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短編集 ふんわりと

タンデム・ジャンプ

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「俺と冒険してみない?」
 そんな言葉に誘われて、私は空の上にいた。

 上空四〇〇〇メートル。
 富士山より高い位置なのに、小型飛行機は簡単に舞い上がる。
 見下ろせば足元の遥か下方に豆粒みたいな建物があり、人の存在なんてわからなかった。
 非現実な状況は、感覚を鈍らせるのかもしれない。
 現実の出来事なのに実感が持てなくて、高所恐怖症は発動しなかった。
 ただ、とにかく寒かった。
 気温はマイナス二十度ぐらいになるらしいけれど、それを教えてくれた松浦は沸騰しそうなほど興奮して振りきれている。
 すごいすごいとバカの一つ覚えみたいに同じ言葉を繰り返していた。

 確かに初チャレンジのスカイダイビングは嬉しいけどね。
 松浦みたいに無邪気にはじけるなんてとても無理で、高度四〇〇〇メートルにいても、私の気持ちはグズグズと濁ったままだった。
 快晴の空は、まぶしいぐらいの青なのに。

 そう。悪い夢に変えたい事が起こるから。
 先週、会社が倒産して失業してしまった。
 冗談みたいだけど、本当のことだ。
 予兆も予告もなかったし、本当に突然のことで、私自身もいまだに実感が持てずにいる。

 あの日の朝。
 いつもと同じように出社したら、扉に倒産のお知らせが貼られていたのだ。
 どんなに待っても扉は固く閉じられたままで、悪い冗談みたいな冷たい現実。
 どうしていいかわからなくて、声も出せなかった。
 激しく雨が降りしきる中で、傘に叩きつける雨音だけがうるさい。
 会社の入り口には、私と同じように茫然とした社員たちが立ちつくしていた。
 手にした傘が防いでくれるのは雨だけで、足元から崩れていきそうな不安は防いでくれない。

 今、側にいる昨日までの同僚たちも、明日からは二度と顔を合わせない人になるんだなぁって、ぼんやりと思う。
 うっとうしいほどの書類も、面倒だったコピー取りも、もう二度とやることはないのだ。
 いつまでもここにいても仕方ないのだけど、どうやって動けばいいのかわからなかった。

 どん詰まりの気分を一蹴したのは松浦だ。
 元気の塊みたいな声で「今こそ冒険の時だ!」なんて言いだしたのだ。
 陽気でポジティブな彼は、営業の中でもかなり目立つ存在だった。
「困難に打ち勝つには、冒険に旅立つのが一番なんだよ」
 そんな台詞であまりに自信たっぷりに誘いまくるものだから、落ち込んでいるのがバカバカしくなって全員が正気に戻った。
 そして付き合い切れないとばかりに、三々五々に散ったのだ。

 どんなに泣きわめいても会社が倒産した事実は変えられないから、やるべきことをやらなくては。
 私も失業の現実を胸に歩きだしたのに、なんと私は松浦につかまってしまった。
 足を止めてしまったのは自分のせいだけど、他の人に無視されからってよりにもよってフルネームを大声で連呼するなんてひどい。
 松浦は「同期のよしみで付き合ってくれるよな!」なんてご満悦だったけれど、会社そのものがこの世に存在しないのに、同期ってなんなのさ。

 それにしても……絶句するってこういうことだろう。
 本当の冒険だとは思わなかった。
 気を抜けば身体が震えてしまう。

 どうしてこんなことになったんだろう? って疑問が、グルグルと頭の中で踊って止まらない。
 ううん、どうして断らなかったんだろう? が正しいかも。
 富士山よりも高い空の上なんて、現実が家出したみたいだ。

 現状についていけずため息を吐き出した時。
 ご機嫌な松浦と目が合った。
 はしゃいだ調子のままで、松浦はキュッと親指を立ててきた。

「春奈ちゃん、俺、かっこいい?」
 え? と間抜けな声しか出せなかった。
 唐突すぎて、反応の仕方がわからない。
 私の戸惑いをよそに、松浦は意気揚々としていた。
 ワクワクが止まらないって感じだ。

