Making Twilight

そして魔女は旅に出る 1

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 小さな国の小さな村。
 ありふれたその場所で少女は生まれた。
 大切に育ててもらったし周りの者は気にしていなかったけれど、自分が周囲となにか違っていると少女は気がついていた。
 違和感の正体がもって生まれた魔力だと気がつくのも早かった。目立つことに抵抗はないけれど、思うがままに魔力を振るう訳にはいかないと、なんとなくだが知っていた。
 それに、ありふれた日常に魔力なんて役立つ機会が少ない。
 強い力は使い方を謝ると凶器になる。
 とても愛されて育ったけれど、受ける愛情はそのままやわらかな枷になった。
 大切な人たちを傷つけないよう、なんとなくの我慢が重なるうちに、少女は見知らぬ外の世界に憧れをもつようになった。

 ある日、少女は一人で旅に出た。
 見るもの聞くもの、すべてが珍しい。
 少女の歩む道の先はいつも希望に満ちていた。
 冒険を仕事と呼ぶのは物騒かもしれないけれど、未知の世界に踏む込んでいく瞬間の胸の高鳴りが好きだった。

 旅は道連れ、世は情け。
 そんな言葉を知ったのは、冒険を始めて間もないころ。
 一人の旅も楽しいけれど、他人と仕事をするのも悪くない。
 むしろ仲間を得れば、ただの旅から大きな冒険へと変わっていく。
 たくさんの冒険を経て、気の合う連中がいつしか少女の仲間になった。
 道連れは増えたり減ったりしたけれど、友であり相棒であり仲間である存在ができるのは心強かった。
 問題があるとすれば、仲間になった連中が普通ではなかったことぐらいだろう。

 カラカラ笑う大男はずば抜けて強い剣士で、気がつくと勇者と呼ばれていた。
 光の加護と神の恩恵を受ける物静かな治療師は、行く先々で聖女とあがめられた。
 あふれるほどの大地の加護と魔力を持っていた少女も、大人になるころには偉大な魔女と呼ばれていた。
 ただの旅の仲間が勇者御一行の扱いなのだから、まったくもってクソ喰らえである。
 しかし、あまたの魔物をほふっているのは事実だし、他人からの勝手な評価は変えることはできないので苦笑するしかなかった。
 勇者さまとその仲間たちなんて大層なものになるつもりはなかったのに、大きな依頼をこなせばこなすほど名声を得てしまい、立ち寄る先でまるで神や聖者そのもののような歓待を受けるので、どんどんと心の座りは悪くなる。

 それでも旅は楽しかった。
 旅の途中で息絶えるのも悪くないと思っていた。
 不相応な扱いには辟易したものの、流れ続ける身には立ち寄った先の時間など、ほんのいっときのことだ。旅立血さえすれば「旅する魔女」に戻れる。

 だから、長い長い旅を終えたのは、老境に差し掛かってからだった。
 輝かしい勇者御一行も、やたら威風堂々とした老人御一行にしか見えなくなっていた。
 腕や力は衰えていないけれど、立ち寄る先で気づかいと心配を受けるようになってる。
 馴染んだ装具や武器を直せる職人も減っていた。
 ドラゴン退治に出かけアイスブレスを受けた際に、少々関節に痛みを感じたので肉体の変化に気付いた。
 きっちりドラゴンの息の根は止めたものの、そろそろ若者に役割を託す時期が来たと自らの老化を認め、仲間たちと別れることにした。

 笑って手をふり一人に戻った魔女は、小高い丘の上に小さな家を建てた。
 赤い屋根に白い壁。丸みをおびたフォルムの扉や小窓も、少女の夢がそのまま形を得たような愛らしい家だった。
 人里から遠く離れたその丘の周りにあるのは、そよそよと風が過ぎる穏やかな草原と、こんもりと茂る豊かな森だけだった。

 自分だけの静かな空間に、魔女は微笑みを浮かべた。
 これからは家を持つものしかできないことをして、のんびりと暮らすのだ。
 手の込んだ料理をするのもいい。
 揺り椅子で編み物をするのもいい。
 旅を知らない人々と同じ「普通の日常」を繰り返し、日溜まりで伸びをするような穏やかさは、冒険に明け暮れてきた魔女には新鮮だった。

 家の周りを耕して小さな畑を作ると、季節の野菜を育てた。
 森で集めた木苺を煮詰めて作ったジャムの甘さに感動した。
 苗から育て咲かせた薔薇を銀色の髪にさして、年甲斐もないと照れて笑ってみた。
 今まで着ていた旅装束とはまるで違う、すその長いワンピースを普段着にしてクルリと回った。
 冒険でのあふれる蓄えには手をつけず、薬草を集めて薬を作り街で売ったお金で家財道具を少しづつ増やしていった。

 ささやかなことを喜ぶ普通の暮らし。
 三年も経てば慣れてきて、退屈なあくびも増えてきたけれど、魔女は穏やかな心持ちで幸せをかみしめていた。

 ある日のことである。
 元勇者から、大きな箱が届けられた。
 遠い東の果ての国からやってきたワイバーンに乗る配達人が「お届け物です」と庭に置き、そのまま次の配達に飛び去った。
 あっという間に小さくなったワイバーンを見送って、やたら重たい箱に首をかしげる。
 じゃぁねと別れてから、一度も会っていないのだ。
 なんだいこりゃ? と思いながら箱を開けた魔女は、一瞬息をとめた。

