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嫌な記憶・前偏

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自由に書きたかった。
純粋に楽しみたかった。
たったそれだけのことが、ままならない。

不特定多数の人が閲覧する小説サイトではいろいろな価値観が存在するので、自分のアカウントすら思うように使えず息苦しい。
同じような思いを抱えている人たちと少しでも創作を楽しみたいと、過去、サークル目的のアカウントを作った。
創作をしたいけれどサイトを使うこと……名前がお気に入りユーザーに出ることすらためらう友人もそれなりにいて、一年・二年先に個人でもいつか創作活動できるようになればいいな、そのきっかけになる場所にいいなと、始まりはそんな思いつきだった。
多くて、といっても、そもそもの交際範囲が少ないので、片手の指の数で足りるけど

不定期で企画を立てて、縛りはお題のみ。
評価や番付も関係なく、自分の作品を書くことをただ純粋に楽しむ。
しばらく私の一人サークルでやっているから、参加も不参加も自由にするし、書きたいと思ったときに合流すればいいから。

サークルですと言い張っても、書くことへの意欲やポジティブさを失っている人がほとんどだった。
当分は私一人でのんびりやるつもりだった。
副数人が集まると管理は大変だろうし、編集やいろんな操作に慣れたころに合流できたらいいな程度の気持ちだった。

だけど、思いがけずちゃんと活動できている友人たちからも、どんなことをするの? と問い合わせがいくつもあった。
参加表明はうれしい驚きだったけれど、大きな不安でもあった。
やってみないとわからないことだけど、あたりまえに自分の場所で活動できる人と共存できるのだろうか?
自分の場所が息苦しいと思っていない人には、本来必要がない場所だ。
うれしいことでもあるしやりたい気持ちは大切にしたいけれど、説明しても目的が伝わっていない気がして、とても不安で怖かった。

お題という縛り以外は自由に楽しんで、書き手が創作そのものを楽しむ場だという目的を説明しても、その意味を理解できない人もいるだろう。
楽しいことを展開するのではなく、個人個人が楽しいを感じたり思い出す場だと、説明しても伝わらない気がした。

最初は楽しかった。
でも、サークルという響きが悪かったのだろうか?
心配していた通り、やっぱりな出来事が起こった。
提案があるならまず相談してくださいとお願いしても、関係のない内容の活動報告にいきなり歌合戦のように競いましょう、とか、まるであさっての提案がある。
作品を書いてもいない人から、どうしてそんな場違いなことを言われるのかも理解できなかった。
あの時は本当につらかった。
評価も競い合いもしない前提で誘っていたから、立ち上げのきっかけになった子が「嘘つき」とだけ残して消えた。

嘘つきと言われても、私が言ったわけじゃない。
むしろ自分勝手な提案など嫌悪しているのに、サイトから消えてしまった人には伝わらない。
自由に楽しめばいいといっても、目的を持って管理しているのに。
自分好みに全体を変えて楽しみたいならば自分のアカウントでやればいいことだし、他の人にまで迷惑をかけて自分本位だ。
そう思えばいいのに、想定外の人から攻撃を受けて、ただ辛くて怖かった。

どんなに説明しても伝わらない人がいると、何が起こるかわからない。
ずっと怖くて、ビクビクとおびえていた。
発足のきっかけになっている人たちと、サークルに協力してくれた人たちとは、そもそもの価値観が大きく違う。

設定を参加者が共有する共同企画を提案された時も、最初の何回かは断った。
人間は忘れる生き物だから、きっと提案した人はいきさつも覚えてないだろうけど。
私は、忘れればいいことばかり、くっきりと覚えている。
参加しませんか? と声をかけることはできるけど、共通の設定や世界観を説明して理解してもらうことは難しいから無理だと思う、と。
それに、提案だけして肝心な時には丸投げされることが多いので、他人を信用できないから嫌だと断った。

でも、結局、何度もやってみたいを聞いているうちに、別に失敗してもいいかと思った。
やってみて、失敗でも成功でも話しあいながら作るのは楽しいことだし、誰かを信じてみるのも悪くない。

企画提案者は自分の作品を書きながら説明や質疑応答に追われるし、書き手もかなりの期間や時間を拘束される。
それに自由に書いて楽しむという目的から、遠く離れている。
設定を提案するということは、書き手の自由な発想を拘束してしまう。
軽くだけど念を押して、質問にはちゃんと答えて最後まで責任が持てるなら他の人にも呼びかけてみるよ、とオーケーを出した。

できるだけ理解しやすいもので、世界観だけはしっかりしたものをお願いした。
だけど、できたよと届いた設定は、一目ではわからないものだった。
お願いしたものとまるで違いすぎて、どう扱えばいいかわからなかった。
わかることは、内容を理解するのに、時間と根気が必要なことぐらいだ。

