短編集 恋の卵

月が見守る夜に

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 丸い月が出ていた。
 青白いほどに透き通った光が、シンシンと降り注いでくる。
 夜風が頬をなでて過ぎるから肌寒さを感じ、校舎の玄関を出るなり私は身をすくめた。
 そういえば、もうすぐ中秋の名月だ。
 どこまでも秋だなぁ~と思ったとたん、ふわっと後ろからジャージを頭にかけられた。
 びっくりして振り向くと、拓海がいた。
 同じ歳だし、近所に住む貴重な幼馴染だ。
 遅くなったから独りで帰る事が不安だったので、拓海が当たり前のように私の隣に並ぶからホッとして心が緩んだ。
「部活、終わったの?」
「お前こそ、文化祭の準備、終わったのか?」
 気にかけてくれているのがわかる口調だったから、自然に笑顔がこぼれてしまう。
「うん」とうなずくと、そっか、と拓海はほがらかに笑った。
 私の通っている学校は模擬店などを行わず、展示と舞台発表がメインだ。
 大がかりな全校集会が行われ、クラス代表が一堂に集まってくじ引きで割り振りを決める。展示になるか舞台発表になるかは運次第。
 体育祭がない代わりに力を入れていて、年間ハイライトとなる行事なのだ。
 そのためこの時期になると、月が出る時間でも校内に残っている人間が多い。
 本格的に準備をしていると居残り必須で、今日も今日とて見上げるとまだ灯りがついている教室もあった。
 私のクラスは演劇だから早めに帰れるけれど、展示に当たったクラスは施錠間際まで残ることもある。迷路を作る事に決めたクラスはもっと大変で、部品を体育館で作成し、ぜ前日に一気に組み立てるそうだ。
 日の高いうちに三週間は帰れないから、伝統行事だからとはいえ、保護者からクレームが来ないのが不思議だ。
 私の親はそれほど過保護ではないから迎えには来ないけれど、学校から出るときにメールをするように念を押されていた。
 それにしても。時計を見ずに準備をしていたので、拓海の部活終了時間と重なるなんて運がいい。
 ジャージを返そうとすると「寒いんだろ?」 と笑われてしまった。「羽織れよ」と気さくに促すので、ちょっと戸惑ってしまう。
 拓海のジャージ。
 さっきまで部活で拓海が着ていたはず。
 ちょっと悩んでいたら私の手から奪われ、早く着ろと肩にかけられる。
 ほんの一枚はおっただけで、夜風の肌寒さが一気に消えてふんわりと温かかった。
 肩にかけたままだと落ちそうだから袖を通すと、ぶかぶかで私にはものすごく大きい。
 細身に見えていても、拓海と自分の差を実感してしまった。
 小学校を卒業する頃は私のほうが大きかったのに、なんだか悔しい。
 いつの間に、こんなに体格の差が開いていたのだろう?
 チラッと横顔を盗み見て想像以上に大人の顔に近づいていたのに気付き、ドキリとする。
 幼馴染で、同級生。
 家も近所で、親同士の交流もある。
 幼稚園から高校に至る今まで、拓海とはずっと同じ学校に通っていた。
 気やすく話せるけれどお互いにいろいろ知りすぎていて、なんでも冗談にしてしまえるほど近くて遠い仲だ。
 友人関係を続けられる事が、心から不思議だと思う。
 引っ込み思案な私と違って、拓海は太陽みたいに人の輪の中心にいて、ずっとキラキラしている。それに基本的にサバサバしているから、言葉もうまく出せずに思い悩む私とはまるで違う。そう、下級生に告白されたけど断っちまった、なんて話も平気で私に聞かせてくるぐらい、あっけらかんと生きていた。
 男女交際はどうでもよくて、バスケ部で走っているのが楽しいって笑っているから、健全な男子高校生らしい気もするし、少しずれている気もするし、少し悩ましいところだ。
 動きの止まったまま思考を巡らせていたら、拓海はちょっとだけ肩をすくめて、そのまま先に立って歩きだす。
 一人で帰りたくないので、私は急いでその背中を追いかけた。
 隣に並ぶと、拓海はムッとした表情でちょっと頬を膨らませていた。
