お題からのツイノベ風のSS集

イチゴミルク

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 まだ来ない。
 チョコバナナのクレープをかじりながら逃げた日からずっと、鬼瓦さんが私の勤めるクレープ屋さんに顔を見せない。
 最初は仕事が忙しいのだと思っていた。
 だけど一週間が過ぎるようになると、さすがにため息がこぼれ落ちてしまう。
 どうしたんだろう? 鬼瓦さんの事が気になって仕方ない。
 あんなやり取りをした後に顔を見せなくなるなんて、なんだかひどいって思うし。

「鬼瓦さん、最近みないわねぇ」
 なんて同僚の言葉にも、そうですねぇと乾いた返事を返すしかない。
「陽菜ちゃん目当てだと思っていたのに」

 なんの気なしにつけたされた言葉に、ドキンとした。
 そんなまさか、とも、違ったみたいですね~とも、返す言葉が浮かばない。
 私の妄想が勝手に膨らんでいるだけじゃなくて、他の誰かの目からも鬼瓦さんの行動はそんな風に見えていたんだと思うと、嬉しいような面映ゆいようなくすぐったさがわいてくる。
 だけどそのぶん顔も見ることができない今の不安が、大きく育つもどかしい感じが胸を塞いでしまう。

 だって私は、鬼瓦さんの本当の名前も知らないのだ。
 もし、どこかで見かけたって「鬼瓦さん!」なんて、勝手につけた失礼なあだ名では呼びかけることもできない。
 モゴモゴと口の中でまとまらない言葉を転がすしかない私に、同僚は気がつかないのかトッピングのイチゴを手際よくカットしていく。
 さすがはベテラン。飾り切りも鮮やかな手並み。
 私は横で、おっかなびっくりペティナイフをあつかっている。

 そう、今日から季節の限定メニューが切り替わるのだ。
 コロンとした可愛いフォルムを半分にし、切りこみを入れるとハートの形になる。
 家でも練習してるけど、慣れるまでもう少し時間がかかりそうだ。
 大粒の甘いイチゴを惜しげもなく使って、特製のミルククリームもたっぷりとクレープで包み込み、春だけの季節限定バージョンは包み方が違うらしい。
 可愛いハートを見せつけるようにと説明しながら、店長は「青春時代の恋の味~♪」なんて鼻歌交じりに見本を作ってくれた。
 新米だから上手にできませんって、買いに来てくれるお客様には関係のないことだもの。

 手もとに意識は集中させていても、やっぱり鬼瓦さんの事は気になった。
 季節限定のイチゴクレープの発売に合わせて、エプロンの色が今日から変わる。
 白のブラウスに、イチゴ色のフリル・エプロン。
 可愛いデザインに違いはなかったけれど……制服の変更はただの偶然なのだけどタイミングがタイミングなだけに、もう二度と鬼瓦さんには会えないような気がしてしまう。

 今日から私は、鬼瓦さんの好きなチョコバナナにはなれない。

 ふぅっと何度目かのため息を落とした。
 まぁ、もともとお客様とクレープ屋の店員で、それ以上でもそれ以下でもなかったのだけど。
 真っ赤に熟した甘酸っぱいイチゴの香りがちょっぴり切ない。

「あ、鬼瓦さん」

 なんの気なしに放たれた同僚の声に、肩が跳ねてしまう。
 必要以上に驚いてぺティーナイフを取り落としたことに、私自身が動揺してしまった。
 会いたかったはずなのに、今すぐどこかに逃げだしたい。
 オロオロしているうちに、フードコーナーに現れた鬼瓦さんはズンズンとわき目もふらずクレープ屋にやってきた。
 その目はカウンターに立った同僚を通り越して私を見ていた。

「ほんと、わかりやすい人ねぇ」
 振り向いた同僚が、私を見て「あらま」ともらす。
「ほんと、わかりやすい人たちねぇ」

 うふふと笑って私の肩を押すので、カァッと頭に血がのぼるのがわかる。
 どうしていいかわからないから、こういう気づかいにはなれない。
 鬼瓦さんはカウンターの前に立つと私の顔を見た。
 不思議そうに何度もまばたきするので、内心パニックになっていたけれど逃げ出すことはできない。

「あの! チョッチョ、チョコバナナですか?」
 すぐに作ります―とテンパッテいたら、まじまじと私を観察していた鬼瓦さんは、フッとはにかむように笑った。

「あんた、イチゴみたいだな」

 今日は季節のお勧めで、と付け足されて、頭の中が真っ白になった。
 いつものチョコバナナからイチゴミルクに変わるのは、私の制服が変わったから……なんて、一度思ってしまうと必要以上に意識してしまう自分が恥ずかしい。
 ううん、恥ずかしいのは挙動不審の私を見て、鬼瓦さんが嬉しそうにしているからよけいになんだけど。

 思わせぶりな行動するなんて、鬼瓦さんのバカ。
 ちょっぴり拗ねた八つ当たり気味な気分で、慣れない季節限定クレープを作って、ぎくしゃくした動きでクレープを渡す。
 鬼瓦さんから返ってきたのは、クレープの代金と一枚のカード。
 それには連絡先と名前が書いてあった。

 姫川 雅。
 ひめかわ まさ、とルビもふってある。
 鬼瓦さん、本名は姫川なんだ。
 なんだか茫然としてしまう。
 似合わない、なんて言ってはいけないけれど、名前まで顔とのギャップが大きい。
 どんな顔で本名を呼べばいいか、頭を悩ませてしまった。

「修羅場、昨日で終わったから」
 それは仕事のことだとすぐにわかった。
「今度、飯でも一緒に……連絡、待ってる」

 珍しく歯切れの悪い台詞。
 顔をあげると鬼瓦さんは背中を向けて、いつもよりも足早に去っていた。
 早い。あっという間に見えなくなった。
 競歩競技に出場できそうなスピードに、同僚がクスクスと笑いだした。

「見かけによらず、可愛らしい人ねぇ」
 そして、コツン、と肘で小突かれる。
「陽菜ちゃんも、可愛らしい人ねぇ」

 からかわれても、返す言葉が思い浮かばない。
 心臓がおかしいぐらいバクバクしていた。
 今は通りすがりのお客様とただの店員だけど、ほんの少し勇気を出せば近づける。
 それは簡単なようで、ものすごく難しいことだから。
 私は休憩時間に、季節のイチゴミルク・クレープを買った。

 鬼瓦さんの連絡先は、手の中にある。
 ひとつ、ひとつ、コミュニケーションアプリのトークにメッセージを打ちこんでいく。
 選ぶ言葉に迷ったら、一口クレープをかじった。

 ふんわり甘いミルククリームに隠れた、甘酸っぱい果実。
 一粒だけ顔を出す、真っ赤なハートは色鮮やかで。
 イチゴミルクのクレープは、恋の味がする。

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