短編集 恋の卵

夜間水泳 第一話

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「よう、久しぶり! 例の場所に、七月七日に集合だ。おまえ、絶対にこいよ」
 はぁ? と首をかしげたのは、別に私が呆けているせいではない。
 自宅にかかってきた電話に出るなり、見知らぬ男の声が一方的に告げるのだから、普通の反応だと思う。
「どちらにおかけでしょうか? セールスならお断りです」
 プチッと切ってやると、すぐさま電話がけたたましく鳴り始める。

 あら、即リターン。
 一つ深呼吸をして、受話器を取る。
「どちらさまですか?」
 自分が想定するよりもはるかに冷たい声になってしまったけど、先ほどと同じ声は明るく笑い飛ばした。
「佐久間! 俺、佐久間だっつーの! まさか、忘れたなんて愉快なこと、言わないよな?」

 佐久間、という名前に、私はそのままフリーズする。
 こいつのせいで貴重な中学三年生の夏休みが、罰掃除と夏期講習で埋められたのだ。
 その原因を楽しんだのは確かだけど、胸を張って言えないような体験である。
 学級委員なんてしていたせいで、お説教の集中砲火を私が受けたのは痛い記憶だ。

 だから。
 佐久間のことを忘れるわけがないけどさ。
 中学卒業以来、年賀状すらやり取りしてないはずだけど?
 こうやって電話がかかってくること自体、違和感がある相手だ。

 ただ、よかったね、と心の中でポソッとつぶやく。
 この受話器を取ったのが私で。
 かあさんだったら「よう!」の時点で不審者扱いして、マシンガンのようにけたたましく毒舌攻撃し、自治会や警察に通報している。
 なんてことを考えている間も、佐久間はぺらぺらと自分の要件を話していた。

「なぁ、おまえ、予備校生なんて余裕のあることしてんだから、一日ぐらい付き合え。例の場所に二十三時集合。更衣室はないから、それだけは忘れんなよ」
 じゃな、とポンポンと歯切れよく言うだけ言って、佐久間は電話を切ってしまった。

 ツーツーと無情な通話不能の音を響かせるだけになった受話器を、私は思わず睨み付ける。
 相変わらず他人の都合を考えない奴だ。
 久しぶりに電話をしてきたと思ったら、連絡先も教えずに切ってしまうなんて。
 しかも私のこと、おまえ呼ばわりだし。

 好きで予備校生なんてやってないし、一度大学に落ちたぐらいだから、次もどうだろうと不安を抱えて夏期講習に通い、参考書とにらめっこしている日々なのでけして余裕があるわけではない。
 それも、例の場所に夜間集合って。
 犯罪でしょ、今はギリギリ未成年だけど。
 バカバカバカと百回唱えても足りないと思ったとたん、懐かしさとあきれで胸がいっぱいになった。

 それほど仲が良かったわけではない。
 とは言え、からむ時間は多かった気もする。
 バカばっかりやってハメを外しまくる佐久間を、私が学級委員の使命感にかられて追いまわして、やめなさい・よしなさいと叱り飛ばしていた気がする。
 ああ、こうやって思い返せば、受験勉強以外は佐久間まみれの毎日だったかも。
 ドツキ漫才みたいな思い出にしばし浸ってしまい、ため息と同時に薬と笑いを吐き出した。

 卒業してから四年かな?
 順当にいってれば、大学一年生になってるはずだけど……本当に落ち着きがない。
 佐久間の奴、ほんとに変わってないんだから。

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