短編集 恋の卵

その果実は甘く 後編

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 次の日、皇子が喜び勇んで持ってきたのは、二階から下に落とせばぶつかった人の首が折れてしまいそうな分厚い辞書だったが、優秀な補佐官が慌てたように追いかけてきて回収された。
 代わりにおかれたのは、美しい挿絵の絵本だった。
 絵本にちなんだ菓子もグレン様に押し付けたので、かなりできる男だ。
 あの補佐官は女性にもてるだろうなぁと思ったら、すでに妻帯者だった。
 やはりそうなのね、と思っていたら、グレン様は絵本を手にガクガクと震えていた。

「これを俺が読むのか……」
 そんなふうにつぶやきながら青ざめていたけれど、意を決したようにいきなり音読を始める。
 前置きも何もないのがグレン様らしい。
 小さな花の妖精が旅をして風の国の王子さまと結ばれる恋物語が語られる図は、笑ってはいけないけれど無骨な皇子には不似合いだった。
 勇猛果敢な黒獅子とはとても思えない。
 自分でもそう思っているのか声が羞恥で震えていた。
 しかし、さすがは武人、初志貫徹である。
 最後まで詰まることなく読み終え、私も侍女たちも精一杯の拍手とねぎらいを贈った。
 ほっとしたようなほほ笑みは、今も目に焼き付いている。

 それから今日まで一カ月。
 ときおり仕事で訪れない日はあるけれど、時間を見つけてはグレン様が絵本を手に私の元へと訪れる。
 優秀な補佐官が選んだ恋物語と、それにちなんだお菓子を手にして。

 それでもまだ目が合わない。
 軽くぶつかる程度で、いつまでもグレン様は初々しいまま。
 もちろん、手すら握らない。
 さすがに私もじれてきた。

「今日はわたくしからもグレン様に御馳走したいものがありますの」
 読み終わったころ合いに侍女に合図を出して、飲み物を用意させる。
 運ばれてきた透明なグラスに、おお、とグレン様は声をあげた。

 透き通った淡いブルーのドリンクは、私の国の花びらを蜜に漬けたものを炭酸で割った特別なものだ。
 細かな泡に可憐な花びらが翻弄されている様は、幻想的ですらある。

「これほど美しい飲み物は初めてだ」 
 喜んでそのままグラスを手にするので、私は手を伸ばし指先でそっと押しとどめる。
「この飲み物は、まだ完成ではありませんの」

 不思議そうな顔をしたグレン様と視線がからみ、私はあでやかな笑みでそれに応えた。
 テーブルの上にたくさんの菓子と一緒に並んだフルーツの中から、ライライの黄色の実を選んでつまみあげる。
 南国特産のライライは親指の先ほどの大きさで丸く、薄い皮の下はやわらかく甘酸っぱい果肉が詰まっている。
 私が目の前で軽く果実をつぶし、ポトンとグラスに落としたら、さらに目を丸くして驚いた。
 果汁がユルリと溶けだせば、そこからやわらかな紅色に染まるのだ。

「これはすごいな! 青から紅に色が変わるのか」
 瞳をきらめかせ、子供のように純真な感想を述べる。
 見る間に変化したグラスを日にかざし、まじまじと観察していた。
 炭酸の中で翻弄される花びらとライライの実が、忙しく揺れていた。

 どうぞと勧めるとそのままグイとあおり、そのまま眉根を寄せて「甘い」と一言つぶやいた。
 苦手な甘さのようで、その情けない顔がおかしくて、思わずクスクスと笑ってしまった。
 花びらの蜜漬けを薄めたものだから、本当に甘いのだ。

「この果実は、恋を叶える魔力を持っておりますの」

 グレン様は一瞬驚いて「恋?!」と素っ頓狂な声をあげた。
 私は涼しい顔で続ける。
「南の国では新婚の寝屋にて酒で割り、終生変わらぬ愛を結ぶ習わしがあるのです」

 寂しい青が、黄色の甘さに照らされて、燃える命の連鎖を望みつつ。
 あなたの胸に落ちる光が、私の微笑みの甘さでありますようにと願いながら杯を交わす。
 命の炎を繋ぐ古くからのおまじない。

 グレン様は返す言葉を思いつかなかったらしい。
 その手に持った絵本がプルプル震えているので、内心はかなり動揺しているらしい。
 まるで私が困らせているみたいだ。

「お酒で割っていませんから、お気になさらないで」
 すでにわたくしたちは夫婦ですから、とささやきながら、その分厚い唇にひっそりと張り付いた花びらを、指先でかすめ取る。

 ガタン! と大きな音をたてて、グレン様が立ち上がった。
 よろっと一瞬よろめいたけれど、すぐに背筋を伸ばして仁王立ちに立つ。
 そして、私をひたと見据えた。

「ヴィスカ姫、また来ます。今度は我が国の銘酒とともに、必ず」
「ええ、お待ちしていますわ」

 力いっぱいの宣言に、私は微笑みを返した。
 しっかりと見つめあったまま、意味をもった会話を交わしたのは初めてかもしれない。
 ふぉ! となにやら動揺した後で、グレン様は「では」と軽く会釈をしてそそくさと退室した。

「お慕いしておりますわ。グレン様」

 扉を閉める背中にそう声をかけると、部屋を出たすぐのところで、ガシャンと何やら物に激突した音がする。
 今日は仕事にならないかもしれない。
 天下の黒獅子の恋煩いだと、補佐官は嘆いていることだろう。
 奥方に患ってどうするんですか? などと説教されているはずだ。
 その姿を想像したらあまりにかわいらしくて、思わず笑い転げてしまった。

 今夜からはライライの実と花の蜜漬けを用意しなくては。
 武人らしく「男に二言はない」などと言いながら訪れ、寝台の手前でグレン様が挙動不審になる様子が目に浮かぶ。
 それはそれでかわいらしい姿だと思う。

 確かに夫婦らしくなるには時間が必要だけど、遠い異国に嫁ぎ、政略結婚だからと緊張していたころを思えば、なんて幸せな日々なのか。
 グレン様を想っただけで、胸があたたかくなるのが嬉しい。

 黄色く丸いライライの実。
 その果実は甘く、恋を永遠に私の胸につなぎとめる。


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