短編集 ちょっぴり異世界

水の魔女と炎の竜 5

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 大祭が近づく。
 開催される一カ月ほど前から、神殿の周囲はにぎわい始めている。
 海辺の神殿は水と太陽を司っているので信仰者も多く、大陸に存在する大小さまざまな王国も恩恵を受けようと、神事の日に合わせて国主がやってくるのが通例だった。
 長く滞在する者もいれば、神事のある三日ほどだけ訪れる者もいる。
 華やかな人々が近隣の都市にもあふれるので、外交で神殿周辺の地域は潤っていた。
 海の神殿にも干潮の時にいろいろな物資が運ばれてくる。
 神への捧げ物として奉納される宝飾や珍味だけではない。
 訪れる貴人用の寝具一つをとっても金糸銀糸で彩られた豪奢なもので、なにげない銀杯だけでもおびただしい数が用意される。
 生活必需品だけでも息をのむような豪華さなのだ。
 大祭には世界の富が集まると噂されるのは、あながち嘘ではなかった。

 奉納の祈りと舞を捧げる巫女たちも毎年のように新たな衣装をあつらえるので、乙女らしく色鮮やかな布や宝飾を前にして心を浮き立たせている。
 仮縫いが出来上がると十人一組ぐらいのローテーションで、衣装の試着をして出来上がりを見る。
 自分自身が着飾ることにマーレは興味がなかったけれど、周囲の者たちの弾んだ喜びに満ちた雰囲気が好きだった。
 集団演舞は全員参加なので幼いナディも淡い桜色の布地を選び、試着を心待ちにしていたので、祭服に袖を通して声を弾ませている。
 やわらかで薄い布を花びらのように何枚も重ねた造りなので、ナディは花の妖精みたいだとマーレは思った。

「あの、どこかおかしくはありませんか?」
「とても可愛いわ、ナディ」
 はじけるような笑顔が向けられ、紅潮した頬を指先でつつきたい衝動に駆られながら、マーレは静かに微笑んだ。
「マーレ様もよくお似合いです!」

 そうかしら? と自分のまとっている祭服を見たけれど、鏡がないのでピンとこない。
 光沢のある白の布地をふんだんに使った衣装に、細工の施された黄金のベルト。
 用意される装飾品にはマーレの瞳と同じ色をした紅玉があしらわれている。
 頭からかぶる日よけのベールも、金糸銀糸で刺繍を施された豪華な品だ。
 ため息が出るほど綺麗な衣装だとは思う。
 それを自分がまとうことで見た目に良い変化が起こっているらしいが、憧憬の眼差しを向けられても実感は持てなかった。
 着飾ることに興味があれば、ナディのように浮き立つ心で喜べたかもしれない。

 ほんの少しさみしい気持ちになったとき。
 緊急を告げるホラ貝の音が辺りに響き渡る。
 剣呑な空気が満ちて、それまで笑っていた巫女たちも表情を消した。
 陸地のほうからも、陸地に続く道のほうからも、喧騒に似た悲鳴とホラ貝の音が混じり合いながら、乱れた気配が押し寄せてくる。

「なにが起こっているの?」

 オロオロする巫女たちの不安を、遠くから聞こえてくる悲鳴があおる。
 窓から外をのぞいてみると、バタバタとせわしなく動き回る人々は、行き場もわからなくて唯右往左往しているだけだった。
 陸地を見れば黒い煙がいく筋も立ち上っていて、思わず身を震わせた。
 尋常ではない凶事が起こっている。
 遠見の能力を持っている巫女が現状を把握しようとして目を閉じたが、すぐに細い悲鳴をあげた。

「戦だわ! ノルマーディックの旗を持つ軍隊に街が襲われてる」
 ノルマーディックは北方の山岳にある国だが、最近は目覚ましい勢いでその領地を広げていた。
 恵みの少ない過酷な環境だからかもしれない。
 屈強の軍隊を持つ彼らが、恵みの多い南へと国土を広げながら進行をしているのは知っていた。
 動揺を隠せないまま、遠見の巫女は震える声で告げる。
「海を渡ってここにも来るわ」

