピアノを弾ける唯一の時間を無駄にしたくなかった。
 アパート暮らしだとキーボードにヘッドホンをしなくては、自由に音楽を奏でられない。
 そっと鍵盤に指先を走らせる。
 教室に吹き込む風のように、ピアノの音は気持ちよく響き渡る。

 SKY。
 今日のお天気みたいな爽やかな恋の歌。
 キーが低めだから私は歌わないけれど、男性の弾き語りにちょうどいいだろう。
 不意に流れるメロディーに、現実の声が重なった。

 この歌声は高梨君だ。
 歌詞を暗記しているらしい。
 歌い始めたことを意外だとは思わなかった。
 この曲が流行っていると言って楽譜を持ってきたのは彼だ。

 JKって知ってる? と軽く聞いてくるから、女子高生でしょって答えると、うん、と嬉しそうにうなずいて。
 SKYは「好きよ」って意味だよ。なんて、高梨君は誘うように甘く笑ったあの日から、妙に意識して上手く流せない。

 好きよ、とささやきかけてくる歌詞。
 声変りが終わったばかりの揺れる歌声に、背筋がゾクリとした。
 憎たらしいほど、胸に響く。

 なんて綺麗な声。
 どこか悲しく響く声は、青空のように透き通っている。

 ふっと鍵盤に影がさした。
 思わず手を止めてしまう。
 見上げると高梨君が側に立っていた。
 真剣な瞳が、私だけを映している。

「先生、俺のこと、好きでしょ?」

 違う、と言えばよかったのに。
 先生、と初めて呼ばれた私は、彼から目を離せなかった。
 近づいてくる顔に、思わず目を閉じてしまう。

 吐息が、額に触れた。
 ためらうように一瞬だけ離れたけれど、くちびるにやわらかな温もりが押しあてられる。
 かすかに震える乾いたやわらかさは、瞬間にも、永遠にも思える時間を残して、ゆっくりと離れていった。
 夢を見ているような気分で目を開けると、高梨君はにっと笑った。

「俺は美鈴ちゃんのこと、好きだよ」
「君の自己満足に、私を巻き込まないで」

 私は目をそらし、ピアノに向かう。
 彼の瞳の中で、甘く揺れる微笑みを見せている自分の姿を、これ以上見たくはなかった。

 彼は生徒。私は教師。
 この恋は不毛だ。誰も幸せにならない。
 突き放すことが最善の方法。

 指先で叩く白と黒。
 鍵盤は嘘をつかない。
 込めた想いそのままに、美しく響き渡る。

 SKY。
 言葉にできない想いを、この曲に託すの。

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