短編集 ちょっぴり異世界

水の魔女と炎の竜 9

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 アルティメット。
 それは天空を駆ける竜の意。
 星屑を散らし、月光に浮き上がり、陽光をはじく雄姿。
 身体を覆うのは降り注ぐ光を反射して輝く漆黒の鱗。
 豊かなタテガミは黒々とし、青い瞳は宝石のように光を放つ。
 大きな翼を広げて空を制し、鋭い牙と爪を持ち、尾の先端は矢じりのように鋭くとがっている。

 初めてその姿を見たとき、マーレは驚きで息を飲んだ。
 竜の大きさや威厳のある姿に対してだけではない。 
 海辺の島にどうやって訪れたのか問いかけたら、返事のかわりにホルスが竜に変化したのだ。
 巨体が陽光を遮り、頭上から黒々と落ちる影に何度も目をしばたいた。
 つい先ほどまでいたホルスの姿はなく、そこにいるのはどこからどう見ても威風堂々とした竜で、頭を垂れているから目の前にきた大きな口には幾重にも牙があった。

 しばらく呆然としていたけれど、見降ろしてくる青い瞳が理知的だったので、怖いとは感じなかった。
 鉤爪は鱗とは相反する乳白色で、どこもかしこも美しいと思った。

 手を伸ばしてその身体に触れる。
 表面はツルリ手触りの硬い鱗は滑らかで、近づけばマーレの姿も映し出す。
 マーレは美醜の基準が良くわからないから容貌は気にならず、線が細く頼りない感じの女に見えた。
 これが自分の姿かとしばらく見つめていると、頭上から声が落ちてくる。
 大きく裂けた口に並ぶ牙も人間とは全く違う作りなのに、人の姿であった時と同じ声と言葉だったので不思議だった。

 怖いか? と聞かれて、怖くない訳ではないけどあなたの思う怖いとは違う、と答えた。
 そうか、とだけ竜はホルスの声でうなずいた。
 そしてそのまま、竜の背に乗って天高く飛び立った。

 翼を広げた青空は、どこまでも澄み渡っていた。
 竜の飛行速度は風のようで、あっという間に島が遠くなる。
 息を飲むほど美しい情景だった。
 島を離れた時、眼下に広がった青い海原は、強くマーレの心に焼きついた。

 そのままホルスに連れてこられたのは、見渡す限りの砂漠だった。
 一族の居住地だと教えられたけれど、人が住む場所とはとても思えない。
 カラリと乾燥した砂漠に、大地の恵みは少なかった。
 潤いと呼べるだけの水も、簡単には手に入らない。

 オアシスからオアシスへと移動する生活。
 一カ月ほど生活を共にしても、いまだに慣れないことの連続だった。
 そもそもホルスの一族は人の姿をしていても、竜の血を色濃く引く竜人だ。

 常識というモノがまるで違うのだ。
 生きていく習慣や人としてのあり方ひとつとっても、毎日のように驚きがあった。
 違和感を覚えないものがひとつとしてなかったので、一族の中であつかわれている言語が、マーレの一番なじんでいる言語だったことに首を傾げたほどだ。
 どうして不便な砂漠や荒野に住むのか疑問に思い、ホルスに問いかけてみた。

 創世の竜の血をひく神秘の一族は炎を司る。
 炎は燃え上り活動する力。
 生を持つモノの命そのものも炎に属する。
 しかし一族は炎の力が強すぎるため、定住するとその地が乾くのだ。
 恵まれすぎた炎の力は、すでにある命さえ焼き尽くしてしまう。

 風のように流れる暮らしを選んだのは必然だった。
 砂漠のように荒れた土地ばかりを生みだすわけにはいかない。
 燃え上り焦がすだけの炎を押さえる相棒が、力に恵まれすぎた竜人には必要なのだ。
 水の力を持つ自分の伴侶を探しながら、一族はすでにある砂漠や荒野を渡り歩く。
 色濃く水の力を持つ者は外部から迎えるので血が薄らぎ、炎の力を受け継ぐ者の数も次第に減ってきている。
 ホルスのようにアルティメットの名を得て竜に変身できる者は、今では一族の中でもほんのわずからしい。
 だからといって一族の持つ炎の属性が弱まっている訳でもないし、一族としてのあり方が変わるわけでもない。

 説明されてもすべてがわかった訳ではない。
 ただ、自分の持つ水の力が必要なのだと理解した。
 結局のところ、忌まわしいはずの水の力が役に立つなら、それでいいのかもしれないと思う。

 それはほんの少しの絶望と、諦めに似た安堵をもたらした。
 望まれるとおりに水の力をふるえば居場所ができるし、砂漠にいれば水の力が暴走することはない。
 こうやってホルスが必要としてくれるなら、きっといいことなのだ。
 存在を求められることに慣れていないから、必要としてくれる人とともにいたかった。

 しかし。
 男たちは生活に必要な狩りをするため外に出ることが多く、女たちが一族を守っていた。
 基本的に女・子供と老人がテントで暮らしていて、日中は働き盛りの男たちの姿はない。
 そもそも出ずっぱりなのだ。
 アルティメットの名を持つ者はその特性も手伝ってか遠出が主体だから、夜になっても帰らないことが多い。
 たまにホルスの顔を見かけても一族の男たちと群れていて、話しかけていい雰囲気ではなかった。
 そのため一緒にいると言ったくせにとなじりたくなるぐらい、ホルスとは関わる機会がなかった。

「運命の人」なんて大仰な前触れで連れてこられたのに、ホルスとは顔を合わせる機会もほとんどないままだったので、次第にマーレの戸惑いは大きくなる。
 竜人の女は基本的に朗らかな性格をしているので、一緒にいても苦痛ではなかった。
 けれど、知らない女のたちの中に放り込まれたまま放置されるとは思ってもみなかった。

 本当に自分はここにいてもいいのだろうか?

 必要だと言われたはずの水の力を求められることすらなかった。
 他の者たちに優しくされればされるほど気持ちの座りが悪い。
 いたたまれない気持ちが消えないから、ホルスとはキチンと話をしたいとマーレは思った。
 真意をつかみ切れず、思い惑うのはもうコリゴリだ。 
 今度会ったら、思わせぶりな言葉の意味をホルスに問いかけてみようと、マーレは心に決めるのだった。

 ホルスと二人きりになる機会は思いのほか早かった。
 満月の夜に、フラリとマーレのいるテントを訪れたのだ。

「マーレ、力を借りたい」

 同じテントに住まう他の女たちが、あら? と意味ありげな視線をよこしてきたけれど、マーレはあっさりうなずいた。
 今日を逃せばいつになるかわからないとの思いもあった。

 ホルスに誘われるまま星空の下に出る。
 そのまま何の説明も受けず、竜の姿に変化したホルスの背に乗った。

 大きく翼が広がって空高く舞い上がり、あっという間に一族のテントが遠ざかっていった。


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