短編集 ちょっぴり異世界

水の魔女と炎の竜 1

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 夜明けが近い。
 地平線に太陽の兆しが現れる。
 闇の色が急速に遠ざかっていくのを、ラクダの背にゆられながらマーレは見ていた。
 砂よけのベール越しでも差し込んでくる金の光がまぶしくて、思わず目を細めてしまう。
 荒野の夜明けは急速で、伸びてくる陽光で世界が黄金色に染まっていく。
 綺麗……と声にならない小さな呟きが、コロンと胸の奥に転がり落ちた。

 マーレがいるのは、劇団も兼ねた大きな商隊だった。
 芸を売り、品を売り、人も売る。
 売るだけではなく、依頼があれば運び屋にもなる。
 街から街へ、旅から旅へ。
 大陸の西から東へ一年かけて移動し、東から西へと一年かけて同じ道をたどる。
 荒野に入るときに乗り換えたラクダの背には荷が括りつけられ、男たちは歩き女・子供はその背にいた。
 ところどころに顔を出しているゴツゴツとした石を避け、五〇頭ほど連なるラクダの群れはゆっくりと歩み続ける。

 マーレは商隊の一員ではなく、運ばれる品物のひとつだった。
 売られたわけではない。
 海辺の神殿に届けられる、扱いにくい稀有な能力を宿すモノのひとつ。
 十歳の少女には似つかわしくない感情の薄い大人びた表情。
 雪のように白い肌。月光のように輝く白銀の髪。血色の瞳は紅玉のようにきらめく。
 誰もが見慣れぬ色だと振り返り、その顔立ちに気付くと思わず息を飲んだ。
 珍しい色彩を纏うマーレは、人形のように美しい少女だった。
 日の光に弱い瞳を守るために日中はベールをかぶっていたけれど、それでも端麗な面差しは隠しきれない。
 商隊の長の「神殿に隠すのは惜しい」とため息をついたその意味は、マーレにはわからなかった。
 ただ、自分の容姿のおかげでただ運ばれるだけの荷ではなく、特別な子供として待遇が良いのだと理解した。
 扱われ方に戸惑ったのは、大事にされることになれないからだ。
 マーレは美しい太陽の光に包まれながら、数か月前まで暮らしていた生まれ育った村に思いを巡らせる。

 マーレの母はお産のその日に亡くなった。
 母を失った元凶だと、悲しむ父はマーレを見なかった。
 それだけであれば祖父母も憐れと慈しんだかも知れない。
 看取ることも亡骸と対面することも家族は許されず、埋葬された後に死亡した事実が伝えられた。
 なぜ? と慟哭を帯びた家族の問いかけに、応えるのは重い沈黙。
 真実を知っているのはマーレを取り上げた産婆と村の占い師だけ。

 マーレの母は産褥の血も流さず干からびるように亡くなったと、ひっそりと妙な噂が流れたのはいつからだったか。
 それでも子供を養う余裕がある家庭だったので、マーレは家族と共に暮らすことになった。
 だからマーレは、衣食住には困ることはなかった。
 学者だった曽祖父が集めた本が大量に書庫にある大きな家でもあったことも幸いした。
 書庫に置かれている魔石のはめられた虫眼鏡を使えば、書物に書き記された意味が脳裏に伝わってきて、人と関わらなくても知識を得ることができた。

 ただ、異質な子供であることを、村の誰もが知っていた。
 噂のせいだけではなかった。
 黒髪と黒い瞳を持つ容姿が当たり前の村の中で、銀の髪と血色の瞳はマーレの異質さを浮き上がらせるだけだった。
 家に閉じこもってばかりの、声を出し話すことない、異質な子供。
 夜にしか出歩かない、見慣れた人の姿からかけ離れた子供。
 それが村人から見たマーレだった。

