「喫茶ペロリストシリーズ」
ようこそ、喫茶ペロリストへ!

第17話 ようこそ、喫茶ペロリストへ! 1

 ←ひとり →最終話 ようこそ、喫茶ペロリストへ!
 椿さん消失事件から数日過ぎた。
 もちろん、それを事件と呼んでいるのは俺だけだが。
 どうやって名誉挽回しようか一晩悩んだものの、次の日から何も変わらない様子で椿さんはペロリストにフラリと現れた。
 あいかわらずカウンター越しに生ぬるい萌え話題をふってくるので、今更弁解するのも謝るのも変な気がして、俺もそれまでと変わらない対応をしている。
 話をぶり返して地雷を踏みたくない。
 しかし、何も言わないのも妙な気がする。
 どこか気まずい感がぬぐい切れなくて、悶々とした心持ちを消せないままでいた。
 しかし、何をどう切り出せばいいのかもわからない。
 やっぱり素知らぬふりをするが、一番いいのか?

 本日は超多忙の土曜日なので、気候的に寒くてもテラス席も整えておく。
 こんな寒空の中でもウサギ小屋の中まで観察して喜ぶ客は、本当に見上げた根性を持っている。確かにウサギはかわいいけどさ。
 客の回転も速いからテラス席さまさまだが、今夜は冷え込むから膝掛とホットジンジャーをつけるべきかな。
 くつろぐための癒し空間で、ガタガタ震えるほど凍えたなんて言われたくはない。

 気がつくとすでに午後4時になろうとしていた。
 軽くお腹に入れて一息ついたら、厨房は戦場と化すだろう。
 忙しくなるだろうな、なんてことを考えていると、ふと視線を感じた。
 テラスの外は畑だぞ、と思いながら振り向くと、そこにオーナー二人がいた。
 手に手にカゴを持ち、卵がミッチリと詰まっていた。
 なるほど、鶏小屋からの帰り道だったのか。
 確かに畑を抜けると裏口まで近い。
 ただ、考え事をしていたせいか気付いていなかったので、俺はドギマギしてしまった。
 やましいことは何もないけどさ。
 驚くじゃないか。

 既に戦闘準備を整えているので、二人ともまともな女性姿に見えた。
 今日のコンセプトは不思議の国のアリスのうさぎさんだな。
 エプロンは非着用で、シックなベスト姿なのが珍しい。
 ウサギの耳付きカチューシャに、懐中時計が腰のベルトから下げられている。
 フワフワのスカートの裾から、レースのペチコートパンツが見えた。
 二人とも眼鏡を着用しているので、太陽の光が反射してその表情が伺えないのは御愛嬌だ。
 天候まで俺の好奇心を邪魔するとは……なかなか素顔をじっくり拝む機会がない。
 なんてことをぼんやりと考えていたら、椿さんが小首をかしげた。

「まだ気にしてるの?」

 うお、今、そこに戻るのか?
 たしかにヒゲを触る話はあのままうやむやになったけれど、この瞬間に切りだされると何を言えばいいのかわからなくなるじゃないか!

「あ~えっと、まぁ少しは」
 ゴメンというのも変だが、魅惑の巨乳に意識が向いてメイド姿を希望したことは紛れもない事実だ。
 しかたないだろう! 本能に逆らえないんだから。
 不埒なオス認定間違いなしで、何を言っても俺に救いがない気がする。

 妙に焦る俺を前にして、オーナー二人は顔を見合わせた。
 居住まいを正しているのは何故だ?
 めったにない真面目な空気が流れると、更に俺の居心地が悪くなる。
 不埒なオス&エロ魔王認定でクビって悲しすぎるぞ。
 ここは、謝るしかないか?
 意味不明だと不信がられても、とにかく謝り倒すしかない気がする。
 俺の背筋を冷たい汗が流れていく。
 緊張がはじけるかと思った瞬間。

「消去法じゃないから」
「誤解されたら嫌だから言っておくけど。卯月さんだから、ここにいてほしいと思ったの」

 オーナー二人が沈黙を破った。
 久しぶりにマスターではなく卯月さんと呼ばれたから、ドキリとして言葉の意味が脳に浸透するまで時間がかかる。

「え?」
「履歴書の時、不審がっていたでしょ?」

 ああ、なんだ。
 履歴書を見た日に問いかけた、採用理由のことか?
 ずいぶん前だぞ。確かに、もうすぐ返事を返す時期が来るけど。
 それはそれで胃が痛い問題だけどな。

