短編集 恋の卵

金魚姫 3

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 確か、あの時の僕は。
「絵を描くなら、色はこのぐらいで足りるんだ」
 絵の具を八重の手に握らせたはずだ。

 赤・青・黄。
 色の三原色。

 驚きすぎたのか、八重の涙は一瞬で引っ込んだ。
「これだけ?」
「十分だろ?」
 びっくりした顔が、本当にかわいかった。
「色って作れるんだよ」

 ずっと家にいる八重より年上で、物心がつく前から保育園に通っていた僕は、先生に聞いて色の作り方を知っていた。
 混ぜたら変わっていく色が面白くて、お絵かきの勉強の時にたくさんの色を作った。
 絵を描くよりも、表情を変えていく色調に魅せられて、他の子の欲しがる色まで作ったから正しい色の作り方も感覚で覚えていた。
 もっとも絵はほとんど描かず色に夢中だったから、やりすぎて怒られたけど。

 色を作る。
 八重にはなかった発想らしく、それってすごい、となんだか頬を紅潮させていた。
 だから、ねぇねぇとおねだりされるまま、僕は拾ったパレットに絵の具を出して色の作り方を教えてあげる。

「本当は黒と白も、赤・青・黄で作れるはずなんだけどなぁ」
 絵の具じゃ綺麗な発色にならないのが悔しい。
 白は無事だったけど、黒は真っ黒な穴みたいに地面に暗く広がっている。
 混ぜた色は本物の黒にならないとぼやく僕に、涙を引っ込めた八重はクスクスと笑った。
 軽い笑い声に八重がワクワクしているのがわかって、僕まで嬉しくなっていた。

「ねぇ、あの色はどうやって作るの?」
 気持ちを変えるように、八重が次々に指差していく。
 近かったり遠かったりする視線と指先を追って、僕は筆をとりパレットの上にその色を作っていった。

 森の緑は青と黄色。
 スミレは赤と青。
 ガーベラは黄色と赤。

 混ぜ合わせることで、あっというまに生まれる別の色彩。
 草の色、ひなたの色、花の色。
 僕は絵を描くそのものは下手くそだったから、色を含ませた筆を八重に渡す。
 八重は丁寧な仕草で、その色を画用紙の上に載せていく。

「翔ちゃんは色の魔法使いみたいだね」

 心底感動している八重の感嘆に、僕は苦笑するしかなかった。
「魔法使いは八重だよ。八重の絵は本物より綺麗だもん」
 僕は色を作っても、それを活かすことはできない。
 画用紙に僕が筆を運んでも、のっぺりとした色の落書きができるばかりだ。

 それに比べて、八重の描く絵と言ったら。
 綺麗な色。鮮やかな色。命の色の連鎖。
 光が、風が、地面が息をするように、ちゃんと生きている。
 画用紙一面に広がる世界はとても綺麗で、既に子供の絵の域を越えていた。
 本当に八重は魔法使いみたいだ。

「ねぇ、翔ちゃんの色は?」
 不意に問いかけられて、僕は即答する。
「空の青だよ。僕の好きな色」
 今も着ている服の色でもある。
 ピッタリ、と八重は手を叩いて喜んだ。

「それなら、あたしの色は?」
 ちょっと考えたけど、すぐに思いついた。
「八重は金魚色」

 八重は驚いたように、目を大きく見開いた。
「金魚色……?」
 何度もまばたきして、何か言おうとして結局言葉にならなくて。
 口をパクパクさせながら、真っ赤になっている。

 ほら。やっぱり、八重はかわいい金魚だ。
 ヒラヒラしたワンピースが夕日に染まって、小さなお姫様みたいに見える。
 喋るのが苦手で、僕にしか懐かない金魚のお姫様。
 それは確か、春の日の出来事。


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