 神殿は神の領域だ。
 絶対不可侵の決まりにより、どこにも属さない自治区でもある。
 まさかそこを征服しようと戦をしかけてくる者が現れるなんて、誰ひとり想定していなかった。
 干潮の今は、陸と神殿もつながっている。
 神殿には神官や巫女だけではなく、聖戦士も存在しているが数は非常に少なかった。
 そもそも神殿は神を敬い祭るから外部の人間にも広く開かれた場所で、軍隊との戦いなど想定すらしていないから、侵略にあらがうすべはなかった。

「逃げなくては!」
 オロオロしたまま部屋の外へ走り出す者もいて、仮縫いで集まっていた巫女たちも混乱に飲み込まれる。
 ナディは恐れて震えながら、マーレの腕にしがみついた。
 ギュッと固く身を寄せてくるその小さな少女を、マーレは抱きしめる。
「大丈夫よ、落ち着いて」
 根拠もなくそう慰めることしかできない。

 部屋の中はいつの間にかガランとしていたけれど、マーレは忙しく思考を巡らせる。
 陸につながる道はたった一つ。
 干潮を狙って軍隊が向かってきているなら道はふさがれ、この島から出ることはできない。
 それならば、隠れる場所を探さなくては。
 幸い、巫女たちが居住する建物は島の奥に位置するので、他の場所よりも兵たちが押し寄せてくる時間は遅いはずだった。
 とはいえ、建物の中には隠し部屋も隠し扉も存在しない。
 ワインや食材をしまう地下室は存在するけれど、身を隠す造りをしていないから返って逃げ場を失うだけだ。

 考えれば考えるほど行き先を失ってしまう。
 他の者たちのように惑いながら走り回り、兵士に殺されるしかないのかも。
 そんな不安がマーレの胸にも湧き上がる。

 狂ったようにあちらこちらから警告の音が響いて、悲鳴とともに空気を切り裂く。
 軍隊が島にたどりついたのかもしれない。
 マーレの耳にもはっきりわかるほど、乱れた喧騒が近づいてくる。
 でも、あきらめたら終わりだ。
 腕の中にいるナディのあたたかな体温に、せめてこの子だけは救いたい、と必死で思考を巡らせた。

 おそらく彼らの狙いは集められた宝飾や宝具で、神殿やこの島には興味がないはずだ。
 奪ってしまえば、遠くに去っていくだろう。
 短ければ今日の日暮れ。
 長くても一晩、隠れることさえできれば彼らは去り、きっと生き残れる。

 ふっと気付く。
 マーレは水の力を持っていた。
 もしかしたら水の力を使って、泉の中に隠れることができるかもしれない。
 マーレはナディの手を引いて走り出す。
 青ざめてこわばった表情のまま、ナディはマーレに従った。
 気を抜けば恐怖に崩れ落ちそうな膝を動かし、奥宮の中でも特に奥まった場所にある泉を目指す。
 強く握りあった手のひらも感覚が痺れ、血の気を失い冷えきっていた。

 泉は澄んだ水をたたえていたが、深く底が見えない。
 小さな森のように広葉樹が生い茂り、暗く影を落としているから果てのない深淵のようだった。
 マーレは今まで、まともに自分自身の力を使ったことはなかった。
 だから、思い通りになるかどうかすらわからない。
 でも、なにもせずに殺されるよりはマシだろう。
 泉の中に進もうとしたマーレの手を、ナディは驚いたように強く引いた。

「マーレ様!」
 身を投げると勘違いしたのだろう。
 ナディの血の気を失った表情に、マーレはできるだけ優しく微笑んだ。
 しばらく見つめ合っていたが、ほうっとナディが細い息を吐いた。
 そして、マーレ様はお綺麗だから、と言った時と同じ笑顔を見せる。

「斬られたり穢されたりするより、きっといいことなんですね」
 ポツンと落ちた言葉を、マーレは否定できなかった。
 上手く力を使えなければ、身投げと変わらない。
 私を信じて、とはとても言えなかった。

 それでも、神様、と心の中で祈った。
 本当に神様がいるのなら、せめてナディだけでも救ってください。
 しがみつく手の強さと怯えを感じながら、そのままマーレは泉の中へと勢いよく身を投げた。

 水面を乱す波紋。
 砕けたクリスタルのように細かなしぶきがあがる。
 あっという間に水の冷たさが身体を押し包む。
 ほんのわずかな希望を胸に、マーレは小さな少女を腕の中に抱きこんだ。

「ナディ、ずっと一緒よ」

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