短編集 恋の卵

やわらかで長いキス  最終話 二度目のキス

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 泣いてばかりの恋だった。
 吾妻先輩を思い出すたびに、泣いている自分に出会うから、胸の奥がキュッと痛くなる。

 追いかけることも考えた。
 待つことも考えた。
 だけど、あてのない人を待って、立ち止まってはいられない。
 もう二度と会うことはないとわかっている。

 好きだよって伝えてもらって、好きですって私も伝えて。
 たくさん泣いたけれど、膝を抱えてうずくまることなく、真っ直ぐに向かい合う想いをくれた。
 未来につながるモノは何もなかったけれど、それだけでよかった。
 ずるいキープの仕方はたくさんあるし、いくらでも耳触りのいい嘘もつけたのに、前を見て歩く勇気をくれた。
 遠距離になるからって潔く去って行った先輩の気持ちを無下にはしたくなかった。

 私は、先輩のいない「今の私」を生きていく。
 それが私にできる、精一杯の想いの返し方だった。

 別れた日から、五度目の春が来た。
 地元の大学に進学した私は、叔母の喫茶店でバイトをしながら日々を過ごしていた。
 身体の弱い叔母から、このまま正社員としてどうかしら? なんて打診もされていたので、就職活動もしていない。
 身内に頼らず一度は社会に出ろ、おまえは気まますぎると父親には怒られたけれど、叔母の店を手伝っているうちに夢ができていた。

 いつか自分のお店を持ちたい。

 私はコーヒーの豊かな香りや、ラテアートの繊細さにすっかり魅せられていた。
 チェーン店らしい気安さで入れるコーヒーショップが乱立しているし、喫茶業自体が出入りの多い業界なのはわかっている。
 だけど、本当に良い物は廃れないと思う。
 丁寧な手順でいれたコーヒーを飲むたびに、奥深い飲み物だと思う。

 私にできるかどうかはわからない。
 覚えることは数限りなくあるし、今は叔母に甘えるだけの身だ。
 だけど目の前のことを一生懸命にやっているうちに、出来ることも増えてきた。
 相変わらずしゃべるのは苦手だったけれど、バイトをしているうちに声を出すことや、お客様への対応も少しずつ慣れてきた。
 笑いながら常連さんと会話もできるようになった。

 すごいね、綾ちゃん。

 今の私を見たら、吾妻先輩はきっとそう言ってくれる。
 ふわっと笑う綺麗な顔立ちを想像してしまい、私は苦笑するしかない。
 もう会うこともない人なのに。
 待っている訳でもないし、想いの区切りはついていたけれど。
 私の中から、先輩が離れてくれない。

「そういう人のことを、拠り所、と言うのよ」
 私の話を聞いた叔母は、そっと教えてくれた。
 迷った時や悩んだ時にそっと支えてくれる、そんな想いをくれる人。

 大げさね~子供だったのよと、私は苦笑するしかない。
 私も先輩も不器用で、正直すぎたのだと思う。
 想いも真っ直ぐだった分、私の胸の奥まで飛び込んできた。
 初めての恋も、初めてのキスも、この先もきっと忘れられない。
 ひどいと思う瞬間があんなにたくさんあったのに、どうやって嫌いになればいいのか、わからない。
 暖かな眼差しで包み込むように、本当に好きだったのね、と叔母は微笑んだ。
 その慈しむような言葉に、私はうなずくことしかできない。

 喫茶店は不思議な場所だと思う。
 ふらりと立ち寄った一見さん。
 いつも同じ時間にくる常連さん。
 馴染みの店が休みの日にだけ現れる人もいれば、明らかに旅行者だとわかる人もいる。

 どこからか流れついた人たちを迎え入れて、ありがとうございましたと送りだす。
 振り返ることもなく去っていくたくさんの背中に、見送るだけの私の胸はチクリと痛む。
 この人たちはあてもなく流れているようで、たどり着く場所が歩いた先にちゃんと待っているのだ。

 会社であったり、自宅であったり。
 そこには待っている人がいて、日常生活もあって。
 人の数だけある、なにげない暮らし。

 せめて、訪れた人が気持ち良く歩けるように送り出そう。
 そんな気持ちでコーヒーを入れる。
 ラテのクマを描くことにも慣れた。
 絵筆を使うよりも、ミルクで描くクマは難しいけれど、コツはつかんだ。
 少しずつ、少しずつ、私は前に進んでいく。
 先輩との思い出も、薄らいでいくかもしれない。

 私がたどりつく場所はどこだろう?

