短編集 恋の卵

大好きなあなたにキスを贈る (テーマ:幸せ)

 ←第86話 大したものだと言いたくなる 2 →第87話 大したものだと言いたくなる 3
 時計を見る。
 時間が、今日から明日へと切り替わるまで、あと五分。
 アナログのチクタクと刻む規則正しい秒針が、よけいに今の静寂を浮き上がらせる。
 私は、ため息をついた。

 テーブルの上には、冷めた夕食。
 ちょっとだけ奮発したワインやケーキも、こうなってくるとむなしい。
 毎度毎度のことだけど、訪ねてこれなくなったなら、電話の一本でもよこせばいいのに。
 仕事が忙しいのはわかるけどね。
 週のど真ん中だってわかっているのに、うちに来てねって強引に誘ったのも私だけど。
 土曜じゃダメか? なんて受話器越しに聞こえたため息は、やっぱり寂しかった。

 寂しいって言ったら、いまさらなんで? なんて笑われるかもしれない。

 お互いが存在する事に、慣れてしまった。
 慣れてしまって、小さな連絡を怠ることが寂しいなんて、きっとわかってもらえない。
 きっと、今日が誕生日だってことすら、拓斗は忘れているのだ。
 付き合ってそろそろ四年にもなると、お互いに話さなくてもわかるだろうと、妙な甘えが出てくるみたい。

 お互いの部屋の鍵を交換もしている。
 お互いの部屋に着替えも置いている。
 お互いの部屋に、お互いの匂いが染みついている。

 でも、ずっと一緒にいる訳じゃない。
 恋人どうしだからって、ずっと胸をときめかせてる訳じゃない。
 時間と共になんとなく肌になじんで、一緒にいる時間が落ち着いてくる。
 それが嬉しくて、寂しい。

 こういうのを、マンネリって呼ぶのかな?

 ツン、と鼻の奥まで、胸と一緒に痛くなってしまう。
 二つ目のため息を落としたとき、玄関で鍵の開く音がした。
 チャイムも何もなくそのまま入ってきたのは、スーツ姿のままの拓斗だった。
 私を見て、なんだかギョッとしたように立ち止まる。
「どうした? なんかあったのか?」

 え? とビックリしていたら、ツカツカっと歩み寄ってきた拓斗は、大きな手で私の頬に触れた。指先をゆっくり動かして、心配そうな顔で見つめてくるから、私はまばたきもできなかった。
「悪い、遅くなって。そんな、切羽詰まってるとは思わなかったから」

「切羽詰まってる?」
 意外な言葉に私がキョトンとすると、あれ? といった感じで、拓斗は首をかしげた。
「なんか、相談したいことがあったんじゃないのか?」
 そんな台詞が出てくる理由に心当たりがなくて、私も首を傾げるしかない。

「どうして?」
「泣いてる」

 スパッと即答されて、私自身が驚いた。
 いつの間に、泣いていたんだろう?
 ちっともわからなかった。
 どうしてだろう?
 戸惑うばかりの私に、拓斗は肩をすくめた。

 拓斗の視線がテーブルの上にある冷めた夕食に向いて、すぐに私に戻ってきた。
 痛みをこらえているような表情になっていた。

「悪い」
「謝らないで」

 そうだよね、見ればわかるよね。
 いくらなんでも、自分の誕生日だって思い出す。
 もう、昨日になってしまったけれど、おめでとうって言うつもりだったのに。

 どうしてだろう?
 たったそれだけのことが、うまくいかなかった。
 そんなつらい顔をさせるつもりなんて、まったくなかったのに。

「ほら、こんな遅くまでの仕事は大変だったでしょう? 何か食べる? それとも、早めに休む?」
 できるだけ明るい調子で言って立ちあがろうとしたら、拓斗に腕を引かれた。
 力が強いからその腕の中に倒れ込むしかなくて、フワリと暖かさに包まれると同時に、ポンポンと軽く頭を叩かれた。

