Making Twilight

ありふれた一日の始まり

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 朝、喫茶店の開店準備をしていると。
 駅に向かっていつも通りすぎるだけの人たちがいる。
 もちろん、それは一人二人って小人数ではおさまらない。
 行きすぎるだけの人はたくさんいるし、挨拶だけ交わす人もいる。
 簡単な会話をして、モーニングの時間を早めてほしいなんて、ちょっとしたお願いを受けたりもする。

 私は慣れた順序で看板を出し、今日のお勧めメニューをボードに記入する。
 モーニングも描き足して、トーストセットとパンケーキセットを用意していた。

 そろそろかな?

 なんとなく予想しながら作業を進めていたら、なめらかな歌声が鼓膜を叩いた。
 遠いから全部は聞き取れないけど、軽やかなその歌はあっという間に近付いてきた。

 すっかり耳に馴染んだ声。
 テンポよく流れるやわらかな旋律。
 上手いか下手かなんかわからない。
 鼻歌感覚で、通り過ぎるだけだもの。
 歌詞はうまく聞き取れないし、メロディーも不明瞭だ。

 それでも確かに歌っている。
 通勤・通学の時間帯だから思わず振り返る人もいるのに全く気にしていない。
 それがなんだかおかしくて、クスクスと笑ってしまう。
 音楽を聴きながら、無意識に口ずさんでいるのだろう。
 彼の場合は片耳イヤホンで、周囲の音も拾っているのが律儀だ。

 私が顔をあげるころには、その人は風をつれて通り過ぎていた。
 自転車の速度だからあっという間に小さくなって、その背中は見えなくなった。
 それもいつものお約束だけど。

 平日限定のお決まりパターン。
 スーツを着ているからおそらく会社員だろう。

 単にご機嫌な人なのかな?
 それとも歌が好きなだけ?

 こんな人の多い時間に歌いながら通勤なんて。
 ものすごく目立つのに、頓着しないのが不思議だ。
 彼はいつも自転車で風のように通り過ぎるので、言葉を交わしたことすらないし、挨拶すらしてない。
 顔だってまともに知らないし、後ろ姿から若いのかなぁと予想するぐらいだ。

 私も周りを気にせず歌ってみようかな? なんて思ったのもつかの間。
 流行りの曲すらまともに知らないので、きっとかわいそうな人扱いされてしまう。
 実行したら常連さんに「何かあったのか?」なんて感じで心配されるのがつらい。
 もちろん何にもないけどね。
 何かあればいいなあと思う、傍観者たちの無責任な心理の餌食にはなりたくないと思う。

 うん、やっぱり音楽は聴くだけにしよう。
 朝にふさわしいポップで明るい歌を流すのもいいよね。
 エネルギッシュで勢いのある曲でもいい。

 そういえばあの人、どんな曲を聴いているのだろう?
 遭遇率は高いのにまともに聞いたことがないから、いつも歌詞もサビもわからないのだ。
 だけど毎朝のように遭遇するので、気になって仕方ない。
 ふとした拍子に歌が口をついて出るなら、それは幸せな一日の始まりになると信じられる。

 謎は解明されなくても、現象は確かに存在している。
 幸せなんて胸一つで不幸にも変わるけれど、今は考えないことにする。
 繰り返されるささやかな朝の情景は私の胸におさめたまま、かぐわしいコーヒーに心は満たされていく。

 特別なんて存在しない、これはありふれた一日の始まりのお話。

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