Making Twilight

美しい人

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「踊っていただけますか?」
 手を差し伸べると、フッと彼女は鼻先で笑った。
 切れ長の鋭い眼差しが、夜会には不似合いな光を宿していた。

「気を使わなくとも、私は充分楽しんでいる。王子なんだからその辺の美人でも捕まえて、ホイホイ踊ればいいだろう?」
 カラリとした市井の傭兵に似た口調に、思わず私は苦笑する。
 それが彼女の本音だと知っているからなおさらだ。

 シャルロッテは十五歳まで辺境の市井育ち。
 幼い子供でも剣を振るう過酷な自然環境の地区で暮らしていたから、相手の出方を見ながら思惑を探り合うような場を快く思っていない。

「シャルロッテ、貴女は爵位もある将軍家の姫君なのだから、少しは宮廷の作法を覚えるべきかと」
「何度も言うがシャルでいい。堅苦しいことは嫌いだ。確かに父上は将軍だが、母上は酒場の女だったしな。性に合わないんだ」

 シャルロッテはその言葉通り、他の令嬢たちのような流行りのドレスもまとっていない。
 今の流行りはチューリップをさかさまにしたように丸く膨らんだドレスだが、着ているのは身体にそったデザインのドレスで、動きやすいように深いスリットが入っている。 
 優雅さや可憐さを示すものはまるでなく、しなやかな肢体の動きを妨げるものを排除したシルクは、さながら軍服の延長のようだ。
 見惚れてしまうほどの凛々しい立ち姿だが、口にすれば不興を買いそうだから、緩やかに微笑んで服装には触れなかった。

「面倒な相手はご機嫌ようとやり過ごし、あとは壁際に黙って立っているだけで、こういう場は丸く収まりますよ」
 社交場は慣れず面倒だと全身で訴えているシャルロッテの様子にそう言うと、ふん、と彼女は鼻先で笑った。
 それなくとも生い立ちだけでも目立つ存在だから、興味半分で会話を求められてしまう。
 私が言った通りしようとしても恰好からして浮いているので人目を引いて、やり過ごすのもバカらしくなっているようだ。
 早く終わればいいのにと分かる表情で、肩をすくめている。

「……私は父上に似過ぎたらしい」 
 根っからの戦士である彼女の父も、宮廷の腹の探り合いに辟易している口だ。
 戦場では負け知らずの無敗の将も本音はやってられないらしく、理由をつけて夜会を断ることが多い。

「似ていませんよ。貴方の父君は獅子のようだと噂されている」
「ならば、父上よりも私は強くあるべきか? 死なずの鬼姫としては」
 あはは、と明るくシャルロッテは笑った。
 底抜けに明るい笑顔だったから、私は姿勢をただした。

「私がここにいるのは、シャルロッテ。貴女のおかげです」
「運の良さはお前自身のものだ。相手が若い女に鼻の下を伸ばすバカでよかったな。まぁ、戦場でなら護ってやるさ」
 命のやり取りまで笑いごとに変える強さを持った言葉に、私も笑うしかなかった。

 一昨年に起こった隣国との戦争の最中、味方の裏切りによって私は敵の手に落ちてしまった。
 初陣だっただけに屈辱的な出来事だったが、彼女と出会えたのは行幸だ。
 国境にある砦の中で行われていた勝利の宴に、踊り子に交じって侵入したシャルロッテが夜陰にまぎれて私を救出した。
 たった一人で砦の外まで私を導いたその鮮やかな手並みは、彼女に二つ名を与えるほど見事なものだった。
 少女の姿をしていても、鬼神のごとき剣さばきは身震いするほど凄まじく、記憶から消えることはない。
 
「それは生涯続く剣の誓いですか?」
「従僕の務めだと、父上なら言うだろうな。私の主人はお前だと、申しつけられている」
 それは信念に似た言葉だったけれど、胸が少し苦しくなる。
 初めて出会ったあの日から、私の心はシャルロッテに奪われているのに。
 私にとって彼女は唯一無二の存在だったけれど、彼女には甘く揺れる感情がない。
 それでも、今はかまわなかった。

