短編集 恋の卵

初恋は二度くりかえす 第二話

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 それから私は、ちょくちょく中庭を散策するようになった。
 同じように彼も、ちょくちょく中庭に現れるようになった。

 お互いに人の少ない妙な時間にふらりと現れているのは確かだった。
 テレビやラジオの音声よりも、私は外の空気を吸ってるほうが気楽だった。
 グルグル中庭を歩いて、疲れたころ、適当にベンチに座る。

 そして、いろんなことを話した。
 花の匂いや、通り過ぎる風の感じ。
 目の痛みが消えてから、少しづつ感覚でつかめるようになっていること。
 通っていた高校のことや、たぶん進学できない大学のこと。
 これからの不安や、親には言えない今の不安。

 彼は父さんみたいに説教臭いことを言わず、君はそういう考えなんだね、というスタンスで聞く人だった。
 若いのに、珍しいタイプだ。
 そう言うと、偏見だと笑ってくれるぐらい気安い彼だった。
 名前を聞いたらきっと素直に話せなくなるから、という私のわがままを受け入れるぐらい、優しい人だった。

 最初の日みたいに長時間話し込める日はほとんどなかったけど、話ができた日はなんだか気分が軽くなるから、次第に彼に会うことが楽しみになってしまった。
 中庭に向かうとき、散歩はいつも楽しそうね、と看護師さんに言われて戸惑ってしまう。

 私たちはただの通りすがり。
 約束なんてしていないから、中庭でいつも会えるわけじゃない。
 でも、行くことをやめられなかった。

 退院が数日後に決まった日。
 もう彼に会うこともなくなる。
 中庭で話している最中なのに、そう思うと気持ちがやけに沈んだ。

 どうした? と聞かれて、正直に退院が決まったことを言うと、憎たらしいぐらい彼はほがらかに喜んだ。
 おめでとう! という当たり前のセリフが、胸に突き刺さるようだった。

 そうだよね、おめでとうがふさわしい言葉なんだ。
 確かにみんなも喜んでくれた。
 お医者様も看護師さんもよく頑張ったねと褒めてくれた。
 父さんも母さんも、家に手すりを付けたと教えてくれた。

 無口になった私に、彼はすぐに気がついた。
 どうした? と問いかけられて、無言で首を横に振ることしかできない。

 嬉しいことだ、いいことなんだとみんなが口をそろえる。
 退院が怖いなんて、言うことは許されない。
 家も道も、買い物に向かう店も、すべて闇に塗り込められて、気持ちが荒波にのまれたように揺れているのは私だけ。
 言葉にすれば心の中にある暗闇があふれだしてしまう。
 だから、何も言えない。

 心配そうな彼の気配に、私は顔をあげた。
 黙ったままも居心地が悪いのは確かだもの。
 私はふぅとため息をついた。
 とどんで濁った空気ごと変えたくて、まるで違うことを問いかけてみる。

「ねぇ、好きな人、いる?」
 
 うん、と彼はうなずいた。
 迷うことも、ためらうこともなかった。
 いるよ、となんのてらいもないから、自分で聞いておきながら胸がチクリとする。

「好きで、好きで困るぐらい」

 ああ、彼はきっと今、空を見ている。
 そんな気がした。
 軽やかな歌うような感じで、今まで聞いたことのない甘くて深い声音だった。

「手をのばしちゃいけない人なのに、好きなんだ」

 驚いて顔を向けると、彼はクスリと笑った。
「僕の好きはね、とても困った好きなんだよ」

 その瞬間、心が動いた。
 悲しくて、苦しくて。
 涙があふれて止まらない。

「え? なんで君が泣くの?」

 彼は非常に慌てふためいていたけれど、ごめんなさいとしか言えなかった。
 くりかえされた「好き」は、私の知らない彼女に届くことなく空に消える。
 彼の気持ちは大きく育っているのに、伝えることすらないんだ。

 それは、私の気持ちと同じだった。
 会えるのがただなんとなく嬉しいとか、やる気が出るとか。
 そんな言葉に変換していたけど、自覚が足りなかっただけだ。

 私は、彼が好きだった。
 必ず来る別れが怖くて名前が聞けないぐらい。
 ずっと病院にいる彼の病名を知るのが怖いぐらい。
 くだらないことを言って笑う時間が救いになるぐらい。
 私はいつの間にか、彼を好きになっていたのだ。

 涙が止まらない。
 胸の中がゴチャゴチャで、好きが悲しいなんて知らなかった。
 不格好でいいから笑いたいのに、ぽろぽろと涙があふれてしまう。

 手をのばしちゃいけない人を好きになってしまうなんて。
 私は、私自身の気持ちを自覚した瞬間に、失恋してしまった。

 困ったように何か言いかけて、結局彼は押し黙った。
 ポンポンと私の頭を軽くなでて、ごめんねと言った。

 違う、謝るのは私だ。
 そう言いたかったのに、嗚咽が止まらない。

 ふわり、と気配が近づいて、おでこに温かなものが触れた。
 それが口付けだと気づいて、思わず息を飲んだ。
 軽い親愛のキスだったけど、彼の唇が額へ確かに触れた。

「元気で」
 そう言って彼は立ち上がると、病院内へと入って行った。

 それから彼とは会ってない。
 名前も何も知らないまま、悲しくて透明な好きだけ教えてくれた。
 自覚した瞬間、失った恋だった。
 それが私の初恋だった。


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