短編集 ちょっぴり異世界

水の魔女と炎の竜 6

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 水面に雫の王冠がはじけた。
 無数の波紋が表面を乱し、木漏れ日に照らされテラテラと光りながら、引き込まれる身体はあっという間に遠ざかっていく。
 真水の透明さは木立の陰を幾重にも塗り重ね、果てなく沈む泉の底は闇のように暗い。
 衣に含まれた空気が細やかな泡となってあふれ、シャンパンに落ちたブドウのようにマーレたちを翻弄した。
 マーレの白い衣装が、ナディの桜色の衣装が、底へと引き込まれる渦の中で踊り狂う。
 しがみつく少女の身体を離さないように、マーレはしっかりと抱きしめた。
 はじける泡の中で、泉の水へと意識を伸ばしていく。

 水。
 命を司るモノ。
 命の源であるモノ。
 命ある人の生の営みを、水は脅かしたりはしない。

 力を帯びた泉の水がゆるりと、マーレを取り囲むようにうごめいた。
 球体の膜をイメージすれば、水は透明な球を形作る。
 吐き出した空気のかわりに、泉の水が肺を満たしていく。
 コプリ、と小さなあぶくが口からあふれ、身体の中に入り込んでくる質量のある冷たさに身体をこわばらせた。

 緊張の時は、数瞬だった。
 陸にいるときと同じように、自然な呼吸ができた。
 肺を満たすのは冷たい水だったけれど、胸苦しくなることはない。
 これならば助かるかもしれない、と思った。
 腕の中にいるナディを強く抱きしめた。
 マーレは瞳を閉じて、自分の周りに形作った水の球に力を注ぎ続ける。

 どれほどそうしていたか、マーレにはわからなかった。
 夕日、なのだろうか?
 泉の底に沈みこんだまま水面に目をやれば、真っ赤な色に空が染まっていた。
 マーレは朦朧とした頭で考える。
 黒い煙がいく筋もたなびいているから、炎の色かもしれない。

 身体が痺れるように冷たかった。
 肺を満たすのも身体を押し包むのも、わき出す泉の冷たさそのもので、とっくの昔にマーレの感覚を奪っていた。

 それでもナディの身体は離さなかった。
 もう少しよ、と声をかけてあげたかったけれど、水の中ではままならない。

 ナディはマーレの力を知らない。
 冷たい水の底に沈んだままで、どれほど不安なことだろう。
 身じろぎ一つしない少女に大丈夫だと伝えたくて、腕の中を見たマーレは顔をこわばらせた。

 血の気のない青白い顔。
 力ない腕が水の中をゆらゆらと漂っていた。
 ナディ、とその身体を揺らしたけれど、反応は返ってこなかった。
 冷たく凍える水と同じ温度で、少女の身体は頼りないままだ。
 ぼんやりと開いた瞳の中に、生の光はなかった。

 声のない悲鳴をマーレはあげた。
 ナディ! ナディ! と声にならない声で呼びかける。
 水の力が馴染まなかったのか、心臓が水の冷たさに耐えられなかったのか、わからない。
 どんなに揺らしてもクタリと力の抜けた身体は、人形のように水の中をたゆたうばかりだ。

 一度失われた温もりは、二度と戻らない。
 あふれてくる涙が、泉の水にそのまま溶けて消えた。
 どうしてですか? と神に問いかける。
 決められた手順通りに祀り、毎日のように祈りをささげた。

 それなのに。
 それなのに、と混乱した感情が乱れ惑う。

 幼いナディにはなんの罪もない。
 ただ、助けたいだけだった。
 マーレ自身よりも、小さくて可愛らしいナディを守れたらそれでよかったのに。

 それとも、と荒れた感情が湧き上がる。
 これは、神の存在を心から信じていなかった、私への罰ですか?
 ナディは何一つ悪くないのに。

 力は、なんのためにあるの?

 答えは目の前にあった。
 今、マーレ前で現実の力が、圧倒的な破壊として行使されている。

 血と死を一方的にぶつけてくる、理不尽な暴力。
 罪なき街を襲い、穏やかな神殿を駆逐し、ただ穏やかに暮らす人々を殺す、自らの欲望を満たすための力を、マーレは激しく憎んだ。
 嫌悪と憎悪が心を揺さぶり、身体の奥深くに隠れていた力とともに膨れ上がる。
 憤り、惑い、荒れ狂うマーレの感情を止める者はどこにもいない。

 ドクン! と胸の奥で何かがはじけた。
 膨れ上がる力に耐えきれなくなったのか、耳にある炎のピアスが砕け散る。

 島そのものが震え、泉の水が青白い光を帯びる。
 泉だけではない。
 島の周りの海水も渦を巻きはじめる。
 轟々と不安をあおる強い音も地の底から響きだした。
 強奪に興じていた兵士たちは、突然の怪異に動きを止めた。

 震える大地に動揺を隠せない。
 刹那のうちに困惑と恐怖が場を支配する。
 狂乱のまま逃げ惑う人々の前にも、逃げ場はなかった。

 マーレの叫びが水を狂わせていく。

 神なんて、もう信じない。
 理不尽な暴力には、同じだけの理不尽を与えてやる。

 水平線を揺るがして押し寄せる怒涛に、人はなすすべもない。
 人も、街も、島も、すべてが荒れ狂う水に巻かれた。
 ドウドウと迫る恐ろしい勢いのまま、何もかもが押し流されていく。

 すべてを飲み込んだ渦の行方を知るのは、沈みゆく夕日だけった。

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