短編集 ふんわりと

ボタンのこと

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「珍しいボタンが手に入ったんよ、帰ってきんしゃい」
 なまりのある祖母の電話に誘われて、休暇を取った私は新幹線に飛び乗った。

 何年振りだろう?
 父に勘当されて以来の帰省になる。
 行くのは祖母の家だから、実家を素通りにする後ろめたさはあるものの、ケンカ覚悟で乗り込む勇気もない。
 本当なら、こうして帰省することそのものが親不幸かもしれないけれど。
 ファッションデザイナーとして採用された私は次の企画の目玉をと尋ねられた時、幼いころからなじみのある木彫りを思い出した。
 私の故郷は木工の里として有名なのだ。
 冬物の提案に木彫りのボタンは魅力だ。
 職人の手彫り細工なら大きな売りになるだろう。

 だけど祖母の家にたどりつき引き戸を開けたとたん、自分の思い違いに気付いた。
 酒と味噌の美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐってくる。
 ほのかにニンニクの匂いもするから、これは間違いなくボタン違いだ。

「遅かったんね」
 奥から出てきた祖母の手には白菜がある。
「ばあちゃん、ボタンってボタン鍋?」
 夏なのに、と思いながら確認すると、祖母は「他に何があるね?」と笑った。
「氷室開きやったんよ。はよ、手を洗いんしゃい」

 やられた。とはいえ、勘違いしていたからサヨナラって、すぐ帰るわけにはいかない。
 家の奥からは、ばあちゃん以外の声も響いてくるから、柄にもなく緊張しそうだった。
 家族に会うだけなのに、このいたたまれなさはどうしてだろう?

 ため息をつきながら覚悟を決めて中に入ると、母や弟たちがいた。顔を合わせるのも、私がデザイン学校に入学したくて家を飛び出して以来だから、本当に久しぶりだ。
 かける言葉に迷うし、何年ぶりだろう? なんて考える暇もなく、上座に座らされる。

 気まずい。
 私が入ったとたん、黙りこむのはやめてほしい。
 そして父の姿はない。
 ポツンとあいたガランドウみたいな空席が、啖呵を切って飛び出したことを思い出させた。
 当たり前なんだけど、実際目にすると当たり前にするには重くてしかたない。
 にぎやかなのは食卓の真ん中でグツグツと音をたてる土鍋だけだ。

「ちょうど食べ頃やねぇ」
 ソワソワと腰が浮いて逃げたくなったけれど、ちんまりと座った祖母が土鍋の蓋を取る。
「ほらほら、みんな食べんしゃい」
 銘々皿に取り分けて配る祖母があんまり普通だから、フッと肩から力が抜けていく。
「ほんま、ばあちゃんには敵わんなぁ」
 パクリと大きな口を開けて肉をほおばる。
 やわらかい。肉の甘みとともに、ニンニクの利いた味噌の風味が口の中に広がっていく。

「美味しい!」
 思わずこぼれた言葉に、漂っていた気まずい空気が溶けていく。
 うだるような暑さにたまっていた夏の疲れも一緒に薄らいだ。

 ほんまやと笑いあいながら、弟たちは自分の事を話しだした。
 高校生だったはずの弟たちが就職を決めたと報告するので、私だけタイムワープしてしまったみたいな不思議な気分だ。
 そうかそうかと話を聞いて、ほんで姉ちゃんは? と振られ、テヘヘと笑うしかない。

「今回はばあちゃんにしてやられたよ。冬物企画だからボタン鍋は景気付けにちょうどいいけどね」
 木彫りのボタンをポイントにしたコートやポンチョを提案しようと思っていた事を話すと、弟たちは顔を見合わせた。

「それなら、父ちゃんに頼めばいいのに」
 弟が「あの人、職人やん」と簡単に言うので、私は肩をすくめた。
「二度とうちの敷居をまたぐなって湯呑み投げた人やもん。洋装の話はするなって」
 柘植や桜で櫛を作る職人だから、和装にこだわるのもわかるんだけどね。それに地元の公務員として勤めてほしくて、それなりのレールを作っていたのもわかっているけど。
 洋服デザイナーとしての私は、父の思い描いた「理想の娘」ではない。娘とはいえ頼みごとをしないだけの分別は持ち合わせていた。

「父ちゃんとあんたのことはどーでもいいけど、ばあちゃんにしか連絡せんていかんよ」
 急に割り込んできた母が「さみしいわ」と言って、プッとむくれた。
 再び濁りかけた空気がそれで遠くに飛んでしまったけれど、子供みたいな拗ねかたをしている。
 親子の断絶がどうでもいいんか? とあきれたところで、ガラリと玄関の引き戸があく音がする。

 ドスドスと荒い足音が近づいてくる。
 もしかして、と思うよりも早く父が現れた。
 ドカリと空いていた席に座り、目も合わさない。
 だけど、ホレ! とばかりに勢いよく、小箱を私に差し出した。

 父はずっと無言だったけれど、その中身がなにか予感めいたものがあって、私は震える手で受け取った。
 そっと蓋を開けると、やわらかな彫りたての木の匂いがした。
 大小さまざまな花を模した手彫りのボタンが、箱の中であでやかに花開いていた。
 中でも特に見事なのが大きな牡丹の花。
 ああ、やっぱり。なんて流す事も出来ない美しい細工物。

 言葉もなく見入っていたら、横を向いたまま父が言った。
「変な気を回すんじゃねぇ。こんくらいいつでも作っちゃる。お前も職人の一人になるんやけ、半端な仕事をしたらわしが許さんぞ」
 そして思い切ったように顔を上げると、ヒタと私を見すえた。 

「いつでも帰ってこい。お前の部屋はそのままにしとる。待っとるけん」

 父は不器用に横を向いたけれど、私は胸が詰まってしまって言葉が出てこない。
 父の頭をなでながら「ええ子や」と見守っていた祖母が笑った。
 ヨシヨシとまるで幼い子供のような扱いだ。
「この歳になってまで、子供あつかいか」
「いくつになっても、お前の母ちゃんやけん」
 朗らかに笑う祖母につられたのか、ふてくされ気味だった父も声を出して笑いだす。
 つられたのか、ふふふと母が笑いはじめ、弟までコロコロと笑いだした。

 凍っていた家族の時間が、ゆるゆると溶けていく。
 心の氷室も開くように、熱い鍋をほおばった。

「ありがとう」の言葉しか浮かばなくて、私もいつのまにか笑っていた。
 酒と味噌で煮込んだやわらかなボタンが、私たち家族の新たなスタートボタンになる。

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