短編集 恋の卵

風花 1

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 毎朝、私は家の近くの神社にお参りをしています。
 下駄がカラコロと堅い音を立てるので、できるだけひそやかに足を運びました。
 境内に続く長い石段を登りきると、スウッと目の前を風花が流れていきます。
 それは今年初めての冬の到来を知らせる空からの便りだと、思わず目を細めてしまいました。

 どうりで寒いはずです。
 手の甲に落ちた氷の結晶は、ふっと溶けて肌に浮かぶ小さな水滴に変わりました。
 いくつもいくつも手のひらでうけては、小さな滴と消えるのを久しぶりだと目で楽しむのです。
 私と同じ名前を持つ儚いけれど美しいその白さを見ていると、思わず微笑みがこぼれてしまうのはなぜでしょう?

 凍えそうな指先を思わず息を吹きかけて温めていたら、その白さのようにすぐには消えない面影がフワリと浮かび、胸の奥が締め付けられてしまいました。
 幾歳すぎても想いは薄らぐことも消えることもなく、むしろ残滓のように私の脳裏を鮮やかな白銀に染め上げてしまうのです。

 神社への参拝が日課になったのは、もうずいぶん幼い頃でした
 はじめは母に連れられて、いつしか自分一人で参るようになっていました。
 けれど、確かな願い事はないのです。
「そんなのありがとうでいいじゃないか、アレコレ欲張ると神様も困るに違いないよ」
 そんなふうに笑った母の無邪気な言葉を、なるほどと子供心に思ったせいかもしれません。
 確かにとりたてて豊かではないけれど、暮らしに困るほど貧しくもない。
 小さな小間物屋を営む両親と、毎日つつましく生きていければ、それでよいのです。
 毎日の穏やかな生活を感謝する事が、最もふさわしいに違いありません。
 大きな願いなど私には不似合いで、家族の健康とこの暮らしへの感謝を奉じるためだけに参り続けているのでしょう。

 そう。大きな願いなど、私には不似合いのはずなのに。
 指先を温めるはずの吐息は、知らずため息に変わっていました。
 これで三度目の冬です。
 あの人とこの神社で別れの言葉を交わしてから、三度目の冬が訪れるのです。

 名前も知らないお武家さまのことを、あの人と呼ぶのは不遜かもしれません。
 それでも思い出すたびに、胸の奥が妙にざわめきます。
 どうしてこれほど心が揺れるのか、私自身にもわからないのです。
 言葉を交わしたことは、ほんの二度だけなのに。
 それとも、二度も言葉を交わしたと、喜ぶべきなのでしょうか?

 初めて会った日のことは、覚えておりません。
 ただ、一人で神社に参るようになってからなので、それなりに大きくなってからのことです。
 毎朝、すれ違うお武家さまと会釈を交わすうちに、いつしか顔なじみになっていました。
 もちろん他にもお参りする人はおりましたが、お武家さまはとても珍しいうえに、私のように若い者も少ないので目立ったのです。
 長い石段なのに息も切らさず、いつもスイスイと軽やかに上っていくあの人の姿を、私と同じ年ごろの人のようだと、 そっと見送るだけでした。

 身分も違いましたし、ただすれ違うだけで、本来は特別な関わりなどないはずでした。
 それでも、シンシンと降りしきる白い結晶が石段を染め上げる中で、鼻緒の切れて難儀していた私のために立ち止まってくれたのです。
 自分でできますから、と申し訳なくて私は辞退したのですが、さほど手のかかることではありませんから、と鼻緒をすげ変えてくれました。
 寒い日のことでしたし、かじかむ指先ではうまくすげることができずにいましたから、本当にありがたいことでした。
 他に話したことと言えば、今年の冬は格別に寒いとか、都では戦が起こりそうだがこの辺りに影響はないでしょうとか、その程度の世間話でした。
 たったそれだけのことですが、私の心にはほのかなぬくもりがともってしまったのです。



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久しぶりの「恋の卵」です。
たぶん、ちょっぴり異世界ではなく、恋の卵でいいと思います。
一応、時代は幕末のつもりです。
でも、あまり時代考証を練らずに書いたので、なんちゃって嘘時代のような気もします。

まぁ、楽しんでもらえたならいいな~☆

小説サイトの企画への参加作品です。
「はつゆき企画」なのに、雪の文字を使ってはいけない!
あまりにドSな企画だったので、Mではないけどなぜか惹かれて、つい参加してしまいました。

間違ってゆき、使ってないよねぇ~と、あとから非常に不安だったりしてw
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