 物心つくようになったマーレは、村人とは違う世界を見ていた。
 色素の薄いマーレには、陽の光はまぶしすぎた。
 その代わり夜はマーレに優しかった。
 月や星の輝く夜がマーレの外遊びの時間だった。
 花は美しかった。木々はおしゃべりだった。
 動物たちはマーレを見ると驚いて隠れたけれど、無害とわかると目の前で遊ぶようになった。
 害のある動物もいたはずだがマーレの血色の瞳と視線が合うと、ほんの少し動きを止めてどこかに消えて行った。
 危険だと書物で知っていた獣であっても、後ろ姿を見送るばかりだった。
 姿形は違うけれど、まるで人間みたいだとマーレは思っていた。
 マーレが姿を見せるとそれまで集まっていた人たちだけでなく、家族すらもスルリと遠ざかっていくから。
 声をかける相手はどこにもいない。

 それでも人は好きだった。
 こっそりと窓やカーテンの隙間からのぞく人々は、怒ったり笑ったりキラキラと輝く太陽に似ていた。
 昼間の強い光と同じで、見るだけの美しいモノ。
 美しいモノは自分と同じ姿かたちをしているのを、マーレは知っていた。
 太陽にはなれなくても、夜の光も太陽と同じくらい美しいから、同じようにキラキラしてみたいとマーレは思った。
 だから、村人のやっていることをひっそりと真似してみた。

 花を摘んだ。果実を集めた。共に暮らす家族のために。
 花を飾った。果実を食べた。普通の子供のように。
 集めた実りを台所のテーブルの上に置いておけば家族の表情が少し和らぐので、扉の隙間からそっと見ていた。
 たくさん集めれば家族が喜ぶと思ったけれど、食べきれる量には限りがあった。
 手をつけられず朽ちる実りが惜しく、もっと長く楽しみたいと願った。
 花も果実もそれだけで乾き、マーレの望みを叶えた。

 甘い香りを残した色鮮やかなドライフラワーも、甘味を凝縮したドライフルーツも、手にして願うだけで作りだせるマーレに、共に暮らしていた家族はひどく怯えた。
 望みを叶える能力は、普通の子供にはない能力だった。
 花や果実だけに向けられる力は、人の持つ力ではない。
 食料を腐敗させず保存できる貴重な能力かもしれないが、家族にとってそれは愛する妻であり愛する娘であるマーレの母が亡くなった日を思い出させた。
 その亡骸は身内に見せられぬほどカラカラに干からびていたという噂が、不安を助長させる。

 命を奪う可能性のある、制御のつかない異質な力。
 花だけならいい。果実だけならいい。
 それが母の命を奪ったのと同じく、無差別に人に向けられたらどうなるのか。
 想像するだけで恐ろしかった。

 マーレの異能。
 それは持って生まれた水の力だと告げたのは村の呪術師だった。
 緑の森に包まれた小さな村には、魔力を持つモノを導けるだけの設備も人材もいない。
 自らの力を制御する知識や経験がマーレには必要だと呪術師はおごそかに告げる。
 今のままではむき出しの刃と同じ。
 凶刃としてその身を打ち壊すのではなく、鞘となる神殿に向かわせると。
 幼い少女の命をつなぐ方法を示唆したのは、もしかしたら情けだったのかもしれない。
 否やと唱える者は、誰ひとりいなかった。
 誰とも交わらない少女は、村人にとってはただの忌人なのだ。

 凶事が起こる前に学ぶ必要があると言われても、幼いマーレには良くわからなかった。
 ただ、この村には自分の居場所がないと理解していたから、商隊と行きなさいと言われるままにうなずいた。
 ここに居場所がないなら、どこかに行って居場所がないのも同じことだ。
 少なくとも運ばれる間は、マーレに居場所ができる。

 巡ってきた商隊に、マーレは荷のような簡潔さで引き渡された。
 さよならを言う人も、さよならを言ってくれる人もいなかった。
 運び賃として家族が用意した金貨の詰まった袋は、誰もいない台所のテーブルの上に置かれていたから、マーレ自身が商隊の長に渡した。
 マーレの旅立ちを見届けたのは、立ち会いを任された呪術者だけだった。
 これが最後になるから良く見ておきなさいと商隊の長に言われたけれど、マーレは一度も振り返らなかった。
 すでに呪術者も姿を消し、シンと息を殺すように静まりかえった村を見るだけだから、振り返る意味を見いだせなかった。

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