「俺だから?」
 よくわからない。
 というか不意に何を言い出すのか、相変わらず読めない二人だ。
 俺は不埒な男認定をどう覆せばいいのかを考えていただけで、採用理由で悩んでいた訳ではない。言えないけどさ。
 確か採用理由は、伊達眼鏡男子のイケボだったからとか、ものすごく萌えを追求した理由を聞かされたはずだ。
 あきれすぎて突っ込むことすらできなかったけどな。

 あれだけを信じるなんて本当にダメだな~なんて、椿さんはやわらかい笑みを口元に浮かべた。
「面接の日、トメさんを自宅まで送って、遅刻したでしょう?」
「トメさん……? ああ、あのばあさん」
 言われて思い出したが、歩道に落ちていたばあさんだ。
 人が落ちているってのも変な表現だが、そうとしか見えなかった。
 散らばった柿の真ん中で持ち手の裂けた紙袋を手に、ポツーンとへたり込んでいた。
 一緒に柿を袋に拾い、自宅まで送り届けた。
 ただそれだけだ。

 無償の親切ではなかったと声に出して言えないけどさ。
 ばあさんの自宅がすぐそこだというので送って恩を売り、喫茶店までの道を聞こうと思ったのだ。
 田舎の「すぐそこ」感覚が片道十五分は歩くと気付いた時、非常に焦ったのは言うまでもない。
 結果、喫茶店への道は教えてもらえたが、見事に遅刻した。
 時間厳守が常識の面接で遅刻なんて最悪だと、滝のような冷や汗が背中を伝ったのを思い出してしまった。
 体温が数度、確実に下がった気がしたのだ。
 それだけに採用の電話がきた時は、信じられなかった。

「あのときは……」
 うろたえる俺の言葉を遮るように、椿さんは声を重ねた。
「あのとき、迷いました、すみません! ってひたすら謝ったよね。いくらでも言い訳できるのに。トメさんからも電話貰ってたし、そもそも何があったかを説明すればいいのに、それについては触れないで。とにかく遅れたのは間違いないからってペコペコしてた」
 不器用だけど心に響いたから尊敬したの。と椿さんは言った。
「確かに遅刻はよくないけど、知らん顔で通り過ぎる人だったら軽蔑していたと思う。それだけに、謝るってとっても難しいの。言い訳も逃げもなく、ちゃんと謝れるってすごい事だと思う」

 ウンウン、と故さんも力強くうなずいた。
「それにね、卯月さんだけなのよ。動物病院はどこですか? って聞いてくれたのは」
 健康第一でお世話をしていても、病気には嫌でもかかる。
 ウサギたちと過ごすって何の疑いもなく認めてくれていたから嬉しかったと、明るく笑った。

「無農薬の大根なんだよって見せた時、皮も金平にできますねって言ってくれたのも、卯月さんだけ」
 裏から鶏の声がすることに気付いて新鮮卵だって喜んだのも、お客の前に出なければ着ぐるみでも問題ないって言ったのも、お客がいなければ踊っても許せると言ったのも、全部全部、俺だけ。
 そんなふうにオーナー二人は、やわらかな口調で淡々と語った。
「私たちはこのお店のあり方を丸ごと受け入れて、そのままでいいって言ってくれる人と一緒にいたいの」


にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ

関連記事
スポンサーサイト
総もくじ 3kaku_s_L.png 交換詩・贈答物語 七色の海
総もくじ 3kaku_s_L.png 英雄のしつけかた
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編集 ちょっぴり異世界
総もくじ 3kaku_s_L.png ミルキィ☆ロール
総もくじ 3kaku_s_L.png 喫茶ペロリストシリーズ
もくじ  3kaku_s_L.png 短編集 恋の卵
もくじ  3kaku_s_L.png Making Twilight
もくじ  3kaku_s_L.png 詩集 kurayami
総もくじ  3kaku_s_L.png 交換詩・贈答物語 七色の海
もくじ  3kaku_s_L.png 潮騒の詩
総もくじ  3kaku_s_L.png 英雄のしつけかた
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編集 ちょっぴり異世界
総もくじ  3kaku_s_L.png ミルキィ☆ロール
総もくじ  3kaku_s_L.png 喫茶ペロリストシリーズ
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【ひとり】へ
  • 【最終話 ようこそ、喫茶ペロリストへ!】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 現在非公開コメン卜投稿不可です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【ひとり】へ
  • 【最終話 ようこそ、喫茶ペロリストへ!】へ