短編集 ちょっぴり異世界

水の魔女と炎の竜 10

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 頬を打つ砂漠の風は乾いていた。
 空の上でも昼の余韻で焼けるような熱を帯び、叩きつける強さでうなりをあげる。
 細かな砂を巻き上げ波紋を無数に描き、つい先ほどまで見えていた岩もあっという間に飲み込んでいく様子がはるか下に見えた。
 
 今は夜。
 これから砂漠は急速に冷え込むだろう。
 質量を増し動きが緩やかになる砂は、ヒンヤリとして穏やかな時を刻む。
 月に照らされて輝く眼下の砂丘は、見惚れるほど美しい。
 日中は容赦なく降り注ぐ太陽の光と熱で厳しいばかりだが、砂漠の夜は幼いころの荒野の旅を思い出して、マーレの心をほんの少し温めていく。
 天かける竜の豊かなタテガミをしっかりとつかみ、そっと身体を寄せる。
 ヒンヤリとした鱗が火照る身体には気持ちよかった。
 
 滑空して下降したかと思うと、竜は大地へと舞いおりた。
 ファサリと翼を閉じ大地にその足をつけると同時に、巨大な竜の姿はかき消える。
 マーレを腕に抱き、あっという間にホルスは人の姿に戻ってしまう。
 艶やかなタテガミのやわらかさも、滑らかな鱗の感触も気にいっていたので、ほんの少し惜しい。
 未練がましく両手をもみ合わせるマーレを少し不信に思ったようだが、あっさりとホルスは要件に入る。
  
「ここに水脈があるのがわかるか?」
 
 細かな砂が波紋を描く砂丘の頂上でそんなことを言われ、マーレは目を丸くした。
 目に映るモノは砂漠ばかりなのに、地下に水があるとは思えなかった。
 それでも膝をつき、両手でそっと地面に触れた。
 確かに砂の奥深くに、コプリ、とうねる水の気配を感じる。
 
「あるわ」
 驚きのまま肯定すると、ホルスは、そうか、と言った。
「水を地上に呼べるか?」

 コクリ、とマーレはうなずいた。
 豊かな水量を両手から感じていたので、地上まで呼び出せばオアシスになることも想像できる。
 オアシスは砂漠を潤す貴重な恵みだった。
 自分の力が役立てるなら、マーレにとってこれほど嬉しいことはない。
 今やるべきことに集中する。

 意識を伸ばす。
 下へ、下へと。
 不意に固い抵抗を感じた。
 岩盤があるのだ。
 けれど、マーレの水の力を妨げるほどではない。
 大地の奥に隠れた水に向かって、手のひらから力を放つ。

 放たれた矢のような鋭さで進む力に自身の感覚をのせる。乾いた砂を越え、固く冷たい岩盤を打ち砕き、重くぬるんだ粘土層を突き抜ける。
 マーレの意識はあっという間に奥深くにある水の層へと到達した。
 しばらくのあいだ、たどりついた美しい水に意識をたゆたわせる。
 良い水だった。透明な命を育む水の気配をしている。
 
 そのまま送り込んだ力をのばす。
 水の流れをさかのぼり、はるか遠くにある水源を探す。
 例え生み出したとしても、灼熱の太陽の中で、すぐに枯れるオアシスならば意味がない。
 
 いきついたのは西にある山脈で、流れくる水脈は驚くほど豊かだった。
 連綿と連なる山脈の雪解け水も、雨も、全てが地下へと染み込み、砂漠の地下を流れる水源となっていた。
 おそらくこの水量ならば、数百年経っても枯れないオアシスになるだろう。
  
 マーレはしばらく地下水に意識を同化させる。
 送り込んだ力がとうとうと流れていく水になじんでいく。
 大きな流れに隠れている、細い一筋一筋のうねりまで感じられるようになったときに。
 一気に頭上へと救い上げた。
 
 突き抜ける一筋の細い奔流。
 泥も岩も打ち砕き、清らかな冷たい水が噴出する。
 数メートル上空まで吹き出した水は、細やかな霧となって砂漠に降り注ぐ。
 地にたどり着くまでに粒は太り、まるで雨のようだった。

 芳醇とした水の香りにうっとりとしながらも、ふと気がついた。
 ほんの一部を地上に湧かせたことで、今まで潤っていた水流の先が枯渇しても困る。
 地下を流れる水そのものが乱れていないか、意識を伸ばして変化がないことを確認して、安堵の息を吐きながらマーレは立ち上がった。
 
 振り向くとなぜか、ホルスが片膝をついて大地に手をあてていた。
 ぽうっとその手が青白い炎を放つ。
 水にぬれた砂にその輝きが広がっていく。
 
 ああ、とマーレは声を出しそうになった。
 サラリと乾いた粒が見えないほどにこまかな砂が、炎の力を帯びていく。
 活発に活動し豊かに潤う炎の力を注ぎこまれ、砂漠だった地が命を育む豊かな土壌へと変わっていく。

 懐かしいとマーレは思った。
 幼いころに森でかいだことのある、しっとりとした大地の匂いが辺りに立ち込める。
 今は噴水のように噴き上がる地下水だけど、森ができれば雨が降るだろう。
 緑あふれる場所を想像する。
 今はまだ草木一本生えていないけれど、いつかきっと草が生え、花が咲き、梢が風に歌うような木立が茂るだろう。

 この地を育む命の源になる樹は、どんな葉の形になるだろう?
 
