Making Twilight

天使の歌声

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 天使の歌声。

 そう評されてきたことに、他ならぬ彼自身が追い詰められていた。
 風邪? と私が問いかけると、バーカ、と指で額をはじかれた。
 その軽さに声変わりだとピンと来て、深刻さに初めて気づいた。

 十六歳。
 通常より遅い時期だったけれど、恐れていた声変りが始まったのだ。
 声の伸びが悪いだけでなく、透き通る高音がかすれることに、違和感を抱いたのは彼自身。
 逃げたいとは言わなくても、望まれない変化が起こり始めたことで、言葉少なになっていた。

 不在がちな彼の両親と私の両親が親友同士で、なにかあると彼は私の家で過ごす。
 彼自身も仕事で不規則な生活だから、学校に行けない日の勉強は私が教えているので、話をする時間もそれなりにあるけど。
 同じ学校で、同じ学年に通えて本当に良かったと、時々思う。
 そうでなければ全国規模で顔と名の売れた彼との縁は、とっくに薄らいでいたはずだ。
 ずっと彼だけが好きで、ずっと彼だけを見つめてきたけど、好きだなんてとても伝えられない人だもの。

 教科書を開いていても気はそぞろで、さっきから少しもペンが動いていない。
 強がった顔でいても彼の瞳があんまり不安そうだったから、仕事を干されたら私が養ってあげるね、と言うと、ただの幼馴染の癖に生意気だと、鼻をつままれた。
 兄妹みたいに育ってきたとはいえ、子供の時と同じ距離感にドキリとしながら、有名になった彼が嬉しくて寂しい。
 動揺して私は真っ赤になっているはずなのに、彼はいつもと同じ綺麗な笑顔のままだ。
 俺を誰だと思ってんだ、なんてカラカラ笑った後で、今度の舞台は見に来いよと不安げにつけたすものだから、つられるように私も笑った。
 見慣れていても、直接手の触れる位置に座ることに慣れることはできない。
 いつも、ドキドキするのは私ばかりだ。

 彼は子役から役者に、ミュージカルに立ってからは歌手に、幅広く活動してきた。
 のびやかで透明な歌声は青空のような広がりを見せていたのに。
 成長すれば当然のことで、変声期が始まることは、誰もが知っている。
 だけど永遠に来なければいいと、彼の歌声を愛する人々は願っていた。
 私も、彼自身も、強く強く願っていたけど、時間は止まらない。

 そして、舞台の日。
 私は約束通り、彼の舞台会場にいた。
 なぜかスタッフ証を渡されて、身の回りの手伝いをすることになった。
 タオルだの飲み物だの用意するのはわかるけど、時間が空いたら芸をしろだの、無茶ばかり言う。
 さすがに、調子にのらないで、と怒ってみたけど、カラカラ笑って流された。

 いよいよ彼の出番。
 その時になって、ポン、と頭を叩かれた。
 行ってくる、とは言わなかった。
 でも、過ぎ去るその背中には、決意があった。

 心中の不安を踏み砕くように力強く歩み、舞台の上に立つ。
 彼は顔をあげ、挑むように輝く瞳で客席を見つめた。
 スラリとした肢体だけど背筋を伸ばすと同時に、一回り大きくなったように見える。
 曲名を告げた、定まりきらないかすれ声に、会場が驚愕に震えた。
 あのどこまでも羽ばたくような天使の歌声を、永遠に失ったと誰もが知ったのだ。
 
 軽やかなピアノの調べにのって、彼は歌い始める。
その歌声に、魂を揺さぶられた。

 けして美しい声ではない。
 のびのびと透き通った印象もない。
 音域がせばまり高音は苦しげにかすれ、眉根を寄せている。
 降り注ぐ雨のようにやわらかに、深く響く声が人の心を癒すのだ。
 やわらかに歌い上げるのは希望。

 幼かった天使はもういない。
 大地を強く踏みしめるように立ち、歌いきった彼は誇らしげに微笑んでいた。
 変化する声はいつか定まり、きっと甘く優しいテノールの響きを手に入れるだろう。

 華々しい彼の再スタートのはずなのに、私の頬を涙が伝う。
 なんて遠いんだろう。
 私だけを好きになって、なんて望んではいけないから。
 こんなにも彼のことを好きだって、気づきたくなかった。
 特別な気持ちが欲しくて、兄弟みたいな関係は嫌だって、私の心が叫んでいる。
 それでもはっきりとわかってしまった。

 スポットライトの当たる舞台が彼の生きる場所。

 一瞬、こちらを見た彼と目があって、軽く親指をたてるから反射的に右手をあげたけど、胸がチクチクする。
 どんなもんだと言いたげな無邪気さに、涙がふくらんだ。

 彼は手の届かない人。
 星のようにキラキラと輝き続ける人。

 おめでとうって言うし、やったねって笑うから。
 どうか幸せの涙だと、彼が誤解してくれますように。


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