「確かに使用済みだけどさ。休憩時間にしか羽織ってねぇから、そこまで汗臭くないぞ。そんなに嫌がらなくてもいいだろ?」
「え? ち、違うよ、そんなこと思ってない」
 慌てて否定したけれど、嘘つけ、と拓海は笑う。こんなときキラキラ光って見えるから、私は少しドキドキする。
 付き合ってはいないのに、我ながら過剰反応だ。拓海は幼馴染で友達だと自分に言い聞かせる。だけどお互いに、お互い以上の親密な異性はいないし、微妙な距離感だと思う。
 ちょっぴり切なくなるけど、拓海はいつもナチュラルだ。
必要以上に意識しているのが私だけみたいで、時々胸が痛くなるのは私だけの秘密。
 妙にぎくしゃくしてしまうより、こうして一緒に歩けるだけで嬉しいからこれでいいの
「それで、出し物って何?」
 いきなり問われたけどピンと来なくて、ん? と私は首をかしげた。
「演劇のこと?」
 そ、と軽く拓海はうなずいた。
「お前のクラス、はりきってるよな~俺のクラスはパパッと二曲歌って終わり。本番までに音合わせも一回ぐらいはやろうぜ~なんて、いい加減だからさ」
 なにそれ? と思わず笑ってしまった。
「持ち時間が二十分もあるのに、二曲でどうするの? あまっちゃうよ?」
 クラスによって真剣さに差があるのは当然だけれど、ここまで違うと笑うしかない。
「そりゃ、おまえみたいにがんばってるクラスに譲る。細かいことは担任も気にしてないみたいだから、いいんじゃね?」
 そういえば拓海のクラス担任は、今年赴任してきたばかりだった気がする。
 九年も移動なく文化祭に携わっている私のクラスの担任は、書きおろしのシナリオを用意して監督さながら付き添っているのに。
「うちのクラスはオリジナルの演劇だよ。黒猫が満月に願って、人間の女の子になるの」
 星が叶える願いは代償なんていらないのに、月はひとつの願いにつき大切なものをひとつ捧げる。
 黒猫にあるのは自分の命だけだった。
 大好きだった人間の男の子が引っ越してしまい、もう一度だけ逢うためだけに人間になっても行方を捜すのは難しくて。
 最後はちゃんと会えるけれど、朝が来ると月の魔法が解けてしまう。
 黒猫は夜に輝く星のひとつになって、男の子を見守り続ける絵本みたいなストーリー。
 少し切なくて、悲しいけど暖かい物語。
 でも、ハッピーエンドとはとても言えないから、台本を読んだときに悲しくなった。
 いいお話だし力作なのはわかるけれど、お芝居の中ぐらいハッピーだねって優しくて楽しい気持ちでいっぱいで終わればいいのに。
 月よりも星に願い、小さな幸せがいっぱいあふれたらいいのに……そうすると山も谷もないつまらないお話だと思われちゃうのかな? なんて考えているとよけいに悲しい。
 知らず気落ちしてしまった私の頭を、拓海はポンポンと軽く叩いた。
「お月さまって夜のイメージで、おまえみたいな脳内お花畑にはむいてないからな」
 あんまり深く考えるなと言われて、うんとうなずくしかない。
「で、なんの役?  こんなに遅くまで練習してるなら、ちょっとは期待してもいいよな?」
 明るい声で問いかけられて、私はキョトンとしてしまう。
 できるだけ隅っこにいたい私が役者になっていたら、登校拒否を起こしていると思う。
 そのぐらい拓海も知っているはずなのに、気分を変えようと気を使ったのならものすごく不器用だ。
 そう思ったらなんとなく気持ちが緩んだ。
「私? 私は裏方。衣装は絶対に見てね」
 力作だよ! と黒猫のワンピースについて語りだすと、ありえね~と拓海は嫌がった。
「俺が衣装なんて見てどうすんだ? お前が出るならって期待してたのに、出ないのかよ」
 裏方があってこその舞台なのに、バカにされた気がして私は口をとがらせる。
「大根役者だって、笑う気だったでしょ?」
「言わねーよ」
「嘘。へたくそーって絶対に笑う」
「どうしてこういうときばっかり、おまえ、強気で断言するのかなぁ?」
 まったくもう、なんてぼやいてるのがおかしくて、思わず声をあげて笑ってしまった。