特別な物のある、特別な場所から、特別な死体が出てくる。
楽しいやうれしいがどこにあるのかわからなかったけれど、わからないことは聞けば答えると、自信のある言葉だったのでそれを信じた。

提案者は二人いた。
どういういきさつで二人になったのか知らない。
忙しいが口癖の人は巻き込まないと約束していたのに、なぜか発案者になっていて、どうしていいのかわからなかった。

設定の提案者は楽しそうだったけれど、私自身も参加をしようと努力した人も、読み解くだけでとにかく大変だった。
調べるだけでも、かなりの時間と膨大な資料が必要だった。

チャットの会議場を作った。
質疑応答の場を持たないと、他の誰もが主題も世界観もわからないからだ。
それでなくても、参加者全員が共通認識を持つことはとても難しい。

だけど、提案者からは、報告も、連絡も、相談もなかった。
私はいつもつまはじきで、会議場を作る意味すらなかった。
リアルの知り合いだったせいか、顔を合わせる提案者同士で話してそれで終わりだった。
直接顔を合わせない者のことなど、何も考えていなかった。
そのことに、気づいていたか気づいていなかったかは、わからない。

チャットの会議場は解放し続けたけど、開店休業でいつも遠足報告だった。
モデルになった場所へ見学に行ったとか、発案者に説明してもらったとか、そういう行動はリアルタイムに入ってくるけれど、何を見たか何があったのか、肝心の説明も情景もなかった。
連絡もなかった。
いつ会議場に来るのかも、来ないのかも、資料がどうなっているのかも、何も届かなかった。
定期的に会議場に来れないとわかっていたなら、会議場を持つ意味もないから閉鎖して、設定そのものをいつものお題に戻せたのに。

相談もなかった。
いつもリアルで顔を合わせた場で話し合ったからと、こっちの意見、と意見と指示だけが届いた。
議題すらわからないのに意見だけ述べられても、混惑するばかりだ。

そもそも会議場にそろわないのだ。
いつだって伝言ゲームで、その土地ならではの情景が知りたいと尋ねても、仏教の宗派が返ってくるような、チグハグ感だけがあった。
現地民の発案者に聞いてだし、発案者は忙しいから連絡や聞きたいことはもう一人に任せているからで、連絡があるのは向こうの用事があるときばかり。

私はずっと独りだった。
会議場の雰囲気が落ち着いたら合流したいと言っていた人も、開店休業なら意味がないからと保留のまま。
参加を呼び掛けた人たちの大半は早期リタイヤした。
残っている人も、ポンと投げられた設定については好きでも嫌いでもない、知識もゼロの状態なのだ。
それぞれで楽しんでと言われても、共同企画は他人との意見交換を楽しむものなので、丸投げのままではどこが楽しいのかもわからない。
とにかく会議場に来てくださいと提案者にお願いするしかなかったけれど、来るのは雑談日だけで、会議が成り立つことはなかった。

真剣に考えている人ほど、肝心の情景も資料も届かないことに不快感を持つのも当然で、私は謝るばかりだった。
できる限り資料を集めようとしたけれど、私自身は図書館もない場所に住んでいるし、ネットと旅行ガイドぐらいしか地域情報がない。
問いかけられるたび、自分の調べたことを伝えても肝心の地域情景などどこにもないし、たかが知れている。
目の前にあるのはガイドブック程度の薄っぺらい内容の資料だけで、どうすれば設定そのものに愛着が持てるのかもわからない。

いっぱいいっぱいだった。
資料集めと、編集の準備と、自分の作品だけでも手に余るのに、渡されただけの設定に責任だけ負わされて困るばかりだ。
もともと鬱で、治療と回復のぶり返しに悩まされているので、一人きりで死に向き合っているうちに、ノイローゼと鬱が再発して、すっかりおかしくなってしまった。
丸投げされた設定には、楽しいとかうれしいとか、どこにもなかった。
死体も死も、鬱症状を増加させるばかりだった。
時間にも人の声にもイライラと追い立てられるばかりで、どうにかしたくても他人に主権を握らていて、自分自身ではどうにもできないことばかり。
私は、私が息をつける場所にいるはずなのに、自由に書くどころか思考することすらできなかった。

都合よく利用されているだけでしょ、とある人に言われてドキリとした。
誰の目から見ても、設定の提案者たちは自分たちだけ楽しいところだけ勝手に展開して、面倒な広報や編集だけ投げてくる。
二人が話し合ったとか、見学に行ったと聞いても、それで終わりだから、だから何? としか思えなくなっていた。

私の意見は最初から無視されてつまはじきの状態で連絡すらないし、サークルの他の人たちもないがしろにされている。
それでも、鬱症状が強くなっているから感じ方がネガティブになっているだけで、企画の最後まで責任を持つという言葉を信じたかった。
だから、そんなことないよと言い続けた。
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