 しばらくは両手を広げて、降り注ぐ雫を全身で受けていた。
 遠くない未来の姿を思い浮かべ、その美しさにマーレは思わず微笑む。
 過去に神殿と街を滅ぼした忌まわしい力が、新たに生まれる命につながっていくと実感できて、喜びが胸の奥から湧き上がってくる。
 
 「マーレ」
 不意に名前を呼ばれた。
 振り向くとまぶしそうに見つめてくるホルスがいて、いつもと調子が違うので小首をかしげる。
 わずかに頬が紅潮し、湧き立つ衝動を抑えているようだ。
 しばらく言葉を探している様子だったけれど、ホルスの真情は読みとれなかった。

 これは一族の人たちと暮らすようになって知ったことだけれど、日常のホルスは恐ろしいほど寡黙だった。
 必要なことまで無口すぎると、一族の女たちから無数のダメ出しを受けている姿を、マーレは何度か見ている。

 特にマーレがここにくるまでの経緯には、鬼畜とかケダモノとか穏やかではない言葉をかけられていた。
 二人が出会った状況や、海の神気が強すぎて炎の力を持っていると近付けなかったことや、神殿が壊れた後は証にもらったピアスが失われ死亡したと勘違いしていたことも、女たちのかっこうの非難の的になった。
 砂漠に水の魔女の噂がたどりつくまで真実を確かめもしないなんて、竜人同士でもそんな非道なマネはしないと散々な言い様である。
 悪態をつく間も美麗な竜人の女たちが見惚れそうな笑顔でいるだけに、似合わないその口の悪さには驚いてしまった。

 女たちに寄ってたかって責めたてられた後は言葉が足りなさすぎると認識したらしく、ホルスなりに努力して話そうとしている。
 それでも言葉を探すのは苦手らしく、一族の中での定型文は饒舌なものの、自分の感情を表す言葉には迷うようだ。
 今もあっというまに諦めた顔になった。
 
 「マーレ、力を」

 差しのべられたホルスの右の手のひらの上に種があった。
 マーレははじめて見る、星型の固い殻につつまれた種だった。
 戸惑いながらホルスを見上げると、穏やかに微笑まれた。
 心臓がドキリと跳ねてしまう。
 ホルスの物言いたげな瞳になぜか視線のやり場を失い、種へと視線を落とす。
 どうしてなのかわからないけれど、いつものように見つめあえなかった。
 不自然に速度をあげる鼓動に戸惑いながらホルスの手を、両手で下から支えるようにマーレは包み込む。
 
 そして種に水の力を注ぐ。
 求められるままに、種に秘められた命を揺り起こす。
 恵みにつながるのびやかな水の力。
 そっとそっと、目覚めた命を育むように。
 
 ホルスの手のひらもほのかに光る。
 活力を与えるやわらかな炎の力。
 ゆっくりと命を活かし伸び育てるように。
 
 ぷくり、と種が膨らんだ。
 注ぎ込まれる二つの力に反応して、可愛らしい双葉が生まれる。
 手のひらの上でゆっくりと根を伸ばし、茎が太り、葉が増えていく。
 このまま大地に植えれば、立派な樹木になるだろう。
 
 不意に、ホルスが動いた。
 いきなり両肩を掴まれ、マーレは身をこわばらせる。
 その拍子にコロコロと手のひらから種がこぼれ落ちた。

 強く引き寄せられると同時にホルスの顔が近づいてきたので、とっさに身をすくめマーレは固く瞼を閉じた。
 逃げる身体を封じるように抱き寄せられ、思わず身をこわばらせたけれど、口づけが落ちてくる。
 
「マーレ、俺の運命の人」
 そのままグッと腰を引き寄せられ、ありえない強さにマーレはうろたえる。
 ホルスの唇が首筋に落ちてきそうなって、今までと違う雰囲気に手を突っ張って抵抗した
 
「突然、なにを……?」
「突然ではない。何度も言った」

 確かに、何度も運命の人だと聞いた。
 その意味を尋ねたいと思っていたのに、話をする前に身体に触れられるのは性急過ぎる。
 もういいだろう? と当然のように了承を求められ、マーレには意味が呑み込めない。
 互いの認識に誤差がある気がした。

