「英雄のしつけかた」
第二章 英雄と呼ばれる男 

第39話 突然すぎて 2

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 あまりに唐突だったので、ミレーヌは眼をパチクリした。
 ドレスからどうして夕食へと話がそれるのか、ガラルドの思考は実に謎だ。
「チキンですわよ」
 チキンか、とガラルドは視線を遠くに向けた。

「なら、オレンジでも採りに行くか」
「オレンジ?」
「この前の炭火で焼いたのはうまかった」
 なんでもない事のように褒めるので、オレンジソースをかけたあれのことだとミレーヌはようやく理解した。
 買いに行くならわかるけれど、採りに行く意味は今ひとつ理解に苦しむけれど。

 オレンジの産地は南のスカルロードか西のサラディンの南部と、かなり限られている。
 この東の国の気候には合わず自生樹はおろか温室栽培もできないので、オレンジは輸入品に頼るしかないのだ。

「ああ、オレンジだ。ちょっと待っていろ」
 言うなり、パッとガラルドの姿が消えた。
 え? と思っていたらミレーヌからかなり離れた大通りの角で、ギャッとかヒッとか悲鳴が上がった。

 そちらに目をやると抱えていた子供を母親らしき女に渡して、ガラルドは警笛を吹いていた。
 足元には三人ばかり男が倒れている。
 呻いているしガラが悪そうなので、スリとかひったくりとか強盗とか、あんがい子供がさらわれそうだったのかもしれない。

 まぁ! と思わずミレーヌは口元を押さえた。
 こんなに離れた場所でも発見して、悪漢を取り押さえるなんてさすがだわ。
 その気になればなんてすごいのかしらと、ミレーヌは感動してしまう。

 人の輪ができたのをかきわけて騎士団がやって来ると、ガラルドは引き渡すために何やら話をしている。
 近寄りがたいほど神々しい姿に見えた。
 こうして第三者の目で見れば偉丈夫なのにと、ミレーヌはためいきをついた。

 どうして日常が残念なのかしら?

 細かい指示をしてガラルドが歩きかけたところで倒れていた一人が起きあがり、近くにいた人の群れへと突っ込もうとした。
 振り回す短刀をガラルドが手で直接つかんだのが見え、ミレーヌは思わず口を押さえた。

 ガラルドがビシッと人差し指でおでこのあたりをはじいただけで、男の身体が壁へと吹き飛ばされると音を立てて激突した。
 ズルズルと壁を伝い地面に伸びた身体を見もせずに、奪った短刀を何気ない調子でさやに戻すと、驚きで動くことを忘れた騎士に渡す。

「後は任せた」
 そう残して、ズンズン歩きだす。
 それだけで囲んでいた人の群れが割れて、ガラルドのために道を開けた。
 そこにいる人の眼差しはガラルドを捕えて離さなかったが、誰もが無言だった。

 ガラルドは何もなかったように帰ってきた。
「待たせたな、行くぞ」
 あたりまえに言うので、ミレーヌはその後について歩いた。

 だけど、キュッと心臓をわしづかみにされたように痛みはじめる。
 すごいという声だけならいい。
 恐ろしいとか凄まじいと怯えの声が、背中を追いかけてきた。

 確かに、すごいのは認める。
 ガラルドは指一本しか動かしていない。
 でも、だからといって。

 路地の陰に入ってガラルドが立ち止まり、振り向いてちょっと首をかしげた。
 ミレーヌが唇をかみしめている。
 なぜだか、泣くのを必死でこらえているようにしか見えない。

「なんだ、人並みに俺が怖くなったか? 普通の女みたいな顔をしているぞ」
 ハハハッと明るく笑われて、ミレーヌはカッとした。

 わたくしはアライグマではなくて、もともと普通の女ですのに!
 本当に腹が立つといったら。
「ふざけないで!」

 手を振り上げると、ガラルドの頬を勢いよくバシッとはりとばす。
「なぜ刃を手でつかむんですの! 危ないじゃないですか!」
 見せてくださいとガラルドの右手を見て、皮の手袋にも傷一つない事にホッと息を吐いた。

 よかったと安心した顔に、このぐらいで俺がケガなどするかと、ガラルドは抗議する。
「心配しているなら、なんで叩くんだ?」
 いつもいつも手が早すぎると怒っている。

「このぐらいよけてください!」
 負けずにミレーヌも言い返した。

 ムウッとガラルドはうなった。
 よけれるものならとっくによけているのだが、どうしてかミレーヌの攻撃は身体が吸い寄せられてしまうのだ。
 だから、少々痛い。
 理由がわからないから、反論もできない。

 あっさり思考を切り替える。
 ケンカなどしても、つまらない気がした。
 そのあたりの切り替えの早さも、やっぱり英雄らしいガラルドだった。

「とりあえず行くか」
 言うや否や説明も何もなくミレーヌを抱えて、ガラルドはポンと跳んだ。
 キャ~ッと大きな声が屋根の上から響いた。

 通りを歩いていた人々が視線を上げたが、その時には青い空が広がるだけだった。


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