短編集 恋の卵

夜間水泳 最終話

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「なぁ。他の奴らと別れる前に、彼女って言ってもいいか?」
 唐突だったから、私はその意味がしばらくわからなかった。
 星空の下の花火に意識を飛ばしていたので、よけいに理解しがたい。
 前後の脈絡がまるでなくてぶっ飛ぶようなことを平気でする奴だけど、ここまでいろんなことをすっ飛ばしてくるとは。

「好きなのかどうなのかわかんないけど、嫌なことや辛いことがあると、おまえのこと、思い出すんだ。商店街の笹の葉見たら、うずうずしちゃってさ。だから、会って自分の気持ちをはっきりさせようと思って」
 他の奴と連絡とりながらも、やっぱりお前に連絡するのが一番緊張したと佐久間は笑う。

 特別な意味が込められていると理解するまで、鈍いと自分でも思うぐらい時間がかかる。
 なんだろう?
 想定外って、こんな感じ?

「俺はずっと、お前に会いたかった」

 夜間水泳と、七夕の願い星と、突然の告白。
 そのすべてがつながっているのか、チグハグしているのか、どれもこれも私の日常からかけ離れ過ぎていて、脳がついていかない。
 冗談はよく言う佐久間だけど、他人の気持ちをひっかきまわす冗談は言わないので、本気なんだろうな。

「なんかさ、おかしいだろ? 俺が俺じゃないみたいで、すっげー笑えるけど、会えてよかった」

 星空がそのまま降りてきたようなひそめられた声に、私はしばらくボーっとしていた。
 夢じゃないってわかってるけど、いきなり告白なんて漫画じみていて現実味が薄くてクラクラする。
 好きなのかどうかわからないというあいまいさに加えて、視界を星空に酔っていたからかもしれない。

「おい、起きてるか?」
 うん、とぼんやりした相槌を打つだけで、かなり長い時間を要した。
 個人的に特別な感情を抱いていると宣言されたのに、どう答えていいのかわからなかった。
 水の中で立ちあがった佐久間が心配そうに歩み寄ってくるので、私は低く笑った。

 好きなのかどうなのかわからないのは、私も一緒だ。
 勉強だ予備校だと日常にまぎれた忙しい時間は、佐久間のことなんてすっかり忘れていたし。
 呆れて、バカバカと言い放って、もういい加減にしなさいよと文句をつけながらも、こうやって夜間水泳をするぐらい、気にいってる相手なのは確か。
 でも、いきなり会おうぜって誘われて、本当に会いに行く相手は佐久間だけだ。
 だから、ポロっと好意的な言葉が唇からこぼれ出た。

「私は楽しいことやドキドキすることが起こると、佐久間のこと、思い出すわよ」

 よし、と妙に喜んだ佐久間が、急に抱きついてくるのでびっくりした。
 反射的にグーでその顎を殴ってしまい、手が緩んだすきにすみやかに距離をとる。
 全く、油断も隙もない。
 今日はビキニで、私も無防備な姿だ。
 盛り上がるのは勝手だけど、いきなりハグされて喜ぶわけがないでしょうに。

「誰も好きだなんて言ってないから」
 あくまで夜間水泳の仲よ、と言い放つ。

 だけど。
 一瞬だけ触れた腕がやけに熱くて、佐久間の体温が焼きついて消えない。
 胸がドキドキして仕方ないから、声が震えてしまった。
 きっとこれは星空マジック。
 朝になると魔法が解けるかもしれないから、簡単にはうなずいてやらない。

 私の動揺を見透かしたように、ふふんと佐久間は鼻で笑った。
「ここで甘いこと言ったらほかの奴に聞こえるし、雰囲気に流されて、つられたように告白なんて恥ずかしい~とか思ってね?」

「いっぺん、プールの底に沈んでもいいわよ」
 つめてーなと抗議は受けたけど、無視しておく。
 勝手に言ってなさいよ、と舌を出すと、私は再びプールに浮かんだ。
 顔がほてる。
 冷たい水の中にいるのに、のぼせてしまいそうだ。

「俺は好きだって言っとくからな。だから付き合おうぜ」

 バカ、と言いかけたところで、流れ星が一つ。
 スウッと彦星から織姫に向かって流れた。
 迷うことなく流れた一筋の光に、懐かしい記憶がよみがえる。

 「お、流れ星! 森ちゃんと健全で不純な交際ができますように」
 恥ずかしげもなくバカ丸出しの願い事をする佐久間に、私は無言を貫いた。

 そうだ。
 ふうっと星の海から浮き上がってくる記憶。
 あの日の短冊に書いた願いがくっきりよみがえる。


 夜間水泳が成功しますように。

 受験よりも何よりも、あの日の私が祈りたかったこと。
 それは、自分の気晴らしのためじゃなくて、笑ってる佐久間を近くで見たかったから。
 中学三年のドキドキやワクワクにプラスして、ほのかに甘く胸が疼く。
 恋なんかじゃないけど、あの日の気持ちが今にちゃんと続いていた。

 名前を呼ぶだけで心の奥底をくすぐられるような、思わず笑顔になってしまうこの気持ちがずっと続けばいいのに。

 私たち、これからどうなっていくのだろう?

 好きだ、なんて簡単に言わないけどね。
 きっと明日も、佐久間と顔を合せて笑っているはず。

 そのためにもプールからの脱出は、速やかに静かに決行しなくては!
 緊迫の時間が、近づいている。
 中学時代みたいに、捕まるようなヘマはもうしないんだから。
 脱出経路は確保できていると言ってたけど、最後まで気が抜けない。

 ねぇねぇとしつこく話しかけてきていた佐久間だけれど、私が無言で星空を見ていたら諦めたのか、無言で再び水に浮かんだ。
 プカリ、プカリと漂う私たちは、まるで海月のようだ。
 佐久間との関係がどう変わっていくかわからない。

 もしも。
 脱出ミッションが成功して。
 この後の花火で笑いあって。
 星空の魔法が解けて、朝になっても。
 ドキドキやワクワクが続いていくなら、新しい一歩を踏み出せるかも。
 私も好きだなんて、バカみたいな調子で言えそうな気がする。

 今夜は短冊がないけれど。
 指先で固くこよりをより合わせたひたむきさで、星空を見上げる。
 中学三年の夏と同じことを、私は祈っていた。

 夜間水泳が、成功しますように、と。

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