「喫茶ペロリストシリーズ」
ようこそ、喫茶ペロリストへ!

第三話 セバスチャンって呼んでいい?

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「セバスチャンって呼んでいい?」

 記念すべき喫茶店の初出勤は、そんな台詞で始まった。
 もちろん営業前の完全仕込み時間なので、お客の姿はない。

 なぜ、セバスチャン?
 素朴な疑問をいったん胸に飲み込んで、俺はさりげなくカウンター越しに座る人物から目をそらした。

 オーナーの一人、椿さんだ。
 ひっそりとした感じでもらされる、少女みたいな声はかわいい。
 だが、直視するには少し勇気がいる。
 あまりに不審な格好すぎて。

 なぜかピンクのうさぎの着ぐるみパジャマを着て、サングラスとマスクを着用している。
 そのマスクには手書きでウサギの鼻と口が描かれているから、どう反応していいのか態度を決めかねる。
 身長が低くてコロッとした感じなので、着ぐるみパジャマを着用するとそのまま巨大なぬいぐるみにしか見えない。
 もちろん女の子相手に、直接ぬいぐるみが動いてるなんて言うわけにはいかないけどな。

 しかし。少女風の声をして着ぐるみパジャマ姿でいるからとはいえ、若いとは限らない。
 今の若い子たちはわからないね~と、雑誌を見ながらもう一人のオーナーである故さんと話しているのを、引っ越し完了日に聞いてしまった。
 そのページに映っていたのは女子大生ぐらいだったので、それを若いと評する年齢なのか? などと素朴な疑問を抱いたものだ。

 うん、女性の年齢は絶対不可侵。
 足を踏み入れるのは、魔界に装備なしで旅立つのと同じ。
 見ざる、聞かざる、が一番だ。

 それにしても。
 どんな顔をしているのか、まったくわからない。
 もちろん名前と声はわかるけれど、面接日にも椿さんは着ぐるみパジャマだった。
 記憶をたどって、少し遠い目になってしまう。
 あの日はお猿だった。
 面接なのに驚きすぎて、何を答えたのか記憶にない。

「あの、セバスチャンって呼んでもいいかなぁ?」
 俺の沈黙に聞こえなかったと勘違いしたのか、二度目の質問が飛んできた。
 うん、そう呼びたくなる理由はなんとなく想像がつく。
 この喫茶店の制服だと渡された服が、執事の雰囲気を漂わせているから。

 上着は非着用で白いシャツの袖をバンドで上げ、チョコブラウンのカフェエプロンを着用したので、完璧な執事スタイルになりきっていない。
 当然ながら、カフェの店員だって一目でわかると思う。
 品もあるし、色合いと雰囲気で趣味はいいと思うけれど、その呼び名がついてくるとは想定外だった。
 いや、あの面接日を想うと、想定していなかった俺が甘いのか。

「執事さん風の名前って、やっぱりセバスチャンだと思うの」
 遊びがあると楽しくっていいよね、なんて嬉しそうに付け足された。
 うん、やっぱり。その程度の理由なんだろうな。
 もちろん、答えは一つ。問題は伝え方だろう。
 幸いにもトントン拍子で採用された喫茶店の厨房に入るなり、なんて試練だ。

「手袋をはめないので、その名前は似合わないと苦情が来るよ、きっと」
 ハウッと椿さんは妙な息の飲み方をした。
 そこまで驚く必要はないと思うのだが。
「なるほど! そこまで思い至らなかったです~さすがなのです!」
 何やら感動されてしまった。

 両手を堅く組んで、サングラスで隠れているけどウルウルと熱っぽい瞳で、見つめられているのがわかる。
 ああ、これは先手を打たなくてはいけない。
 幼馴染の姉に、このノリに似た人物がいるのでわかる。
 更なる妙な呼び名をつけられる予感がした。
「既にある本当の名前で呼んでもらいたいんですけど」

「ムリです!」
 即答されてしまった。
 即刻クビという失業に怯える、精一杯の俺の勇気をなんだと思ってるんだ。

「萌えとかわいいに満ちたお店にしたいもの。卯月さんは萌えない名前だから無理」
 萌えない名前……萌えない名前って。
 卯月一郎はダメなのか?
 やっぱり一郎が問題か? 有名な野球選手と一緒なのに。
 何気にショックを受けてしまった。

「せめて隼人君とか蓮君とか翔君とか聡一郎さんならよかったのに~卯月はまぁまぁなんだけど」
 まぁまぁ……まぁまぁって評価で終わるとは。
 ほっといてくれ。

 いや、萌えない名前でよかったのか?
 悶々と悩む俺の前で、椿さんはいくつかの萌える名前候補をあげていく。
 よくそこまで想像力が働くな、という名前のオンパレードだが少々変わっているのでうなずく気にもならない。

 だいたい、俺と同じ日にやってきたグレーの毛並みのうさぎを一目見て「銀シャリにする!」と叫んだぐらいだ。
 銀シャリはあんまりだと口を挟むと、渋々ながら「ごはん」に名前を変えたけど、大差はない。
 ウサギに炊きあがったホカホカご飯を重ね合わせるってどうなんだろう?

 他にも、ぶち模様のぽってりしたウサギはほるすたいんだし。
 いや、確かに似ていた。似てはいるんだけどさ。
 ウサギにほるすたいんはよくないと思うんだよな、やっぱり。
 だいたい、ごはんやほるすたいんって、萌える名前じゃないだろうに。
 そこら辺は感覚の差なので、きっと妥協しないだろうから黙っておくけど。

 椿さんはあきらめず、萌える名前に頭を悩ませている。
 なぜ、新たな名前をつけようとするんだろう?
 ウサギと同じノリで、俺を扱うのはやめてくれ。
 嫌だ、とすべてに答えるのもさすがに面倒になってきた。
 喫茶店やバーなどで厨房やフロアに出ても、恥かしくない萌え要素のある名前。

 ああ、そうだ。
 その難題に叶う答えを、俺はやっと見つけだした。
 もちろんシェフなんて高尚な呼び名ではない。

「椿さん、マスターで妥協してください」
 それなら、俺だって我慢できる。
「ま、マスター……マスターはいいかも」
 目に見えてうっとりした口調に変わった。

 よし、いいぞ。お気に召したらしい。
 マスクで表情は見えないけどな。

 マスターで決定!
 これで俺の未来も安泰だ。

 多分、だけどな。


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