短編集 ちょっぴり異世界

水の魔女と炎の竜 2

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 それから数カ月。
 商隊には強い魔力を使う者も、乳幼児を持つ母親も多く、頼る大人には事欠かなかった。
 村ではずっと押し黙っていたから、感情の起伏を表すことを知らなかった。
 涼しげで表情が薄いから大人びて見えても、実際は人との関わり方を知らないだけだった。
 不可思議な能力はこの商隊の中だと特異ではなかったことも手伝って、存在を受け入れてくれる人たちの中では、マーレはちょっと変わった十歳の子供でいられた。

 話すことを覚えた。
 学ぶ意味を知った。
 声をかければ、声が返ってきた。
 教えを請い、応えてくれる人がいるのは嬉しかった。

 書物から得ていたただの知識が、現実に変わる。
 巡る旅。これが街。そこここにある人の暮らし。
 空も大地も命が満ちていて、知っているだけの名前に色や匂いや触感が加わっていく。
 書物の中にしか存在しなかった世界が、自分の世界と重なるのは衝撃的な体験だった。

 そしてマーレは、自分の持つ能力の本質を教わった。
 本質を知れば、扱い方を意識することができた。

 水の力。
 マーレの持つ水の力は、液体としての水分に影響を及ぼすだけではなかった。
 生きとし生きるモノを潤す命そのものに関わる能力。
 体内を駆け巡る血潮も、地を潤す水流も、命を司る水に変わりなかった。
 だからこそ願うだけで花も果実も乾いたのだ。
 それはやはりマーレの母の死は、マーレの力が関与していた証明にもなったので、心の奥に濃い影を残したけれど、同時に強い自制の念も沸いた。
 マーレは自分の力を使って、もう誰も傷つけたくなかった。

 そのためにも自分を知る。
 ただそれだけで世界が広がり動き出す。

 マーレが望みさえすれば、一度は乾いた花や果実も瑞々しさを取り戻す。
 思い通りに制御することは、簡単ではなかったけれど、ゆっくりとゆっくりと繰り返し練習していく。
 商隊で過ごす毎日は、マーレにとって貴重な時間になっていく。

 命が生きるには過酷な環境でも、商隊が進む荒野は荘厳な光を湛えていた。
 すっぽりと全身を覆う白い長衣が風をはらみ、登り始めた朝日に美しく輝く。
 昼間は灼熱の太陽が顔を出すので、夜の間に移動するのだ。
 細かな砂利を踏む音と、ヒュルリと細く鳴く風だけが、生き物の気配。
 赤い血の色をした瞳に太陽は毒の強さで迫ってきたが、砂よけの濃いベールが守ってくれる。
 ほんのわずかな湿り気を帯びた夜の空気が、ほのかなモヤになって光に溶けた。
 急速に水の気配が失せるのを、マーレだけは肌で感じる。
 紺から菫色に移り変わり、あっという間に暁の淡い金色に染まる荒野は、ただひたすら美しく厳しかった。

 このまま森を越え、草原を越え、いくつもの都市を過ぎさった。
 今、歩んでいる乾いた荒野を越えれば、壮大な帝国や新たな都市。深い森林があると長は言った。
 そして、マーレが見たこともない青い海原が、マーレのたどりつくべき場所になる。
 いいところだと憧れを含んだ声で語り、当たり前の顔で透明な空や海の話をする大人たちに、マーレは少なからず動揺した。
 商隊で過ごす時間が永遠であればいいと願い、そんなところには行きたくないと思っても、自分が運ばれるただの荷物だと突きつけられた気がした。

 嫌だと言って幼い子供みたいに泣きわめくことを、マーレは知らなかった。
 それは変えようのないことだと悟っていたから、染みついた諦念に身をゆだね、深いため息をひとつだけ落とす。
 せめて、荒野が果てもなく続けばいいのに……と願うだけだ。
 叶わない願いだとわかっていたけれど、広い荒野はまだ半分を残していることが救いだった。

 浮き上がった太陽が地平線から離れ炎天が降り注ぐ前に、商隊はオアシスにたどりつく。
 ラクダを休ませるために、三日間停泊すると告げられた。
 細くしなやかな支柱を立て、キツイ日差しを遮る黒い布を人々は張り巡らせた。
 風を通すために横を遮る布もなく、膝立ちで進むしかない低い屋根を張っただけの簡素なつくりだが、敷布を敷けば十分に涼しくくつろげた。
 乾季なので強い日差しが防げれば、それで十分なのだ。
 血肉を沸騰させるような昼の日差しが牙をむく前に、人々は簡素な食事を取り数名の見張りを残して眠りに落ちる。

 マーレは濃いベールをかぶったまま、そっとテントを離れた。
 見張りの者が不思議そうに見ているので、胸に抱いた水筒をそっと見せる。
 薄くつぶれた皮の様子に水を汲みに行くのだと見張りはひと目で理解した。
 あまり遠くにいかないように仕草で告げてくるので、コクリとうなずいてマーレはオアシスへと歩き出した。

 足元にはやわらかな草が生えていた。
 オアシスに近づくと小さな花も咲いていて、のどかな調子で小鳥も鳴いていた。
 小さな森みたいだとマーレは思った。
 数はそれほど多くないが背の高い木立も大きく枝を広げ、水の気配が濃くなれば緑も深くなる。
 水際に立てば対岸が遠く、まるで湖のように大きなオアシスだった。

 目を凝らして見れば、水を求めてテントを張っているのは、マーレのいる商隊だけではないとわかった。
 それほど遠くない場所に停泊しているいくつかの団体に、マーレの隊商の長が挨拶もかねて巡っている姿が見えた。
 中でも目を引いたのは丸いドーム型のテントだ。
 定住もできそうなしっかりした作りで、マーレがはじめて見る形だった。

 忙しく動く人々はベール越しに見ても色鮮やかだ。
 淡い色をした衣服も水色や乳白色でなめらかな光沢があり、マーレの着ているサラリとした白の衣装とは布の質からして違う。
 日よけの頭巾も肩下までと短く、きらびやかな金や銀の宝飾の輪で止めている。
 男女関係なく緩やかに編まれた紙は長く、風にやわらかく揺れていた。
 白い肌に金や銀の髪を持つ彼らは、神話から抜け出た神々のようにも見える。
 荒野を旅する一団にしては、あまりに美しい。
 とはいえ、マーレが知っているのは生まれた村と商隊に入ってからの小さな世界だけなので、何を見ても珍しくて特別なのだけど。

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