「主としての命なら、踊っていただけますか?」

 ん? とシャルロッテは片眉を軽く上げた。
 まるで意識していないその様子がにくらしい。
「ダンスなど知らないから、あそこの禿げたおっさんみたいにピーピー泣くことになるぞ?」

 禿げたおっさんとは夫人を亡くした公爵である。
 女好きで知られているが、シャルロッテをダンスに誘うついでにスリットから手を差し入れようとしていた現場を、私は目撃してしまった。

「貴女がそのかかとで踏みつけていなければ、私が通りすがりに足を引っ掛けてやるところでした」
 もっとも私が近寄る前に、ハイヒールの鋭くとがったかかとが侯爵の足の甲に食い込んでいたが。

 ダンス中に足を踏まれるのはリードする側の男性が下手だとされるので、表だって騒ぎにはなっていないのが幸いだろう。
 どうせなら後ろから蹴飛ばしてやればよかったと思っている私の顔を見ながら、シャルロッテは困ったように腕を組んだ。

「……おまえがあまり品のないことを言うと、私が父上に叱られるのだが。私の言動がどうやらおまえを毒してるらしい」
 そういえば「おまえ」と王子様を呼ぶのもやめろと説教されたばかりだったなぁ、などと眉根を寄せている。
 自分自身を変えるのは難しいと柄にもなく悩んでいる様子に、その耳元にそっとささやいた。
 
「あまりにうるさいようでしたら、父上を黙らせますが? 戦場ではともかく、宮廷と呼ばれる魔界では、私が貴女を護ります」

 しばらくシャルロッテは絶句していたけれど、フッとため息と同時に言葉がこぼれた。 
「魔界って……おまえ、ときどき人が変わるな」
 私はほのかに笑う。
「これでも王族の一員ですから」

「……おまえ、次の王だろう?」
「そうなりますね。他の輩みたいに取り入ってみますか?」

 そう、これでも世継なのだ。
 地位も名誉も持ち、傲慢なまでに振舞うことも、呼吸するほど簡単なこと。
 相手が将軍だって例外ではない。
 黙らせる程度のことは簡単にできる。
 もっとも、シャルロッテ自身は面倒くさいと言いたげに、思い切り顔をしかめているので実行することはないけれど。

「身分など通用しないつれない姫君。少しは情があるなら、私と踊っていただけますか?」
 冗談めかして再び誘ってみたら、スッと手が差しのべられた。
「御心のままに」
 肩を軽くすくめながらの、苦笑交じりの了承だった。

 他の淑女とは違ってしっかりした手に、私は自分の手を重ねてみる。
 シャルロッテの手のひらは手袋越しでも、剣をふるう者独特の固さを持っていた。
 キュッと強く握っても、壊れたりしない存在感。

 初めて出会ったあの日から、生涯で手を取るただ一人の人と決めていた。
 身分違いと言われようとも、次の王は私なのだ。
 たとえ父王が相手でも、否やは言わせない。

 優雅なワルツに乗って、私たちはダンスフロアに足を踏み出す。
 あまたの視線が一斉に向けられ、軽やかなワルツに不似合いな暗さでからみついた。
 踊り慣れていないという言葉が嘘のような優雅なステップを披露しても、鬼姫の噂や市井生まれの蔭口は消えないだろう。

 それでも迷いのない眼差しで、シャルロッテは誇り高く顔をあげている。
 苦手な場で暮らすことになっても、自分自身のあり方を変えない。
 まっすぐな魂は光に似て、王宮にも戦にも染まらない。

 たとえ、彼女の手が血塗られていようとも。
 彼女だけが、私の美しい人。


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椿へのお題は〔美しい人〕です。
〔モノローグ禁止〕かつ〔キーワード「てのひら」必須〕で書いてみましょう。
モノローグ【monologue】
1 演劇で、登場人物が相手なしにひとりで言うせりふ。独白(どくはく)。
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