短編集 恋の卵

夜間水泳 第二話

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 中学三年の夏。
 梅雨も終わって初夏の蒸し暑さに、クラス全体がぐったりしていた。
 エアコンなんて教室にはないし、窓を開けても風はそれほど入ってこない。
 勉強どころじゃないよね~なんて思うような日が続いていたある日の朝。
 教室に入ってくるなり朝の挨拶もそこそこに、佐久間はカラフルな短冊の詰まった箱をドーンと教卓の上に置いた。

「ただいま願い事を募集中~商店街の活性化だってさ。おれたち受験生だし、かっぱらってきた。ちょうどいいだろ?」

 はぁ? と思う間もなく、短冊とこよりにするらしい細い紙が配られていく。
「こいつをつるすのは商店街の中心広場だからな~いいか、間違えんなよ」
 なにそれ、とちょっと批判的な声があがったけれど、自分で願いは届けないと意味がないんだぜ、なんてもっともらし言い分に、笑い声が広がっていく。
 こういう唐突な行動も、佐久間らしいって許されるのは、ある種の才能かも。

 こよりの作り方と短冊の見本も書かれた紙が、短冊とともに配布物のように前から回ってくる。
 思わずその紙に見入ってしまったのは、夜間水泳の開催という妙な記載があったからだ。
 やたら汚い字で「先生には内緒だ」の但し書きと、どこからどう見ても夏休みまっただ中の日時が書いてある。

 佐久間の奴……真夜中の中学校で、プールに忍び込んで水泳大会を開く気なんだ。
 先生方の許可もなく、バカじゃないの?
 まぁ、申請しても許可は下りないだろうけど。

 受験前の貴重な夏の夜。
 内申書に響くような行為に、誰が乗るんだろう?

 それでも、妙に心に引っかかった。

 目の前にあるのは、色鮮やかな短冊。
 ともすれば暗くなりがちな受験前の一年なのに、毎日が佐久間の想定外の行動でいっぱいになっていく。
 図書館や塾の誘いではなく、夜間水泳ってどういうことなの?

 クルクルと、キリキリと。
 無意識のうちに配られた細い紙を、私は指先で堅く寄り合わせていた。
 今しかできないことと、今やっておかなくてはならないことの擦り合わせに似ていて、知らず念入りにこよっていたのかもしれない。
 出来上がるころには、夜のプールの誘惑にとりつかれて、結局参加してしまうのだけど。
 あの時の固く寄り合わせたこよりのしっかりした感じは、今でも指先に残っている。
 中学三年って微妙な時期だったけど、この一年は十年・二十年先でも忘れられない一年になるだろうな、と他人事みたいに思っていたのは確かだ。

 放課後までに願い事を書いて、商店街に短冊を結びに行った。
 クラスのほとんどの子が、その日のうちに行動していた。
 ひとりで行く子もいれば、連れ立っていく子もいた。
 私は仲のいい子と一緒に校門を出て、途中で後ろから追いついて来た佐久間たちと一緒になった。
 学校の外で佐久間のお守りはしたくないから、ゲッと思ったのは内緒だ。
 ゾロゾロと集団行動で移動するのはだせーと言いながらも、彼らは私たちに歩調を合わせて歩いた。
 特別な話なんて一つもしなかったけど、歩くだけで特別なことをする気分だった。

 たまたま七夕セールの準備をしていた実行員会の人たちに、駄菓子をもらった。
 七夕といったら和菓子でしょ、とさらにねだる佐久間が、知り合いらしいおじさんにこづかれているのを見て、私たちは思い切り笑った。
 口に放り込むとホロリと崩れる白いラムネが、小さいくせに自己主張して、やたらとさわやかだった。
 佐久間も私たちもそのまま缶ジュースを買って、広場の椅子に座ってとりとめのないことを話しながら笑っていた。

 あの日。
 懐かしいあの時間は、思い出すと恐ろしい速度で記憶からわきあがり、まるで昨日のことみたいに迫ってくる。
 何を話したか、何を思っていたかまでは、思い出せないけれど。
 ただそこにいるだけで、楽しくて、キラキラしていた。

 私はあのとき、何を短冊に願っただろう?

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