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第三話 わからないことばかり

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 それから毎朝のように勇輝は現れた。
 あいかわらず電車の中は混み合って不快だったけれど、いつのまにか瑞希はそれほどの辛さを感じなくなっていた。
 理由はわかっていた。

 勇輝が現れると密集した人の群れから、うまく切り離されるのだ。
 隣に別の人が陣取っていても、大きな体格が嘘のようにスルリと入ってくる。
 当然のように瑞希の隣で壁になり、人の出入りにも揺らぐことがない。
 勇輝は必ず昇降口寄りに立つから、移動する流れに乗るのも上手にうながしてくれる。
 とても自然なので、不思議と素直に甘えられた。

 それにしても、毎朝、瑞希のいる場所は違うのに、勇輝が現れるのは謎だった。
 こんなに込んだ電車内でどうやって瑞希を見つけるのか聞くと、不思議スポットを探すんだと当たり前の口調で教えてくれた。
 背の高い勇輝には人の頭がよく見えるから、密集している頭のポコンと落ち込んだ空間を目指せば、たいていの場合そこに瑞希がいると笑った。
「あるはずの頭がないんだから、瑞希さんのいる場所は不思議スポットだろ?」
 ようは人一倍チビだから探せるらしい。
 なんだか喜べない理由だと思ったけれど、満員電車の中では勇輝の存在に助けられていたので、不満を飲み込んで無言で答えた。

 ガタゴトと揺れるたびに電車に振り回される瑞希がよろめいて、ドン、とぶつかっても勇輝はゆらがないし、それどころか「大丈夫か?」などと優しい言葉をかけてくれた。
 こんなふうに心の余裕を持った状態で、通勤電車に乗れるのは本当にありがたい。
 朝の通勤時だけしか接点がなくても級友だった安心感があったし、見知らぬ人からは無意識に身体を遠ざけるので、自然に勇輝に寄り添うことになる。

 それでも異性だと妙に意識しなくてすんだのは、カラリとした勇輝の気質のおかげだった。
 二十歳で煙草は卒業したとか、普通なら躊躇することも平気で口にする。
 言葉に嘘もないし、ずっとタメ口で、ズケズケ話すからかもしれない。

「だからね、瑞希さん。俺だって好きで今も学生やってる訳じゃないんだって」
 今もそんなふうに、隣で不満をもらしていた。
 頭の上から降ってくる愚痴に、ハイハイとうなずいてやる。
「別に、一年ぐらい予備校に通ってもいいじゃない。それに、大学もちゃんと卒業できそうなんでしょ?」
「いや、だからさ~学生だと恰好つかないだろ? 勉強しようと思ったのが、人より遅かったんだよ。ちゃんと社会人やってる瑞希さんには、わかんないかもしれないけどな」

 現在、大学四年生なのが非常に不本意らしい。
 学生のどこが格好悪いのか、瑞希にはまったくわからない。
 何やら不服そうに必死で言い訳するのがおかしくて、責める台詞など言っていないのでとにかく笑うしかない。
「そのぶん、私よりいろんな場所でたくさん勉強できるんだから、うらやましいわよ」
 就職したら好きなことにさける時間も限られてしまい、最近では読書もおざなりだった。
 そんなふうにクスクスと瑞希が笑っていたら、チッと勇輝は舌打ちをする。
「わかってねぇな~相変わらず」

 こんな時、いつも「わかってない」を勇輝は連発する。
 瑞希はどうして「わかってない」が出てくるのか理解できなくて、眉根を寄せた。
 でもそこで「なにを?」と聞き返しても返事はいつも「少しはわかれ」で終わってしまう。
 何を分かればいいか理解できないから質問しているので、この先は平行線だ。

「ああ、もう!」
 吊革を持ったのと反対の手で、勇輝は頭をガリガリとかいている。
 何かを言いよどんで焦っている様子なので「どうしたの?」とその顔を見上げたら、見るな、と言って頭を押さえつけられた。

「瑞希さん、絶対に年齢と同じだけ、彼氏いないだろ?」
 突然そんなことを言われて、は? と瑞希はつい訊き返してしまった。
 確かにそうだけどそれまでの大学の話からはまるでかけ離れていたので、瑞希には脈絡があるとは思えなかった。
 ほっといてとはじきかけて、なぜか言いよどんでしまう。
 なんだか、いつもと違う空気を感じていた。
 彼氏のように恋愛に関する、そういったニュアンスが出たのは初めてのことだ。
 予想外の言葉にうろたえて、何をどう返せばわからなくなった。
 せめて顔を見上げようとしたけれど、大きな手が頭の上にあるので一寸も動かせず、勇輝がどんな表情をしているのかまるで分らなかった。

 ちょっと、と文句を言いかけたところで、昇降口に向かって押された。
 瑞希が降りる駅に到着したのだとは理解はしたけれど、降りるのを躊躇してしまう。
 振り返ろうとしたのに、それより先に「また明日」と勇輝の声が鼓膜を打った。
 本当は立ち止まりたかったのに、小柄な瑞希は人の流れに押しこまれるとそれに従うしかなく、そのまま電車を降りる。

 いつになく気持ちの座りが悪かった。
 心のモヤモヤを残したまま、いつもの自動販売機の横に立って、勇輝の乗った電車を見送った。
 どういうことなんだろう?
 どこか不完全燃焼で、会話が足りなかった。
 よく考えたら勇輝とは通勤電車の中で顔を合わせるだけなので、携帯も自宅の連絡先も、まるでわからない。知っているのは、使用している駅と通っている大学ぐらいだ。
 まともに顔をつきあわせて話したいと、瑞希は初めて強く思った。

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