「我が儘一つ、言わせてやれなくて、ごめんな」

 うん、とも、ううん、とも言えなくて。
 私はそっとその胸に顔をうずめる。
 
「最近、こんなのばっかだな」

 ため息交じりの台詞に、なんだか胸が震えた。
 拓斗の中にも、当たり前のことすらなぜかうまくいかないことに、もどかしいような痛みがあるのかもしれない。

「ホントに、幸せってなんだろうな?」

 ため息交じりの言葉にも、さぁ、と私は首を傾げるしかない。
 だって、拓斗の幸せと私の幸せって、まったく違う。
 そもそも、幸せって形すらないものだから、よくわからないし。

 でも、それでいいと思う。
 わからないことだから、一緒に探せばいいやって思えるし。
 何もかもわかってしまったら、きっと一緒にいることなんてできない。

 なによりも忙しい中、こうして会いにきてくれたことが嬉しい。
 様子が違うって気付いてくれることも、そっと気遣ってくれることも、全部が嬉しい。
 なんて言うのは恥かしい気がするから、その気持ちだけでも伝えたくて一生懸命に考える。

「本当の幸せは、あなたが知っているはずよ」

 私の精一杯の言葉だったのに、拓斗は思い切りあきれた顔になる。

「バ~カ、知ってたら、なんだろうな? なんて聞くかよ」
「私が幸せだって思ってる時の顔は、拓斗しか知らないもの。だから、それでいいの」

 そう。
 私のいつもと違う様子に、当たり前に気がついてくれる。
 すれちがうこともあるけど、でも、必要な時にはちゃんと側にいる。
 言葉が必要ないぐらい、愛しい時間をくれる人。
 世界で一番、大切な人。

「なんだよ、それは。訳がわかんないや」
 あきれたように拓斗は笑いだして、私もつられて笑ってしまう。
 子供みたいに二人して笑っていたけど、どちらからともなく唇を寄せる。

 そして。
 大好きなあなたにキスを贈る。 

 ほんの少しだけの沈黙の後。
 明るい笑い声の重なる時間が訪れる。
 これは、幸せと呼んでも、間違いないと思う。

 大丈夫。
 時々は不安になるけど、きっと、私たちは大丈夫。
 今の私は、幸せな顔をしている。
 そう思った。


にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ


関連記事
スポンサーサイト
もくじ  3kaku_s_L.png 短編集 恋の卵
もくじ  3kaku_s_L.png Making Twilight
もくじ  3kaku_s_L.png 詩集 kurayami
総もくじ  3kaku_s_L.png 交換詩・贈答物語 七色の海
もくじ  3kaku_s_L.png 潮騒の詩
総もくじ  3kaku_s_L.png 英雄のしつけかた
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編集 ちょっぴり異世界
総もくじ  3kaku_s_L.png ミルキィ☆ロール
総もくじ  3kaku_s_L.png 喫茶ペロリストシリーズ
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【第86話 大したものだと言いたくなる 2】へ
  • 【第87話 大したものだと言いたくなる 3】へ

~ Comment ~

NoTitle 

(´ノω;`) グシュッ

朝から泣かすんじゃないわょ~ (*ノД`) *:・゚

ん。 嬉しくて寂しい。

けど、寂しいをくれる人も
彼だけなんだよな。 (笑)

Re: NoTitle 

な、泣かないで~タイトルのラブラブ感と中身との差がありすぎかしら(;一_一)

そうなんだよね~嬉しくて寂しいのだ。
嬉しいをくれる人ほど、寂しいも大きくなたりして(笑)

ちょっぴり幸せに行き詰っている私です(^_^;) ←大げさw
管理者のみ表示。 | 現在非公開コメン卜投稿不可です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第86話 大したものだと言いたくなる 2】へ
  • 【第87話 大したものだと言いたくなる 3】へ