「運命の人というのは、どういう意味なの?」
 砂漠にオアシスや森を生みだす相棒のこと? と戸惑いながら聞くと、ホルスは眉間に深いしわを刻んだ。
「違う。つがいのことだ」
 つがい、という言い方にマーレは少し驚いたが、そう言えばこの人は竜だったと思い直す。

「こうして夜にふたりで出歩くのはつがいの証。それを了承していたわけではないのか?」
 当たり前に言われて、マーレは驚きで言葉を失う。
 どうりでテントの中の女たちがざわめいていたはずだ。
 マーレの戸惑う様子に、ホルスも互いの常識の差に思い至ったようだ。

「一族の者たちに、なんの了承も得ずこんな寂れた土地に連れ込むなんて鬼畜だ。いきなり襲うなと止められていたが、それほど気が長いほうではない。他のアルティメットの名を持つ者に、おまえをくれてやる気もない」
 俺を選べ、とホルスは言いながらマーレの手を取り、その指先に口づけを落とす。
「嫌か?」
 ほんの少し自信なさげな言葉が落ちてきて、マーレはじっとその青い瞳を見つめた。

 ホルスはホルスなりに、マーレの身の振り方を考えていてくれたようだ。
 ずいぶん一方的な言い分だとは思ったけれど、ほんの少し心が凪いだ。
 ホルスに対して抱いている感情は、実のところマーレはよくわかっていない。

「今はまだ恋なのか愛なのかわからないわ」
 正直にそう言った。
 出会った日からずっと心の奥に住んでいた人だけれど、それは少年の姿だった。
 今のホルスは青年の姿で突然マーレの前に現れ、竜の姿も持っている人だ。

「今の私の好きは、あなたの好きとは違うと思う。だから、今のあなたを知りたい」
 一言一言を確かめるように、自分なりの答えを出してマーレが微笑む。
 ホルスは少しだけ難しい顔をして、それでもうなずいた。

「なるほど。今、惚れてるのは俺だけか」
 あまりに率直な物言いに、マーレは赤くなった。
 紅潮した頬を見られたくなくて、そっとうつむいた。
「私が水の力を持っているからというだけで、惚れていると言われても……」

「力などあってもなくても、マーレはマーレだろう?」
 心底戸惑っているような声だったので、マーレは顔をあげた。
「力なんてものはあれば使い、失えば使えないだけだ。違うか?」

 違わない。
 確かにそうだけれど、簡単にうなずけないマーレがいた。
 今までは水の力さえなければと何度も思ったけれど、この先もしも水の力を失えば居場所も同時になくすのが怖い。

「アルティメットの力を失ったとしても、俺は俺のままだ」
 マーレの戸惑いの元に、ホルスはやっと合点がいったらしい。
「惚れたのがおまえの力だけと思われていたのは心外だ。力などただのきっかけにしか過ぎないのに、不思議なことを気にする女だ。なるほど、竜人とは考え方がまるで違う」
 ハハッと軽くホルスは笑い、待つ、と言った。

「たとえ世界を敵に回しても、俺の気は変わらない。目移りできないほど俺を知ればいい」

 青い瞳の奥でチロリと揺れた炎の色に、マーレはホルスの本気を見た。
 竜人は執念深いのよ、と笑う一族の女たちの言葉を思い出す。
 きっとこの人の腕からは逃れられない。
 マーレは魅入られたようにその青い瞳を見つめながら、本当の意味で恋に落ちる日も遠くない気がした。

「口づけぐらいは許してくれ」
 ホルスは身をかがめてきたので、素直にマーレは目を閉じた。
 触れられても、嫌ではなかった。
 むしろ甘くて、もどかしい。
 
 やわらかな口づけを交わす。
 それは遥か過去の記憶よりも甘く、ゆるやかで温かいふれあいだった。
 自分とは違うホルスの熱が心地よくて、マーレの胸は愛しさで満たされる。
 可愛いナディに感じていたのとは違う、鼓動が跳ねるような愛しさだった。
 言葉にできないあたたかな感情が、触れた唇で溶けあった。

 二人の手のひらから転げ落ちていた種は、いつの間にか大地に根を張っていた。
 水と炎の力を得てグングンと根を伸ばし、幹を太らせ、梢に葉を茂らせる。
 まばたきを繰り返していくうちに見事なまでの大樹に育っていく。
 そっと手をつなぎ、確かめるように指をからめあわせる。
 月光に木陰を落とすほどに成長した樹木に、マーレとホルスは顔を見合わせて微笑みあった。

 水と炎の絆は、豊かなオアシスを生み、砂漠もいつしか美しい森になるだろう。

 希望を胸に、二人は再び唇を重ねた。
 大地に広がる恵みの力は、水と炎が共鳴する命の喜びそのものだった。


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