 その行き場のない感じは、吾妻先輩といた時の「どうして?」の感覚に似ているから、好きが消えないのかもしれない。
 なんて感傷にひたりながら、閉店準備をすすめていく。
 叔母が病院に行ったから、今日は早めに店じまいをするのだ。
 だいぶ慣れてきたとはいえ、私一人で切り盛りすることはまだ無理だ。
 それが悔しくて、いつかきっとって夢が膨らんで。

 クローズの札を出して店の中に入って床の掃除をしていたら、チリンと扉のベルが鳴った。
 閉店の看板を出していても常連さんが入ってくることがあるので、またかと思いながら顔をあげたけれど、そのまま驚きで動けなくなってしまう。

 初めてのお客さんだった。
 だけど、その顔には見覚えがあった。
 綺麗な顔立ちも、少し癖のある長めの髪も記憶のままで。
 のばされた背筋やしっかりした肩幅は記憶の中よりもしっかりとして大人の骨格になっていたけれど、その人を目の前にすると懐かしさが先に立った。

「……吾妻先輩……」

 強くまばたきをして、目をこする。
 夢か幻だったら、あっという間に消えてしまうに違いない。
 だけど先輩は懐かしい表情で、ふわりとやわらかく笑う。

「綾ちゃん、好きだよ」

 不意打ちに、鼓動が跳ねた。
 ただいまも、久しぶりもなく、いきなりこの人は何を言い出すんだろう?
 だけどそれはとても先輩らしくて、本物だとわかってしまって。
 やっぱり私はあふれてくる涙を止められなくなってしまう。
 やっぱり別れた日と同じように、どうして? が頭の中を駆け巡る。

「就職、こっちで決めたから。この店のことは、元美術部の連中に聞いた」
 そんなふうに言いながら私の気持ちなんてお構いなしに、先輩は当たり前の調子で私の前に立つ。
 今まで連絡一つしてこなかったくせに、本当に勝手なことばかり言う人だ。
 もうとっくに終わったことだ言いたかったけれど、先輩の顔を見たらだめだった。
 私の気持ちなんて、ちっとも考えていないんだから。
 だけど、今でも先輩のことが好きだって、思い知らされる。
 涙が止まらない。

 泣かないで、と先輩の指先が私の頬に触れた。
 涙をぬぐってくれる優しい感覚が嬉しくて、そっと頬を寄せる。

 人見知りだった綾ちゃんがすごいねって言ってもらいたくて、毎日頑張っていたのに。
 仕事では話せるようになっても、私自身は何も変わってないってことなんだろう。
 先輩を前にすると、言葉がやっぱり出てこない。
 本当は笑顔で迎えたかったんだけどな。

「綾ちゃん、好きだよ。僕と付き合って」

 私の返事を待たずに、先輩は身をかがめてくる。
 いきなり、なにをするの? なんて突き放せるわけもなく。
 私は目を閉じた。

 唇と唇が触れあった。

 やわらかで、暖かい唇。
 もどかしくて、もっと触れあいたくて。
 言葉にしなくても、好きがあふれてしまう。

 互いの熱を求めて押し付けるでもなく、想いを重ね合わせるようなやわらかさでお互いを確かめた。
 深さはまるでないけれど、Yesしか認めないと告げるような熱を持っていたから。
 同じぐらいあふれそうな、私の好きも伝わるといいのにと願った。

 今の先輩を知りたいと思う。
 今の私も知ってほしいと思う。
 迷子にならないように、今度はちゃんと気持ちを伝えあって、ゆっくりと前に進んで行けたらいいと思う。

 私のたどりつく場所が、吾妻先輩の隣だったらとても嬉しいから。

 二度目のキス。
 それは別れたあの日よりもずっと、やわらかで長いキスだった。

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