 拓海の言葉にのっかっていると、胸の奥がポカポカしてくる。
 いつのまにか悲しい気持ちが消えていた。
 特別なことは話さないのに、こうして会話している時間は心地いい。
 他愛のない会話っていいな、と思う。
 肩を並べて歩いているうちに、いつの間にか私の家が見えた。あと十メートルもまっすぐ歩けば、私の家の玄関だ。
 拓海はこの角を右に進むので、ここでお別れになる。
 もう少し一緒に歩きたい気分だったけれど、それは友達を越えた希望になりそう。
 だから、私は立ち止まる。
「また明日。ジャージ、ありがとう。洗って返すね」
 笑顔でお礼を言うと、不思議そうに拓海は私を見た。
「遅いし、すぐそこだから門まで送る」
 いいよ、悪いし。
 そう言いかけたけれど、不意に伸びてきた拓海の手が私の頬に触れた。
 不意打ちに、心臓が止まりそうだった。
 ゴツゴツして長い拓海の指が動く。
 耳からこぼれ落ちていた髪を指先でそっとすくい、そのまま頬をなでるように後ろに払う。くすぐるようななにげない動きだけど。
 私とは違う体温に、チリ、と胸が焦げた。
 思わず息を飲んで無意識に後ろに逃げかけた私の肩を、拓海の大きな手が押さえて止める。しばらくは無言で、ジーッと私の顔を見つめていたけれど、ポツンとつぶやいた。
「お前さ、こんなに美人だったっけ?」
 その瞬間。カーッと一気に血が上り、顔が真っ赤になっていくのがわかる。
「よくもそんな恥ずかしい台詞を……」
 いきなり何を言いだすのかと思ったら、真顔でからかわないでほしい。
 バカバカと思い切りはじきたかったのに、弱々しくかすれた声しか出なかった。
 美人なんて、そんなの誰にも言われたことがなかった。褒められて嬉しいけれど、不意打ちで言わないでほしい。
 私だけが意識していると感じていたから、このまま思いあがってしまいそうだ。
 思わずつま先を見つめて、つられたように本音をこぼしてしまう。
「拓海こそ、そんなにカッコよくなってずるい」
「バッ! お前こそ、よくもそんな恥ずかしい台詞を……」
 最初に言ったのは拓海なのに怒るなんてひどい。そう言いたくて顔をあげると、視線がからんだ。
 怒ってなんかいなかった。
 私と同じように拓海も真っ赤になっていた。
 ドキドキしている心臓の音が、ここまで聞こえてきそうなぐらい動揺している。
 こんな表情、初めて見た。
 そう思った途端、スルンと言葉が出ていた。
「恥ずかしくないよ、本当のことだから」
「お、俺だって嘘なんて言わないけど……」
 本当ならなおさら恥ずかしい状況だと、言いあった後で気付いて、お互いに黙りこむ。
 それ以上の言葉もなく、落ち着かない沈黙の中で、頬を染めた私たちは立ち尽くすだけだ。動く事ができなかった。
 家はすぐそこで、帰らなくてはいけないけれど、帰りたくない。
 冴えた月光に照らされ、お互いの表情が夜の中で鮮やかに浮き上がる。
 心まで射しこむ、夜の魔法みたいだった。
 ずっと一緒に育ってきた。
 私の好きは、拓海だけに向かっているけど。
 このままなにも言わず笑い話に変えて、友達でいればお互いに傷つくこともなかった。
 だけど、ほんの一歩。
 ほんの一言あれば、私たちの関係は変わる。
 友達のままでいると、拓海が私以外の人を選ぶのを見ることになる。
 特別な関係になると、今までみたいな気安さが壊れるかもしれない。
 失うものと得るものは、どちらを選んでも等しい大きさで迫ってくるから、体が震えた。
 本当に怖いのは、どっち?
 私は拓海だけを見つめていて、拓海は私だけを見つめていた。
 今が選ぶ時だと自己主張する心臓はうるさくて、気持ちごとはじけ飛んでしまいそう。
 スルリと夜風が間を過ぎていく。
 もう、逃げられない。逃げてはいけない。
 次の言葉を探して立ち尽くす私たちを、青白い月がそっと見守っていた。

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