「ほら吊り橋効果ってあるからさ、どう?」
 ドキドキするでしょって期待に満ちたまなざしに、思わず吹き出してしまった。
 本人はかっこいいつもりだろうけど、変なポーズまで決めてお笑い芸人みたいだ。
「残念でした。ほんと調子がいいんだから」
 チェッと松浦がカラリと青空みたいに笑うから、私もつられて笑い返してしまった。
「ドキドキはしないけど、面白くっていいと思うよ」
 そう言うと、なんだそれ、と松浦ははじけるように笑いだした。
 ひとしきり笑った後、窓の外に目を向ける。

「俺たち、ついてるぜ。最高のお天気だ」
 ついてるなんて思えない現状だけど、そうだね、と私も笑い返した。
 倒産案内を見た日と同じように松浦は笑ってる。
 飛行機に乗るまでは突然の失業に震えていたはずなのに、今はパラシュート一つで飛び出す不安でいっぱいで、だけど笑うことしかできなくて。

 私もあの日と同じように内心では戸惑っているのに、今は不思議な気分だった。
 自分の気持ちを置いてけぼりにしてるわけじゃなないけど、ほんの少しだけへこむのを保留にする感じ。
 不安とワクワクが、どちらにも偏らずねじれたマーブルになる。

 着々とスカイダイビングの準備は進んでいた。
「そろそろ飛びますよ」と見守っていたインストラクターにうながされた。
 ジャンプスーツは着ていたしゴーグルもつけていたけれど、これから空へと飛びだすなんて、やっぱり信じられない。
 スカイダイビングの体験コースは、身一つで参加できる。
 一緒に飛ぶインストラクターもジャンプスーツ類などの機材も、撮影のカメラマンも、すべて含まれているのだ。

 マスターたちは慣れた手つきで自分と初心者である私たちをハーネスでつないでいく。
 私も松浦も今日が人生初チャレンジだから、それぞれタンデムマスターがついていた。
 私のように全くの初心者でもタンデムマスターがパラシュートの操作をしてくれるので、身を任せるだけで空の冒険に飛び出せるなんて、松浦に誘われるまで知らなかった。
 背中に人のぬくもりを感じながら、開け放たれた扉の縁に立つ。

 初めてのタンデムフライト。
 先に松浦の組が飛び出した。
 私も一つ息を吸い込むと、マスターの合図に合わせて空に向かって身を躍らせる。
 そのとたん、圧倒的な落下風が押し寄せてきた。
 ともすればゴーグルごと吹き飛ばされそうになり、強風で息ができない。

 どこまでも落ちるだけのフリーフォール。
 私にあるのは、自分の身体だけだ。

 向かい風に歯を食いしばる。
 風を全身で受け止めながら、インストラクターの動きに添いつつ、姿勢を安定させた。
 バランスをとって見えてきた景色に、さらに息ができなくなる。

 青だった。
 ゴーグル越しでもまぶしいほどの青が、視界のすべてだった。
 右も左も上も下も、空の青! 青! 青!
 圧倒的な青が、私を包み込んでいる。

 ポン! と先に飛んだ松浦のパラシュートが開いた。
 続いて、私のパラシュートも開く。
 ポンっと開いた傘の丸さは、色鮮やかな赤だった。
 グンッと身体が急速に浮き上がる。

 色鮮やかな赤い傘は風に乗り、空をすべるように滑空しながら、空の青に溶けてしまいそうだ。
 風に乗る。
 落ちていくばかりなのに、向かい風が私を受け止めて、地上に運んでくれる。
 傍若無人な風があるから、パラシュートは心地よく空を飛べるのだ。

 松浦の「ブラボー!」の叫び声が途切れない。
 希望に満ちたその声に、いつの間にか私の目に涙がにじんできた。
 きっと今は笑うべき瞬間なのに、感動で涙がこぼれそうになる。
 空があまりに綺麗な青だから、泣きたくて仕方ない。

 松浦がタンデムフライトを選んだ意味が、今ならわかる気がした。
 怖さも不安も何もかも押し寄せてくる風みたいなもので、空に飛び出すのは怖いばかりだったけれど。
 透き通るような青に染まった空も、まぶしいほどの太陽も、色鮮やかなパラシュートの赤も、すべてがキラキラと輝いているもの。
 ほんの少しだけ勇気を出せば、未来も変わるって信じられる。

 だってほら、世界はこんなにも美しい。

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