短編集 恋の卵

図書室のマドンナ

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「あら、佐藤君でしょ? おひさしぶり」

 不意に後ろから声をかけられる。
 驚いて振り向くと、長い黒髪が印象的な女性が立っていた。
 仕事帰りらしい押さえた色のスーツにローヒール。
 シンプルにまとまられた装いや控えめの化粧が穏やかな印象に良く似合っていた。
 取り立てて整っている訳でもないし、けして目立つタイプでもない。
 細い縁の眼鏡も地味な部類だろう。
 それでも僕は、こんな美人は知らないと思った。
 彼女は僕を知っているみたいだけれど、僕は記憶にない顔で戸惑うしかない。

「私の事、忘れちゃった?」
 プルンと艶やかな唇がおかしそうに微笑みの形を取った。
 ふっくらとやわらかそうで、思わず触れたくなる甘い色をしている。
 ごめんと謝る前に彼女は真顔になり、思い出を引き寄せてくる口調で言った。
「返却は一週間後です。期限は守ってくださいね」

 ああ! と思わず声を出しそうになる。
 そのぐらい懐かしい言葉だった。
 高校時代の図書室の情景が一気に蘇ってくる。

 図書委員の彼女はカウンターの中で。
 僕は図書室の常連の中の一人で。
 そう、僕は図書室に通い詰めていた恋する一団の中にいた。
 目的は彼女ではなくて、カウンターの中にいるもう一人に夢中だったけれど。
 
「朝比奈さんじゃなくてごめんね」
 クスクスと転がるように笑う彼女に、僕は肩をすくめるしかない。
 やっぱりそう思われていたか……なんて胸の奥がチクリと痛む。
 たしかに最初は朝比奈さんを見るのが目的だったけどね。
 道を歩いているとスカウトされるぐらい目を引く美少女だったから、アイドルやマドンナと同じあつかいだった。

 華やかで綺麗な朝比奈さんは図書室にそぐわなくて、僕はその隣にいる彼女が気になるようになった。
 手続きをする手際も穏やかで、隙間時間に本のページをめくりながらそっと微笑む表情が可愛らしくて。
 勝手に目が追いかけるようになっていた。
 恋とも呼べない、淡い淡い気持ち。
 友達が朝比奈さんに群がる中、僕は本を借りる手続きも彼女の手を通していた。
 朝比奈さんよりは彼女がかわいいなんて、友達の前ではとても言えなかったけれど。

「園田さん、すごくきれいになったね。見違えてわからなかった」
「褒めたってなんにも出ないわよ。でも、ありがと」

 クスクスと笑う彼女がまぶしい。
 ああ、この笑顔だ。
 あどけなさがあふれて、春の日みたいに暖かい。
 真面目で大人しい君が、笑う時だけ少女に戻る。
 
「良かったら、もう少し落ち着いた場所で話せないかな?」

 あの頃踏み出せなかった一歩を、僕は踏み出してみる。
 君は驚いた顔になったけれど、うなずいてくれた。
 惹かれてやまない少女みたいな笑顔が愛しい。

 僕のマドンナは他の誰でもなく、ずっと君だけ。

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