短編集 ちょっぴり異世界

水の魔女と炎の竜 3

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 しばらく美しい人たちをぼんやり見ていたが、マーレはふと正気に戻る。
 いつまでもキャンプに戻らなければ、見張りの者が心配して探しにくるだろう。
 荷としてではなく人として大切に扱われていることは知っていたので、そんな手を煩わせるような迷惑をかけたくなかった。

 水筒のふたを開けると、オアシスに歩み寄り右手をのばす。
 マーレが持つ水の力は直接対象物に作用するから、他の者たちのように呪文の詠唱や魔法陣の必要はない。
 軽くパチンと指をはじけば、水面に波紋が広がった。
 オアシスの表面は荒野の塵が混じっているので集中し、少し深いところにある澄んだ水に指先と同時に意識を伸ばす。

 透明な水。ひんやりと冷たい、透き通った命の源。
 命を潤す水を見えない手でからめとり、指先に巻きつけると同時に振り上げた。
 パシャン! と軽い音をたてて、飛び出した水がうねる蛇のように空を泳ぐ。
 太陽の光に照らされ、細い水流は小さな水滴を散らしながらキラキラと輝いた。
 純粋に綺麗だと思いながら、引き寄せようと指先を曲げたようとした時。
 異変が起こった。

 青白い炎の帯がいきなり現れ、水の蛇にまとわりついてくる。
 シュンッと軽い音をたてて泡立ち、静かに沸騰しながら水はのたうちまわる。
 驚いてマーレの意識が離れても細い水流は巻きつく炎に支えられて、しばらく空中をうねり泳いでいた。
 こんなことは初めてだった。

 何が何だか分からなくなって狼狽しているうちに、水と炎の蛇は絡み合いながらシュルリと空中を泳いでマーレの元にやってくる。
 そして当たり前のように、マーレが手にした水筒の中へと姿を消した。
 チュンッと小さな音をたてて納まった水の重みは、幻ではなく現実だった。

 マーレはひどく混乱した。
 軽く揺らしてみると、確かな水の音がした。
 炎に巻きつかれていたはずなのに、皮の水筒に触れるとオアシスと同じくひんやりとした温度だった。
 少し迷ったけれど、震える指先でふたを閉める。

「ここの水は一度沸かさないと飲めない」
 突然、背後から声が響く。
 同時にシャラランと澄んだ鈴の音が聞こえた。
 それがあまりに近かったので、マーレは驚いて音のした方角に顔を向ける。
 思わず後ずさったのは、本能的な反射だった。
 衝動にしたがって逃げなかったのは、姿を見せた人物に目を奪われたからだ。
 息をのみ、まばたきすることも忘れる。

 厳しい表情をした少年だった。
 歳は十四~五歳に見えた。
 子供でも大人でもなく、成長期独特のしなやかさを備えていた。
 むき出しのまま長く編まれた黒髪には、金の飾り輪が良く似合う。
 チリチリと音を立てているのは腕輪の鈴で、両腕に細い細工物を無数に連ねて豪奢だった。
 鮮やかな深紅の衣装は色濃かったけれど、仕立て方は長が挨拶している一団と同じだから、彼らの仲間なのだろう。
 少年は年齢よりも威風堂々としていたし、装いも手伝って異国の王族にも見える独特の雰囲気があった。

 なによりも印象的なのは青い瞳だ。
 マーレが知る誰よりも深い色をしていた。
 暗くもなく、濁りもなく、晴れた空よりも透き通っている瞳。
 ベール越しですら、吸いこまれてしまいそうな瞳の深さから目が離せなくなる。
 威圧感がある強い眼差しも、不思議と怖くなかった。
 まばたきも忘れて、不敬と言われても仕方ないほど長く視線を合わせていた。

「あなたは誰?」
 震える声でやっとそう尋ねると、少年は淡く微笑んだ。
「君の名前を教えてくれるなら……」

 その口調が表情に似合わず優しかったから、うながされるままに「マーレ」と答えた。
 少年は何度か口の中でマーレの名前を繰り返していたけれど、マーレの視線に気づいてキビキビした口調で「アルティメットホルス」と自身の名を告げる。
 変わった名前だと思ったけれど、彼にとってはマーレの名前もそうかもしれない。
 そんなふうに思いながら、今まで聞いたことのない長い名を舌の上で転がした。
 変わった響きのその名前は不思議と口に馴染む。

「ホルスでいい」
 コクリとうなずいたら、ホルスは満足そうにうなずいた。
 緩んだ空気にマーレはほっと肩の力を抜いたけれど、なにか話さなくてはと思うと同時に、遠くでマーレを探す声が聞こえた。
 水を汲みに行ったまま戻ってこないマーレを、見張りの者が心配し始めたのだろう。
 木立があるので姿も見えないはずだから、探しに来る前にキャンプに戻らなくてはならない。
 少し名残惜しいけれど、マーレは「さよなら」と言った。

 身をひるがえすと、手首をつかまれた。
 獲物をとらえた獣のような強引さでマーレを引き寄せると、ホルスはベールをめくりあげる。
 直接浴びる日の光のまぶしさに、マーレはきつく瞼を閉じた。

 唇に、熱が落ちてきた。
 明らかに自分ではない体温。
 マーレは幼すぎて、その行為の意味が理解できなかった。
 奪う熱さで、唇が重なっている。
 ホルスの吐息が頬に触れ、うまく息ができない。
 逃れられない強さで押しつけられている、他人の熱にジリジリと唇から焦げてしまいそうだ。
 混乱したまま突き放すことも、受け入れることもできず、マーレは固く目を閉じたまま身をすくませることしかできない。

 チリ、と両方の耳たぶに軽い痛みが走った。
 同時にホルスの熱が離れ、ふわりと降りてきたベールが軽く頬を叩く。
 ゆっくりと目を開けると、ホルスが一歩退くところだった。
 青い瞳の奥で、強い意志が炎のように揺らめきながら燃えていた。

「約束は交わされた。君は僕の運命の人」

 僕は炎。君は水。
 僕は竜で、君は人間だけど。
 僕に君が必要で、君に僕が必要だから。
 たとえ世界を敵に回しても、運命の輪は惹かれあいながら巡るだろう。
 だから今日の出会いは必然だ、と。
 歌うように告げて、ホルスは淡く微笑んだ。

「マーレ。今は遠く離れても……いつか君を迎えに行く」

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