 入っていたのは子供だった。
 図太い性格らしく、箱の底でグーグー寝ている。

 そんなことよりも。
 開けたとたんにゴンゴンと燃え盛る炎のように激しいオーラがあふれ出てきたので、その暑苦しすぎる存在感にのけぞり、思わずふたを締め直してしまった。
 魔力を持つ者だけに見えるオーラは、生物そのものの潜在能力に等しい。

 コレは、人が持つ力を遥かに超えている。
 配達便の箱も、よく見れば神殿の紋章入りの特別製だ。

 嫌な予感しかしない。
 しかし送り返そうにも、ワイバーンの配達人の姿はすでに消えている。
 気を取り直して元勇者からの封書を開いた。
 短く「俺には手に負えねぇから頼むわ」と書いてあった。

 は? である。
 人間の身体に、いにしえの幻獣に等しい力。
 幼子であることを踏まえると、理性も知性もこれから得るしかない未熟者で、ハッキリ言って制御のできない危険物だ。
 元勇者に手に負えないような危険物を、何故まわす?
 あの筋肉バカだが豪傑の勇者に無理なら、魔術しか取り柄のない魔女の手に負えるわけがない。
 手紙を握り締めたまま、わなわなと手を震わせる魔女の前で、パカーンと威勢良く箱のふたが開いた。

「お、ババァが偉大な魔女? ヨボヨボじゃねーか!」
 ひょっこり顔を出した少年は一つあくびをすると、のんきな声で挨拶とは言えない挨拶をし、ここどこー? なんて好奇心丸出しで周りを見回している。

 ピシリ、と魔女のこめかみに青筋が浮いた。
 ババァでヨボヨボだと……?
 確かに老女ではあるが、見知らぬ子供にいきなり暴言を吐かれて許せるほど、寛大ではない。
 おもむろに右手をあげ魔法の杖を取り出すと、遠慮なく少年に向かって振りおろした。

 パッコーン!
 良い音があたりに響いたけれど、魔女は目を丸くした。
 その辺の魔犬なら頭蓋ごと粉砕できる一撃を放ったのに、少年は「いて―じゃねーか!」といって怒るだけ。
 こいつは人族かもしれないが、存在そのものがヤバイ。
 思考に落ちた魔女に対して、少年は「ふざけんなよ」とかキャンキャンわめいていたけれど、それどころではなかった。
 オーラの具合からどついても大丈夫なぐらい頑丈だとは予想はしていたけれど、たんこぶぐらいはできると思ったのに。
 本気で殴り倒しても平気だろう。
 というか、本気で殴ったぐらいでは、倒せる気がしない。

 ハッキリ言おう。
 人の手だけで押さえこむのはムリだと魔女の勘が告げていた。
 勇者の体術か、魔術でつくりだしたゴーレム級の力技ならなんとか……?

 そこまで考えて、魔女は「ハ! 冗談じゃないよ」と肩をすくめた。
 魔法も魔術も万能ではないし、しつけや育成は魔力でどうにかできる問題でもない。
 老い先短い老後の楽しみに、子育てを付け加える気はさらさらなかった。
 元勇者が送りつけてきた理由はわかったけれど、そこまで苦労して少年を育てる理由も義理もないのだ。

「帰りな。あたしゃ子供が嫌いなんだ」
 冷たく言い放たれた途端、少年はそれまでの勢いをなくした。
 落ち着かない様子で押し黙り、自信のない表情で視線を忙しくさまよわせ、パクパクと口を動かしながらしばらく言葉をなにか探していたけれど、しょんぼりと箱の底に座り込んだ。
 シクシクと泣いたりしなかったけれど、ポツンと「俺だって、こんな箱が家なんて嫌だ」とつぶやき急速に空気がしぼむ。
「しかたねーだろ、どこに行きゃいいか、わかんねーんだもん。この中にはいってりゃ、きっと幸せになれるからってみんな言うけど、蓋をあけるたびに違う場所で違う人がいて、どうすりゃいいかもわかんねー」

 あんたもどうせ俺をどっかに放り投げるんだろ? と冷めた言葉を聞いて、なんとなく少年の生い立ちを魔女は理解した。
 育てるのにもてあました子供はたらいまわしにされるものだし、元聖女を頼っても神の恩恵を持たないものを手元に置く訳にはいかないだろうし、ガサツな元勇者に子供を育てるなんて気の利いたマネができるはずもない。
 そもそも、帰る場所のある子供が箱詰めされて、魔女の元に送りつけられる訳がないのだ。

 心の深いところが動いたのは、その瞬間だった。
 なにが決め手だったのか、魔女自身にもわからない。
 魔女はガリガリと頭をかき、面倒くさいったらありゃしないと思いながらも、覚悟を決めた。

 しょせん、行き場のないクソガキだ。
 子育てなんてしたこともないし、弟子なんて取ったこともない。
 手を離すにしても、次に送りつけるあてもない。
 いらないと見えない場所に捨てるのは簡単だけれど、それはそれで寝覚めが悪い。
 どうしても手に余ったら元勇者に叩き返せばいいけれど、初めての育成が規格外の危険物ってどういうことだ?
 さらば、ささやかで愛しさを積み重ねる穏やかな日々よ。

 キリリと表情を引き締め「お立ち!」と少年に言い放つ。
 のろのろと顔をあげたものの、すっかり意気消沈して涙にうるんだ瞳を少年が向けてくるので、魔女は「しけたツラだねぇ……」と好戦的に笑った。
 驚きに目を見開く少年の小さな肩を軽く杖で叩くと、涼やかな声で高らかに宣言する。

「あたしを師匠と呼ぶ勇気があるなら、独り立ちできるまで仕込んでやるさ。せいぜい励んどくれ」

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