Making Twilight

「なんて物騒な願い事」 前編

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―――その願い、かなえてやるよ。

 ぺろりと鼻先をなめてやると、驚愕したように涙に濡れた瞳が瞬いた。
 ワンワンと泣きながら公園に走ってきて、今の今までずっと泣き通しだったのに、涙がピタリと止まっている。
 ついさっきまでグズグズビービー泣いていたのだが。

「おかーさんなんて大嫌い。お姉ちゃんなんていや。いらないもん、赤ちゃんなんて消えちゃえ」
 なんて繰り返していたことも忘れたように、口をポカンと開けている。

 じーっとおいらを見て、やっぱり気のせいだと思いたかったのだろう。
 不思議そうにグルリと周りを見回した。
 そんなに確認したって、ここにはおいらしかいやしない。
 現実は時として想定された事象からかけはなれるのだ。

 そして他に誰もいないと確認して、彼女はおいらの顔をじっと見る。
 子供らしい好奇心がチラリとその表情に浮かんでいた。
 どうして猫がしゃべれるんだろう? なんて純粋な好奇心が、さっきまでの涙を綺麗に消していた。
 涙の余韻に潤んだ大きな瞳には、ニヤニヤ笑うおいらの顔が映っている。

 自慢じゃないがこれでも美猫なのだ。
 金と青の左右違う瞳の色。
 彼女のくれた赤いリボンの似合う黒い艶のある毛並み。
 自由猫らしいツンととがった髭もおいらの自慢。

「ねぇ、今、しゃべったの?」

 頭の中にジーンと響いてきたと、彼女は自分の耳を引っ張りながら気味悪そうに眉根を寄せている。
 耳を使わない声なんて初めてだろうしな。
 慣れるまでは困惑するものさ。
 だからおいらは、その通りさとうなずいてやった。
 ちょいと自慢げに顎をあげてニマリと笑ってやる。

―――猫だって長生きすれば、いろんなことができるようになるのさ。

 ただおいらの言葉は、他の奴に聞こえない。
 意識を向けた相手だけに響くのだ。
 普通の会話を想定して人間が猫に向かって語りかけていれば、非常にさみしい奴かちょいとおかしくなった奴と勘違いされかねないけどな。
 まぁ、彼女ぐらいの年齢なら、見立て遊びでその辺に転がっている石だって妖精やお友達に早変わりするから、それほど違和感はないだろう。

「ほんとにお願いをかなえてくれるの?」

 おずおずと切り出しながら彼女は期待に顔を輝かせ、おいらの顔をマジマジと見ていた。
 そして、あのね、と彼女の不満をゆっくりと話しだした。
「みんな、わたしのことなんて忘れてるの。赤ちゃん赤ちゃんって、そればっかり」
 生まれたばかりの赤ん坊に母親が付きっきりで、全くかまってくれないらしい。
 手伝いに来た祖母は遊んでくれるが、家族の中心にいるのが赤ん坊になってしまい彼女は不満爆発状態。
 家から抜け出しても探してもくれないと、ぷっくりと頬をふくらませている。

 ふんふんと適当においらはそれを聞き流す。
 人間の事情なんてどうでもいいからな。
 まぁでも、彼女にとっては大問題なのは理解している。

 前足でクイクイッと首元に触れてみた。
 野良だと保健所に連れていかれるからとおせっかいな彼女が持ってきたものだ。
 飼い猫になるのはごめんだが、しゃれた赤いリボンの首輪は気にいっている。
 おいらはおいらのやり方で恩を返すだけだ。
 だから、にんまりと笑う。

 今夜は満月。
 満月の中でも魔力の強い、特別なスーパームーンなのだ。
 おいらの力だっていつもより大きくなる。
 一人だと丸まって寝るか退屈しのぎにふらふら出歩くぐらいだが、今夜は彼女とすごせば楽しめるだろう。

 そう思ったら急にワクワクしてきた。
 夜に連れ合いがいると楽しくなる。
 楽しい夢を見るにはちょうどいい夜だ。
 おいらの気まぐれにも付き合ってもらおう。

 ちょうど都合よく、黄昏から宵闇へと空が移り変わってきた。
 あたり一面も緩やかに闇へと染まっていく。
 ただ、星はまばらにしか見えない。
 眩しいのだ。
 煌々と輝く白銀の月が。

 彼女の願いもちゃんとかなえてやるさ。
 おいらなりのやり方で、だけどさ。
 ククッと喉の奥で笑った。

―――遊ぼう、夜が明けるまで。ちゃんと願いもかなえてやるから。

 彼女はパッと笑顔になった。
 赤ちゃんがいなくなったら、とあれこれと語りだすのを止める。
 そんなことより、とその瞳をのぞきこんだ。
 おいらの強まる眼光に、彼女の虹彩がグッと大きく開く。
 その小さな唇から「すごい!」と驚嘆の声が漏れるのもすぐのこと。

 ムクムクと風船のように膨らんで大きくなるおいらに、しゃがんでいた彼女が思わず立ち上がり、ふわぁと溜息をもらす。
 キラキラとした瞳に、馬ぐらいの大きさになったおいらがうつっている。
 言っとくが大きくなっても美猫のままだぞ。
 風船みたいにってのは言葉のあやで、もとの姿のままで巨大化したってことだからな。

 ちょいと足を曲げて、地に伏せた。
 背中に乗れと彼女に促す。
 最初はためらっていたけれど、おずおずと彼女はおいらの背中によじ登った。
 ちゃんと首輪に捕まるようにいうと、コクンと小さくうなずいた。

 しっかりと小さな手がリボンをつかむや否や、おいらは立ち上がる。
 フルフルと身体を震わせても、彼女がしっかりと背中にしがみついているのを確認してから、タンッと地面を蹴った。
 そのまま空へとかけのぼる。
 ヒュウッと音を立てて風が耳の横をすぎていった。

 空中散歩はいつもながらワクワクする。
 月や星に向かって走ると、足元にもキラキラと輝く無数の明かりがまぶしい。
 赤のテールランプ。
 青白いネオン。
 オレンジがかった窓から漏れてくる家の灯り。
 ちりばめられた光が上下から包み込むように、おいらを夜へと迎え入れる。

 背中にいる彼女が、息を飲むのがわかった。
 怖かったのかついさっきまで、やわらかな感触を楽しんで首筋の毛に顔をうずめがちだったのに、今は思い切り顔をあげている。
 綺麗、と小さな声が漏れた。

 驚くはずさ。
 まぁ、驚いてくれなきゃ意味がないんだけどな。

 これは魔法さ。
 夜を遊ぶための魔法。
 他の誰にもおいらたちの姿は見えやしない。
 願いをかなえるためには代価が必要だと、彼女はまだ知らないけどな。

 ククッと喉の奥で俺は笑う。
 ひんやりとした夜の空気の中、夜を駆け抜けた。
 つながったテールランプのネックレスに、海にたゆたう漁船の群れ。
 クルクル回る灯台や、チカチカと点滅する空港だって飛び越えて。
 淡い紫に空が色づき始めるころ、見慣れた街に帰ってきた。

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