Making Twilight

夜の住人

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 西の水平線に陽が沈む。
 ゆるやかな日没を迎えて、俺の細胞の一つ一つが迫り来る夜を感じている。

 色を失う青。
 夜の藍に染まる空。
 消えていく世界の鮮やかな色。
 あふれていた生の気配も息をひそめる。
 藍はしだいに濃さを増し、世界を夜に浸していく。

 鳥は眠り、花は閉じる。
 花の蜜を求めていた虫も息をひそめ、昼に満ちていた喧騒はもうない。
 ため息に似てしっとりとした風が、不安に揺れる木の葉だけをザワザワとかき乱していた。

 ああ、月の気配がある。
 恐ろしいほどに冴えた光を放っているようだ。
 満ち満ちた精気が、俺の覚醒を早めていた。

 今夜は満月だろうか?

 目を開く。
 視界を遮っているのは滑らかに輝く、ビロードが施された棺の蓋。
 軽く押し上げれば、カタリ、と乾いた音をたてて横にずれた。
 夜に暮らすようになって、狭く安寧に満ちたやわらかな絹のしとねから起き上がる。

 静かだ。
 夜の住人はおしゃべりを好まない。
 嫌いなわけではない。
 ただ、ひそやかに耳を澄ませて、愛しき人の息遣いを感じていたのだ。
 月の光に青く透けたガラスの窓を押し開き、夜の風に身を躍らせる。

 しかし。
 今の夜はなんと騒がしいことか。
 深夜にもかかわらず行き交う人。
 眩しいほどの月光すら消す、ざらつく色彩のネオン。
 どこか歪んだ生の息吹が満ち溢れている。

 眠りを忘れたのか。
 眠りを惜しんでいるのか。
 俺にはどうでもいいことだけれど、人も夜に溶け込んでいた。

 闇に同化するためのタキシードも黒いマントも、もはや必要ない。
 爽やかな陽光に似合う白いシャツとジーンズでも。
 整然としたオフィスに似合うスーツにネクタイでも。
 日の光の下で映えるはずの衣装も、騒がしい夜に馴染んでいる。

 あれこれと物色してさまよう必要もない。
 道行く人は確かに減っているけれど、行くあてのない人がいる。
 駅前の噴水や、二十四時間営業の焦点、居酒屋の並ぶ路地。

 寂しいかい?
 人待ち顔をしているけれど、本当は待ち人なんていないんだろう?

 いつでも、どこでも、独りぼっち。
 白々と夜が明けても、君たちは行くあてがないんだ。

 おいで、僕と踊ろう。
 何も言わなくていい。
 それとも、何か言えばいいのか。

 微笑んで手を伸ばせば、ほら。
 たやすく君は僕とともに歩きだす。

 乾いている。
 飢えている。
 一人ではなくても、独りの夜が寂しい。
 昼と同じく歌っている、踊っている、笑いさざめく人がいるのに。
 俺たちは月の光も、風の歌も、夜空のささやきも失ってしまった。

 細い首。白い肌。
 顎から肩へ続く滑らかな曲線に指を走らせ、首筋に夜の口づけを。

 沈み込む牙の与える小さな痛みは、君が生きている証。
 赤い赤い情熱の雫と引き換えに、つかの間の愛を君にあげよう。

 君も僕も同じだ。
 今こうして絡めている指先の熱だけを信じてしまう愚かな生き物。

 自分だけのeyeが欲しい、Iが欲しい、愛が欲しい。
 自分だけのeyeなんて、Iなんて、愛なんて、どこにもありはしないから。

 信じてもいない愛など偽りで十分だと、エンドレスに叫んでいる夜の住人。

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