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短編集 恋の卵

初恋は二度くりかえす 第一話

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 この声?

 廊下ですれ違っただけなのに、やけに気になった。
 初めて聞く気がしなくて、私は思わず首をかしげる。
 話していたとしても最近ではなくて、記憶を引っ張り出すのも苦労する前のことだ。
 どこで聞いたか思考を巡らせて、胸がキュッと痛くなる。

 彼かもしれない。
 懐かしくて、思わず泣きそうになった。
 明日、角膜移植を受けるこの日にすれ違うなんて。

 確かめるすべはないし、彼の顔を見ても私にはわからない。
 何年も前に聞いた声を、覚えているとは限らないし。

 他人のそら似かもしれない。
 私の願望が聞かせたそら耳かもしれない。

 だけど、手にしていた白杖が思わず震えてしまう。

 私は高校生の頃、事故で視力を失った。
 幸い両親は骨にひびが入る程度で、私も角膜以外の怪我は打ち身と二週間もすれば治る傷ぐらいだった。

 半月か長くて一カ月ぐらいの入院だと聞いて、早く退院したいと言ったぐらいだ。
 そう、生きているだけで喜んでいたから、とてつもなく角膜損傷の認識が甘かった。
 もう見えないと告げられた時はその重大さもわからなくて、ただ、ズキズキと痛みを伝えてくる両目がなくなればいいとすら思っていた。

 でも、その痛みが引いたとき、私は怖くなった。
 目の前に広がっているのは、暗闇だった。
 どんなに目を凝らしても、何も見えない。
 真っ暗だから、今が昼なのか、夜なのか。
 教えられても間取りが理解できなくて、自分がどこにいるのかもわからない。
 立ち上がることはできても、棚やベッドがどこにあるのかすら把握できない。
 だから怖くて、普通に歩くことができない。

 気分転換に、病室の窓を開けることすらできなかった。
 起き上がっていても方向がわからず、自分の姿勢がうまくつかめないのだ。
 窓に歩み寄るだけで、両手を前にのばして、すり足でジリジリと近寄るしかない。
 いきなり失った視界に緊張がほどけず、いつもガチガチに身体が固まっていた。
 私、本当に病院の外で生きていけるんだろうか?
 それでも、永遠に入院するわけにはいかないのだ。

 治療に歩行訓練。
 白杖の使い方も含めて、入院した毎日は忙しくて仕方なかった。
 つまづいてもぶつかっても、私は歯を食いしばって耐えた。
 歩いている間は恐怖が薄らぐ気がしたから、意地で動いていた。
 ぼんやりとベッドの上に座り続けるよりも、少しでもいいから身体を動かして不安を忘れたかったんだと思う。

 必要だから、この先も暗闇のままだから。
 自分の行きたい場所に、自分の足で歩くためだから。
 呪文のようにそう自分自身に言い聞かせる毎日。

 リハビリ棟もついている大きな病院だったから、中庭は手術棟も外科内科の入院棟と共有している。
 杖の先から固い感覚を伝えてくる歩道はフラットなつくりで段差もなく、車いすにも配慮してあって、ひとりで出歩く練習に 中庭はもってこいだった。
 
 苦しくて辛くて、沈み込んだ気持ちのままでよく散歩した。
 時間が許す限り歩いたのは、やっぱり立ち止まるのが怖かったからだと思う。

 出会い、というほどのドラマはなかった。
 初めて出会った日。
 彼が中庭にいたのは誰もいない半端な時間だった。
 声を押し殺して、泣いていたような気がする。
 見えないから確証はないけどね。

「大丈夫ですか?」
 問いかけてみると、彼は嗚咽を飲みこんだ。
 きっと、人が来るなんて思ってもいなかったんだろう。
 日も暮れているからほとんどの患者が病室に入っていて、出歩くバカは私ぐらいのものだ。

「こんな時間に出歩いちゃいけないよ」
 やっぱり。看護師さんと同じことを言う。
 泣いていたことなんて綺麗に消えた、よく通る静かな声だった。
「どうして? 消灯時間まで自由でしょ? 外に出ちゃいけない病気じゃないわ」
 言い返すと、彼は言葉を飲み込んだ。
 私の目をグルグル巻きにしている包帯と、持っている白杖を見たんだろう。
 明るいとかくらいは理由にならないと思ったに違いない。

「灯りもない場所で、若い女の子がひとりでウロウロするものじゃない」
 君が思ってるほどいい人ばかりじゃないと父さんみたいなことを言うから、思わず笑ってしまった。
「どうして? ここは病院関係者ばかりでしょう? それにこけたら大きな声を出しなさいって言われているわ。それだけで誰かが来るからって」

「試してみる?」と息を吸い込むと、明らかに慌てて「ちょっと待て」と彼は言った。
 その慌てぶりがあまりにおかしいから「冗談よ」と笑うと、チッと軽く舌打ちして「座るか?」と聞かれた。

 その口ぶりでベンチがあるのだとわかって、私は素直にうなずいた。
 普段なら見知らぬ人となんて話はしない。
 気まぐれ、というか、やっぱり疲れていたんだと思う。
 私のことをまるで知らない誰かと、話してみたくなったのだ。
 看護師さんでもお医者様でも、ましてや当事者の私以上に狼狽している両親や友達とも違う誰かと。

 彼はぎこちない調子で、私の手を取って導いてくれた。
 手探りは私も慣れないから、踏み出した弾みで彼の足の甲をふんづけたり、座るだけで見えないことの大変さを実感する。
 でも、少しだけ触れた彼の手は優しくて、初めて会った人なのにちっとも怖くなかった。

 名前は、お互いに名乗らなかった。
 どうせ通りすがりだ。
 声の感じで若い男だなと思ったけど、歳なんてどうでもよかった。
 見えない私が当たり前だと思ってくれる人なら、誰でもよかった。

 ポツリポツリと会話をした。
 共通の会話もはじめましてだとやっぱり手探りで、けっきょく無難な食事の話になる。
 病院食にしては美味しいけど昨日のチキンカツはいまいちだったとか、パックの牛乳はストローの位置がわかりにくいとか。
 彼がどうして病院にいるのかわからないけど、食事制限がないことはわかった。

 取り留めのないことを話しこんでいて、ふと、気がついた。
 のどがカラカラだ。
 かなりの時間、話しこんでしまった。
 彼に現在の時間を聞くと、消灯時間が近い。
 特別なことは話してないけど、気持ちが楽になった気がして、笑いながら私は立ち上がった。

「おやすみ、泣き虫さん」
 彼が絶句したのがわかった。
「泣き虫はよけいだ」
 そうだよね、泣いてたことなんて誰にも見られたくないものだろうし。
 だから、精いっぱいの笑顔を向ける。

「平気よ、私、何も見てないもの」
 彼が絶句したのはわかった。
「見てないから、あなたは泣いてなんかない」

 じゃぁね、とだけ言いおいて、私は病室に戻った。
 白杖のつき方はまだおぼつかないけど、目の見える彼が私と同じ夜の中にいたことに、気持ちが緩む気がした。

 見えない私にも、見える彼にも、夜はひとしい闇をくれる。


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