短編集 恋の卵

バレンタイン☆プロジェクト

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 とうとうこの日がやってきた。
 運命のバレンタイン・デー。
 愛しい彼女に俺の真心が通じているかどうか、目に見える形で証明される日だ。

 バイト先で知り合った鬼頭さんに、俺は節分以来アタックをかけている。
 鬼頭さんは可愛い。俺より一つ年下の女子大生だ。
 艶々した黒髪を肩上で切りそろえ、大きな目が印象的な日本人形みたいな印象で、笑顔が無垢な感じでとても愛らしい。
 そのうえ働き者で、言われる前にクルクルと動いているし、手際もいいから口うるさいバイト先のおばちゃんたちからも厚い信頼を得ている。
 老若男女関係なく、いい子だよねって口にするぐらい可愛い女の子なのだ。

 そうそう。
 猛アタックとはいっても、好きだとか付き合えとか、そこまで直接的な言葉は使っていない。
 バイト先のスーパーでたまにシフトが一緒になるだけの俺が、いきなりそんなことを言えば引かれるに決まっているしな。
 しかし「鬼頭さんからのチョコが欲しいな~」とか、商品を並べながら「生チョコよりトリュフが好きなんだ」とか、おばちゃんが苦笑すらぐらいわかりやすくプッシュしてきた。

 アピールしすぎだって?
 いや、鬼頭さんにはちょうどいい。
 少し浮世離れしているところがあって、世の中のイベントや風習の大元になるいわれはとてつもなく詳しいのに、現在のお祭り状態や新しい付加価値には無頓着なのだ。
 ついでに男女交際にも全く興味がない。悲しいほど無関心だ。

 つまりだ。
 彼女にとってバレンタインデーは聖バレンタインが処刑された日という認識。
 そのエピソードについては小一時間ほど熱心に語ってくれた。
 しかし、バレンタインが女性から男性への愛の告白の日だという、現在日本の付加価値には全く興味がない。
 むしろバレンタインというイベントが嫌いな可能性大。
 おそらく彼女の中では菓子メーカーの販売戦略という、いかがわしいイベント認識になっているはずだ。

 しかし、そんな理由で負けるわけにはいかない。
 俺は彼女からのチョコを受け取ったら、正式に交際を申し込むと決意しているのだ。

 最高でもチョコ!
 最低でもチョコ!
 目指せ、チョコゲットだ!

 幸運なことに、バイト先の店長もおばちゃんたちも俺の味方だ。
 俺の涙ぐましい努力を見て「まだ通じてないのね」とホロリ涙してから、さりげなく休憩時間を同じにしてくれたり、商品陳列のペアにしてくれたりと、周囲からの手厚いサポートを受けている。
 うん、まじめに労働するといいことがある。

 将を射んと欲すれば、先ず馬を射よ!
 昔の人はいいことを言う。
 スーパーの職員は俺の味方ばかりなのだ。

 すわ、バイトの休憩時間。
 同じタイミングで休憩に入った俺に、鬼頭さんが近づいてきた。
 期待感に胸が高鳴るのも当然だ。
 この日のために俺は頑張ってきたのだ。

 味方でいてくれるおばちゃんたちは俺たち二人を扉側の席に残して、さりげなく奥の席に移動して団らんしている。
 和やかなムードを装ってはいるが、俺たちの会話を固唾をのんで見守っているに違いない。

 緊張で顔が引きつってないよな?
 なんてことを考えている俺の目の前で、鬼頭さんがやわらかく微笑んだ。
 手にはラッピングされたトリュフチョコ。
 俺がアピールした品をちゃんと選んでくれている。

「渡辺君、チョコ、受け取ってくれる?」

 ヤッホーっと叫びたい衝動を抑えて、俺は「もちろんだよ」と言ってそのチョコを受け取った。
 待ち望んだこの瞬間。
 このまま告白タイムだー! と俺の気持ちが盛り上がったところで、ふわっと鬼頭さんが微笑んだ。

「よかった。父さんと弟以外に渡せる人がいないから、店長にチョコを三個まで社員割引にしてあげるって言われていたけど、最後の一個をどうしようか悩んでいたの。渡辺君がチョコ好きでよかった」

 動きがフリーズした俺の前で「やっぱり喜んでくれる人に食べてもらえるとチョコも嬉しいよね」なんて、信じられないセリフも付けたされた。

 うん、俺のチョコアピールは通じていたようだ。
 ただのチョコ好き男にされているとは思ってもみなかったが。
「渡辺君、ありがとう!」と付けたした鬼頭さんの笑顔が憎い。
 なんて罪深い愛らしさなんだ。 

「そろそろレジに戻るね。午後からも忙しくなりそう。渡辺君もファイト!」
 右手をキュッと軽く握って俺を応援するしぐさを見せると、微笑みだけ残していつもの調子で休憩室を出て行った。
 無情の扉が閉まるまで、鬼頭さんは振り返りもしない。

 ポツンと俺は取り残された。
 切ない。
 これが切ないと言うことか?

 そうだよな、振り返って欲しいとか、はじらった顔が見たいとか、俺が期待しすぎていただけだ。
 手にしたチョコの包みは綺麗にラッピングがされていたけど、それは売り場にあるのと同じ姿で、メッセージがついているわけでもない。

 告白するタイミング?
 意気込んでいた俺の決意?
 なにそれ? おいしいの?
 バレンタインだからって、そうそううまくいくわけがないか。

 ポン、と肩を叩かれた。
 今まで黙って成り行きを見つめていたのに無言のまま立ち上がり、ひとり一回ずつ俺の肩を叩いてギャラリーが通りすぎていく。
 休憩終了の時間なので、おばちゃんたちがこのタイミングで去るのも自然な流れなのだが。

 ポン、ポン、ポン。
 それはいたわりに満ちたリズムだった。

 全員が俺を憐れんでいるようだ。
 誰もが無言で、何も言わないことが悲しい。

 言っておくが、念願は叶っているんだぞ?
 事実だけを並べたら、喜ぶべき状況のはずだってわかるよな?

 アプローチをかけている彼女から手渡されたチョコレートがここにある。
 彼女がチョコを手渡したのは、彼女の家族と俺だけ。
 そのうえ、ライバルはひとりもいない。

 それなのに地の底まで沈みそうなこの敗北感はなぜだ。

 痛い現実が俺に襲いかかってくる。
 義務だよ、義務。
 義務チョコでしかないんだよ!
 俺だって、それぐらいわかってるさ。
 本命ではなく、義理でもなく、義務チョコって現実が痛い。
 今この瞬間から、俺はバレンタインデーが嫌いになったぞ。

 鬼頭さん、君はなんて手強い人なんだ。
 負けない。俺は絶対に負けないぞ。
 手の中にあるチョコの包みを手に、決意を新たにする。

 俺の恋のプロジェクトは始まったばかりだ。

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