短編集 恋の卵

夜間水泳 第四話

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 私たちは夜のプールへと、侵入を開始した。 
 それはあっけないぐらい、簡単な作業だった。
 大きく育った男子の手を借りてフェンスを乗り越えると、十分もかからずプールサイドに難なく立っていた。

 中学時代はフェンスを乗り越えるだけで大仕事だった気がしたけど、やっぱりみんな大人になったんだ。
 背も伸びて、力もある。
 片手で引き上げられるなんて、思ってもみなかった。
 まぁ、不法侵入が楽にできるようになったって成長を、本当の意味での成長って呼んでいいかどうかはわからないけどね。

 パーカーと短パンを脱ぐ。
 速やかにプールに入って、外から見えないように水につからなくては。
 なんて思っていたら、懐中電灯がスポットライトみたいに私を照らした。

「おお、ビキニ!」
 ラッキー! いや、夜だからよく見えねぇ~なんて調子に乗っている佐久間に、私は駆け寄って懐中電灯をその手からはたき落とした。
 カツンと固い音があたりに響いた。
 懐中電灯の光がクルクルと回って床を転がると、そのまま水中に没してあたりは暗闇に支配される。
 俺の懐中電灯が……なんて悲壮な声を佐久間は上げたけど、知ったことではない。
「バカじゃないの。明かりなんてあったら、見つかっちゃうじゃない」

 声をひそめてその耳を引っ張ると、ニヤッと佐久間が笑った。
 暗闇の中でどうしてその憎たらしい笑顔が、くっきりと見えたのか分からない。
 でも、してやったりと言った、いたずら小僧そのままの顔だったのは間違いない。

 何かやらかす気だ。
 そう思った時には遅かった。
 腕を掴まれて、そのまま水の中に落とされていた。

 しぶきがあがる。
 ドボンと派手な音と同時に、全身を冷たい水が押し包んだ。
 はじけるような水泡と、気管に侵入してくる水。
 塩素のツンとした感じにむせて、悲鳴を上げることもできず、もがくことしかできなくて死ぬかと思った。
 グイッとすぐに身体は水面に引き上げられたけど、せき込むことしかできない。
 シーッシーッとひそめられた非難がいたるところから響いてきたけど、私のせいではない。

「なに溺れてんの?」
 私の腕をつかんだまま「あははっ」と笑うのが佐久間だとわかって、あんたのせいでしょーと言いたかったけれど、わきあがってくる咳を必死で飲み込んだ。

 もういやだ、こいつ。
 台風みたいで、落ち着かない。
 再会してからのほんの少しの時間なのに、どっぷりとつかれてしまった。
 それにしても派手な水音を立ててしまったし、大丈夫かしら。

「大丈夫、今日の宿直は伊丹先生だから、この時間には宿直室。来年、定年だからな~寝るのも早いんだよ。そのぐらいはチェック済み」
 へらへらと笑うので、ムッとする。
 伊丹先生は中学三年の時の担任で、温厚で穏やかなおじいちゃん先生だ。
 日頃怒らない分、怒ったら怖い。
 あの時の説教はビシビシと厳しい言葉が連続で飛んできて、かなりダメージを受けてしまった。

「同じこと言っといて、四年前は見つかったでしょう?」
 そう、あのときは男子が本当にくだらない原因で、誰が今日の王様か決めるなんて流れになって、水泳大会を初めてしまい。
 タイムレースに白熱して本気になり、大声で声援を始めちゃったから、あっさり御用になったのだ。
 自業自得とはいえ、バカすぎる。

 まぁな、と笑って、佐久間は私の腕を放した。
「今日は大丈夫。ほら、みんな大人になったんだよ」
 いつになく静かな行動なので、ちょっとだけドキリとする。
 ほんとの大人はプールに忍び込んだりしないわよ、と言いたかったけど、私も同類だし。
 少しは大人になったのかしら?

 佐久間は顔を空に向けて、プカリと水に浮かんだ。
 背泳ぎの要領でただ浮かぶだけだけど、なんとなく私もその横に浮かんで空を見た。
 お子様なのは佐久間だけね、とバカにしてやったら、まぁなと悪びれもせずうなずくところが、ほんの少し大人になった気がする。

 満天の星が、空いっぱいに広がっていた。
 月がないから暗いと感じていたのは、私の思い込みだったのかもしれない。
 暗闇に慣れた目には星がまぶしいほどで、鮮やかなミルキーウェイがはっきりと見える。
 あれがきっとアルタイルとベガ。
 彦星と織姫は天の川をはさんで、強く輝いている。
 綺麗だと、純粋に思う。

「なんで、今日を選んだかわかるか?」
 不意に、佐久間が言った。
 あたりまえだけど、あの頃よりは声が低い。
 知っているはずなのに、知らない人みたいだと、初めて思った。

「七夕だから?」
 久しぶりに中学時代の仲間と集まるには、ちょうどいいよね。
 なんて続けてみたら長い沈黙の後、まぁな、と気のない返事が聞こえた。

 あら、どうやら私は、佐久間の期待した答えを外したらしい。
 でも、何か言いたげな雰囲気を感じていたので、そのまま耳をすませる。
 しばらくの間、チャプチャプとかすかに揺れる水の音と、同じようにヒソヒソ話をする友達の声が、遠く近く夢みたいに押し寄せてきた。
 みんな、静かに語り合っている。
 はしゃいだりせずに、この時間を大切にしているって、全身で感じた。

 このまま夜に溶けたい。
 なんて、詩人みたいなことを思う。
 全身をつつみこむ冷たい水も、降り注ぐような星空も、確かな現実なのに。
 どうして泣きたくなるぐらい、綺麗なんだろう。

「森ちゃんが森ちゃんらしいのも当たり前か」
 と、気を取り直したように、佐久間は笑った。
「俺にとっても、七夕だっつーの。ほんとに嫌になるぐらい変わらないなー」
 星ばかり見ていると、耳に届くのは記憶の中にはない大人の声だ。
 それ褒めてないでしょ、と突っ込むことは、なぜかできなかった。
 そして、不自然な沈黙が落ちる。

「この後、ファミレスに行こうな。懐かし会、やるぞ」
 不意にそんなことを言い出すので、うん、と私はうなずいたけど、すぐに気がついた。
「ねぇ、佐久間。濡れた水着のままじゃ、ファミレスには入れないと思うけど」
 あ、返事がない。困っているらしい。
 更衣室がないって言ったのは自分のくせに、まったくもって詰めが甘い奴だ。
 しばらく無言だったけれど、ややあって現実を認めたようだ。

「仕方ね~な。今日のところはあきらめてやるよ。花火もちゃんと持ってきたから、公園にでも行こうぜ。とにかく懐かし会は決定だ」
 ひとりで盛り上がっている佐久間に、私はクスクスと笑った。
「相変わらず、台風みたいなことばっかり言うんだから。その前に、プールからの脱出ミッションがあるわよ」

 でも、誘えばきっとみんなうなずくと思う。
 こうやって夜に同化するのも悪くないけど、ちゃんと話をしたいもの。
 今夜はまだ始まったばかりなんだ。
 永遠にこの夜が続きそうで、ワクワクが止まらない。

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