短編集 恋の卵

世界を変える魔法をかけよう 後編

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 教科書を開く私に、幸介君はハッとしたようにカバンの中を漁り始めた。
 机に並べられる、スナック類やおもちゃに、私はあきれるしかない。
 どうして学生カバンの中に詰まっているのが、教科書じゃないんだろう?
 中身を出す、というよりは、捜索しているような雑然さもすごい。
 そんな中から、ようやく探し物を発見したらしい。
 救出、という単語が私の脳裏に浮かんだ。
 幸介君は嬉しそうに、パステル色のかわいい包みを取り出した。

「今日のお礼」
 まだ勉強を始めてもないのに、幸介君はそれを私に差し出した。
 どこからどう見てもプレゼントに見える淡いやわらかな色彩の包みに、私は戸惑うしかない。
 開けて開けて! などとやたら盛り上がっているので、仕方なく開封する。

 ピンク色のクリスタルのクマがついた、シャープペンシル。
 甘すぎないデザインだけど、かわいい、と率直に思った。

「それ、俺に似てない? そんで、こっちは深雪ちゃんにそっくりでしょ?」
 ブルーのクマが、幸介君の手の中でキラリと光った。
 そっくりって……シャープペンシルにくっついているマスコットが?

「ブルーが私で、ピンクが幸介君?」
「そう、ピッタリだろ?」
「ぴったり?」

 その感性は、ちっとも理解できないけど。
 確かに、私はピンクじゃない。

「どっちでもいいから、勉強しましょう」
 うながすと、アハハッと幸介君は笑った。
「どうでもいいって、深雪ちゃんらしいなぁ」
 ちょっとはわかってよ、なんて肩をすくめる。

「仕方ないなぁ、魔法をかけちゃおうか」
 そんな言葉と共に、ブルーのクマが私の目の前にきた。
 透明な青が太陽に透けて、キラリと光る。

「オープン・セサミ~!」

 へたくそな発音。
 幸介君は私の顔の前で、クルクルとシャープペンシルを回す。

 あまりに突然だったから、私は驚いて固まるしかない。
 パチパチとまばたきを繰り返す私の表情に、ニヤッと幸介君は笑った。

「なに?」

「魔法の呪文。知らないの?」
「アリババは知ってるわ。だけど、今はこっちに集中してほしいんだけど」
 さっきから、ちっとも教科書に戻れない。
 このままでは目的の勉強に入れないまま、今日の放課後が終わってしまう。

「そう? 世界を変える魔法なんだよ? 案外、知識の扉も開くかも」
「まちがってるわ。物語で扉は開いたけど、その呪文で世界は変わらない」

 物語の中で、宝物のつまった洞窟の扉は開いた。
 確かに面白い物語だったけれど、数学にはまるで関係がない。
 さすがに困惑する私の前で、幸介君は実に無邪気にシャープペンシルを手の中でもてあそんでいた。

「深雪ちゃん、間違ってる。扉が開けば、世界も変わるんだよ。だから扉を開く呪文は、世界を変える魔法なんだ」

「バカなこと言ってないで……」
 私の言葉を遮るように、再び目の前にクマがやってくる。
 クルクルと、キラキラと、光の中で忙しくきらめく。
 まぶしい。幸介君もクリスタルのクマも、まぶしすぎる。

「開け~ごま!」
 私は、ただ忙しくまばたきすることしかできない。
 言い方を変えたって、私の戸惑いは消えたりしない。

「やっぱり日本語の方がわかりやすいでしょ?」

「いつまで続ける気?」
 いつまでたっても勉強に入れないから、いい加減にしてほしい。
 言葉に出さず、態度で示したけど。
 そのぐらいで幸介はめげなかった。

「深雪ちゃんが笑うまで、何度でも! ついでに、俺のことも好きになってよ」

 ついでに?
 今、ついでにってものすごいことを言われた気がする。

 呆然とする私を置き去りにしたまま、幸介君の明るい「開けごま!」が繰り返される。
 ほら、笑って~なんてはじけるように笑いながら。

 幸介君の手が伸びて、彼の手の中にあるブルーのクマが、私の持つピンクのクマに近づく。
「ほら、開け~ごま!」

 ごま! の部分で、コツン、と触れあうクリスタルのクマ。
 今、クマ同士で触れたのは……頭がクラクラする。
 似てる、なんて聞いてしまったせいだ。
 ただ、マスコットのクマが触れあっただけなのに。
 このクマは、本当に私たちに似てるんだろうか?

「深雪ちゃんの世界を変える、魔法をかけよう」
 
 そんな冗談とも戯言ともつかない、いたずらな台詞が頭の中を駆けめぐる。
 ありふれた、開けごまという呪文が、本当に魔法に変わっていく。
 クルクルと目の前で回されるシャープペンシル。
 キラキラと光を放つような幸介君の笑顔。

 まぶしすぎて、私には返す言葉がない。

 だけど。
 確かに、私は笑った。

 もちろん、苦笑なのか微笑なのかわからない。
 言葉には出してあげないけれど。
 態度にも出してあげないけれど。
 幸介君は特別な存在になっていく。

 太陽の光を浴びて、輝くクリスタルのクマ。
 コツンと触れあった部分ではじけた、虹色のきらめきの中で。

 私の世界は、確かに変わっていた。


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