短編集 ちょっぴり異世界

水の魔女と炎の竜 7

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 その島は、緑に覆われていた。
 蔦にからまれた廃墟は、古い神殿の名残を残していた。
 干潮時に陸とつながる海の道をたどる者は絶えて久しい。
 信仰者を失っても海の中に浮き上がる道は神殿が機能していた頃と変わらない。

 ノルマーディックの侵攻と悲劇も、水の魔女の噂とともに広まっていた。
 兵も市民も神官も変わりなく、全てが海の藻屑と消えた日のことを誰も知らないがゆえに、尾ひれ背ひれがついて大きく膨れ上がる。

 島に渡りさえすれば廃墟になったとはいえ、崩れた神殿が静謐なたたずまいを見せていた。
 かつて神のすみかであった名残か、ほの暗い噂が付きまとう場所とは思えぬ神聖さをたたえている。
 しかし、水と太陽を司る神はもういない。
 そこには一人の魔女が住まうだけだ。

 銀の髪をした、水の魔女。
 血の色をした瞳を揺らすことなく、悪魔のように冷たい心でためらいもなく人を殺す。
 残虐な魔力を扱っても顔色一つ変えることない。
 そんな噂が風のように大陸を駆け抜ける。

 名が欲しい者たちが魔女の討伐を謡い、島を目指してくることもあった。
 数年前までは栄えていた街も人っ子一人存在せず、今では見る影もなくさびれている。
 潮に現れた都市も今は乾き、乾いた海風にカラカラと細かな砂となり崩れるばかりだ。
 無数に立ち並ぶ黒くすすけた廃墟だけが、過去に焼き打ちにあった名残だった。

 時には興味本位の冒険者が、名誉と神秘の島が欲しい異国の軍隊が、道をたどり島へと渡る。
 血気盛んな者も上陸すれば、そのまま毒気を抜かれた。
 目の前に広がるのは御伽噺に似た美しい風景だった。

 やわらかな緑の草が生い茂り、絡まる蔦に覆われた白い神殿の名残は美しく、ここそこから顔をのぞかせる動物たちの多さに目を丸くする。
 確かに廃墟で静けさが満ちていたけれど、そこは小鳥の声や小動物があふれてのどかとしか言いようがなく、噂に似合わない場所だった。
 この場所に相応しいのは自分たちのような剣を持って戦う男ではなく、神話の中にいる美しい少女や乙女の姿だろう。
 居心地悪いことこの上ない。
 おぼつかない足取りでウロウロと迷うように奥へと進むと、ポツン、と広場に女が立っている。

 その姿を一目見ると、男たちは歩むことを忘れた。
 女神が降臨したようだと、誰が言い出したのか。

 風に揺れる長い髪は月光を集めたよりも美しい銀色の光を放つ。
 人形のように表情の薄い面差しは、息を飲むほど整っていた。
 まばたきも忘れ、声をかけることも忘れてしまう。
 あれが魔女か、と思いながらも魅入られる。
 血色をした瞳はジッと、男たちの手にする武器を見ていた。
 緩やかな動きで細く白い指先が上がる。
 島に上陸してきた男たちを指さし、水のような冷やかさで言い放つのだ。

「仲間の血で、溺れるがいい」

 その瞬間。
 ドサリ、と数名が倒れる。
 その周りには突如現れた赤い球体が、フルリと震えながら宙に浮かんでいた。
 魔女の口もとがかすかに動き、ひっそりと笑う。
 揺れるたびに赤黒い色をした雫を散らす不思議な液体が、ゆるゆると形を変えてうねり始めた。

 突然の怪異に、魔女から遠ざかる道を選ぶ。
 仲間を助け起こすために、近くにいた者は仲間の身体に触れた。
 手に触れた身体があまりに軽く、助け手が金属のように固く鋭い悲鳴を上げるのはすぐのことだった。
 仲間の手も顔も身体も、カラカラに干からびていた。
 一滴の血潮も残っていないかのようだ。

 かすかに動く手が、助け起こそうとした者の上着をつかむ。
 声にならない声がヒュウヒュウと笛のような乾いた音をたてながら、かさついたミイラのような顔で見上げてくる。
 あまりの変貌ぶりに、怯えた仲間は身を引こうとする。

 それを許さなかったのは、上空から襲いかかった赤い液体だった。
 それがつい先ほどまで仲間の身体を駆け巡っていた、熱い血潮だと理解する者はいない。
 形を細長く返ると蛇のようにクルリとうねり、男たちの顔にまとわりつく。

 コプリ、と空気の泡が血の蛇の中ではじけた。
 鉄くさい深紅の液体をはがそうとしても、むなしくその手は自らの肌をかきむしるだけだ。
 ドサリ、ドサリと倒れていく仲間の様子を見て、狂乱して悲鳴を上げる残った者たちに、血の蛇を従えた魔女は言う。

「去ね。二度と来るな」

 傲慢とも言える言葉とともに、チャプン、と音をたてて血の蛇は消える。
 後ろも水逃げ出そうとする男たちに、連れていけ、と短く魔女は言う。
 指し示すのが倒れた仲間だと知り、肩に担ぎ、背負い、這う這うの体で逃げだす。

 あっという間に魔女討伐にきた者たちは島を離れる。
 二度とここに足を踏み入れてはいけない。
 自戒だけを胸にして、禁忌の場所と広めながら遠ざかる。
 干からびていた仲間の身体に、潤いが戻っていることには、誰も気づかない。
 溺れた男たちも軽く痙攣しながらコフリと飲み込んだ血を吐き出し、淡く痙攣していた。
 処置がよければ、おそらく命は長らえるだろう。

 いつも、いつも。
 見送るのは背中ばかり。

 魔女が空を見てポツンと吐き出す、この場所を穢されたくはない、という悲しい声を聞く者はいない。
 島に点在している小石を積み上げた塔は墓だった。
 共に過ごした者も、襲い来る兵たちも、平等に荒れ狂う水は飲み込んだ。
 水は命の源であると同時に、傍らに死もひきつれている。

 善も悪もない。
 尊厳も侮蔑も同じ。
 命は尊くとも儚い。
 何がよくて、何が悪いかなど、考えても意味はないのだ。

 恐怖と畏怖を胸にこの地を去った者は二度と訪れない。
 非道である必要があっても、自らの凶行に空虚な感覚だけが残る。

 かつての巫女も、今では残虐な魔女と呼ばれる。
 悲劇と呼ばれる災害は、自然に起こったものではなかった。
 自らが引き起こしたことだと理解していても、憎しみは消えない。
 それでも、憎悪の量と等しい悲しみが胸に満ちている。

 ポツリ、と透明な雫が頬を伝いこぼれ落ちた。
 とめどない感情が涙とともにあふれ、魔女の胸の奥を満たす。
 強すぎる水の力は、命を奪うことしかできないのだ。

 ただ一人生き延びた惨劇の日から、人知れず水の力の暴走で失った者たちを弔い続けていた。
 墓標を守る彼女の名を知る者は、どこにもいない。

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