短編集 ふんわりと

消しゴム(その1)

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 うららかな春の日です。
 穏やかな日です。色鮮やかな春の草原を、純也さんは木炭の黒だけで描いていきます。
 私は「邪魔はするな」と言われたので、純也さんの横に機能を止めて立っていました。

 風が吹きます。頭上にあった太陽が斜めに傾いたころ、イライラと純也さんは「これだから人形は」と言いました。
 怒っているようですが、人型ロボットである私には心の機微はわかりません。支援用なので表情は読み取れますが、相手のしぐさや声音で「怒っている」と判断するだけです。

「なぜ、絵を描かなくてはいけない?」
 私は決められた通りに答えました。
「遺言の遺産を受け取る条件だからです」

 私が支援をしていた総一郎さんは先日亡くなりました。 遺産を相続できるのは純也さんだけなのです。
たとえ駈け落ちした娘であろうと遺産を受け取る権利があるし、親が亡くなっても純也さんが孫であることは変わりないのです。
「そういう意味じゃない。理由を知りたい」
 質問の意味はわかりましたが、総一郎さんはすでにこの世にいないので、私は回答を持ち合わせていません。

 それなりの財産を持っていた総一郎さんは手を尽くして純也さんを探し、売れない絵描きだと知ると遺言を残したのです。
 指定する場所に行き絵を描きなさい、と。
 一か所や二か所ではありません。指定されたのは総一郎さんにとって想い出の場所。
 遺産はその絵の代金なのです。
 旅費も手配も私がすべて管理しているのに、純也さんはとても怒っています。

「遺産放棄するなら……」
「そんなこと、言ってない!」
 ふざけるなよ、と吐き捨てるように、純也さんは横を向きました。
「生きてる祖父が会いに来るならまだしも、遺産と人形を突然送りけられたんだぞ」
 純也さんは苛立っているようでした。
「渡すべき相手もいないのに、絵を描くしかない僕の気持ちはどうなる?」
 大きな消しゴムを手にすると、木炭の草原を切りつけるように横に走らせました。
 否定する白。とがった鋭さをしばらく見ていたけれど、純也さんは立ち上がりました。

「もう今日は終わりだ。明日はちゃんと描く」
 その言葉に嘘はありませんでした。

 毎日、純也さんは絵を描きます。
 草原に行きました。海岸にも行きました。
 独居人を支援する私のような支援ロボットは、口から食物を摂取することも可能です。
 食事をしていると、会話が生まれました。
 純也さんは色鉛筆を使うようになりました。
 絵本のようにやわらかな夏の色でした。

 季節が変わり始めると、総一郎さんの思い出話を聞きたがるようになりました。
 エピソードが増えると使う絵の具の色が増えました。炎に似た色鮮やかな秋の絵です。
 私は求められるままに話しました。
 好んでいた食べ物。ソックスではなく足袋を履いていたこと。頑固なまでに綿のシャツにこだわって、いつも取り寄せていたこと。

 私の事を「紫苑」と呼んでいたこと。

「それは祖母の名前だ」
「私は総一郎さんの希望で、亡くなられた奥様の姿にカスタマイズされています」
 純也さんはしばらく押し黙った後で「写真を持っているなら見せてくれ」と言いました。
 私は一枚の色あせた写真を渡しました。誕生間もない娘さんを抱いた家族写真です。

「そうか……母は大切にされていたんだな」
 純也さんはポツンと呟いて微笑みました。
「頼みがある。あの草原をもう一度描きたい」

 白い消しゴムの線が残ったままの、不完全な絵を仕上げるのでしょう。
 空の彼方まで透き通るような冬の日でした。
 純也さんはキャンパスを取り出し、一番得意だという油絵を丁寧に仕上げていきます。
 消しゴムで白く否定されたキャンパスが、ひと筆ひと筆のせられていく鮮やかな色で、しだいに生まれ変わっていきます。

 緑の草原の中で、総一郎さんが笑っていました。そのかたわらにいるのは私……ではなく妻の紫苑さんでしょう。
 知らない男性と紫苑さんによく似た女性もいました。絵を描いている純也さんもキャンパスの中にいるので、純也さんの心の中にある家族の情景なのでしょう。

「もしこの世からおさらばする日がきても、僕の家族のことは君に覚えていてほしい」
 ハイ、と私はうなずきました。
「私の機能が停止するまで、今日までの事も、明日からの事も、記録し続けます」

 純也さんは「ありがとう」と言いました。
 でき上がった絵を見せてもらうと、なぜか私もいました。人形なのになぜか一緒に笑っています。

 うららかな春の日に似た笑顔でした。


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公募用のSSに送った作品の第一校
原稿用紙5枚に収まらなくて、削りに削ったのでどうしても未消化。
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