虹猫椿

まったり恋愛・日常・友情などをテーマにした、オリジナル小説や詩も掲載しています。お気軽にどうぞ♪

美味しい関係 

短編集 ふんわりと

 あの人とつまらないことでケンカをした。
 原因はポテトサラダだ。リンゴを入れるか、入れないか。たったそれだけなのに。
 ケンカに発展するとは思ってもみなかった。
 でも、問題の根本は別にあるのだけれど。
 発端は、あの人の転勤だった。
 七月の終りに「突然だけど九月に県外に転勤が決まったんだ」ととってつけたような理由でプロポーズされた。あきれるような嬉しいような、表現しにくい気持ちになったけど、付き合いも三年目を迎えていたし、離れるのが嫌だったから、うんと私もうなずいた。
 そのままバタバタと慌ただしく準備して、転勤に合わせて忙しく結婚した。
 普通ならこれでハッピーエンド。
 これからはじまるのは、幸せな生活……のはずだったのに。
 なぜだろう?
 幸せいっぱいとは言い難い。
 もちろん不幸なんかではないのだけれど、何かがかみ合わない。
 荷物をほどいて、毎日の生活が軌道にのってくると、付き合っている頃には気付かなかった発見が色々ある。
 良いことも悪いことも両方あるけど、目につくのは悪いことだ。
 ここ最近のケンカの原因を思い返すと、ため息しか出ない。
 心の準備も不足していたし、自分以外の誰かと暮らすのって、本当に難しいと思う。
 本当に、取るに足りない小さなことが気にかかってしかたがない。気にする方がおかしいぐらい、小さな差異が原因になる。
 あの人の一挙一動が、小さな棘のようにチクチクと刺さるのだ。
 昨日の夜だって、本当に小さなことだった。
 サラダを作ろうと思って丸ごとジャガイモをゆでている時に、私がリンゴのウサギを作ったことが、あの人は気にいらなかったのだ。
「なんでそんなことするわけ? サラダに入れられないだろ?」
「え、それ、純粋に嫌いなの」
 私は個人的に、ポテトにまみれたリンゴが嫌いなのだ。シャクリとした爽やかなリンゴの食感にまとわりつく、マヨネーズで和えたポテトのねっとりした感じは、どうにも受け付けない。
 リンゴはリンゴとして、サラダはサラダで食べたい。
 でも、あの人はポテトが主体だと胸やけがするから、リンゴの酸味が中和していい感じになるのだと自論を展開して譲らなかった。
 別にどっちでもいい事だし、言い争いも嫌になって。
 あの人のリンゴをサラダ用に切って、自分好みに混ぜていいからねって出した。そうしたら、再び棘のある言葉が返ってきた。
「こっちは一日仕事してきたってのに、ホントに気が利かないよな。家で一日ゴロゴロしているだけなのに」
 ムッとした。確かに今の私は無職だ。
 引っ越したためしかたなく辞めただけで、私は持っている全てを手放した。仕事も、家族も、友達も、全部を手放したのに。
 親や友達にメールや電話はできるけど、気軽に出かける相手も見つけられず、一人になってしまった。会話をしようにも方言が違って、友達どころか知り合いすらできない。
 ハローワークも失業者ばかりがいっぱいで、仕事の登録数そのものが少ない。
 家事だって実家で母と一緒にやっていたから負担は少ないけど、一人で全部を手掛けるのは想像以上に手間取って疲れている。
 ひとりぼっちのまま誰にも相談できず、抱え込むしかないのに、それがゴロゴロ……?
「そこまで言うなら、自分一人で来ればよかったじゃない!」
 もう知るもんか。勝手にすればいいと言い置いて、私は寝室に逃げ込んで鍵をかけた。
 あの人はドンドン扉を叩いて「ゴメン」とか言っていたけど、私はすぐに顔を合わせる気分になれなかった。
 あの人の言葉の通りに、徹底的にゴロゴロすることに決めて、そのまま不貞寝した。
 朝起きると、あの人は仕事に出ていた。
 夕食を食べずに寝たから無性にお腹がすいてしまいう。音もなく、ガランとした台所のせいでよけいに飢えてしまった。
 あの人の使った食器は洗ってあった。
 ふと、テーブルの上に書き置きがあるのに気がついた。
「ごめん、言いすぎた」
 そう書いてあった。そっけないほど短くて、あきれると同時につい笑ってしまった。
 言い訳しないのが、あの人らしい。
 本当はサラダなんてどうでもよくて。
 きっと、仕事で行き詰っているとか、同僚の名前を覚えるだけで精いっぱいだとか、そういうことをわかってほしかったに違いない。
 そのぐらい私だってわかっている。
 でも、気持ちがささくれてしまうのだ。
 あの人も引越したばかりで、この土地に慣れていないのは知っている。仕事だって、内容やノウハウはわかっていても、まるきり違う場所なのだから初めましてと同じで、馴染むまで時間がかかるだろうし。
 家に帰っても私がいるから、独り暮らしの時とは違って自由になる時間や場所が減る。
 訳もなくイライラするのも仕方ないけど。
 だからって、私に当たらないでほしい。
 ついて来いって言ったのは、あの人なのだ。
 転勤と結婚で何もかも変ったのは、私だって同じ。私は属する会社も仕事もないから、ブラーンと宙ぶらりんのままなのが痛い。
 ゆらゆらと気持ちが揺れるばかり。
 話しても伝わらないけど手放したものは大きくて、なにもなくってうらやましいねってチクチクと言われたくない。
 私も大人げない調子でやさぐれていたところで、昨日のまま残っている鍋を見てしまった。
 蓋を開けると皮つきのジャガイモが、お鍋の底に冷たく沈んでいた。
 これ、どうしよう?
 しばらく悩んで、再び火にかけた。
 あたためないと、ジャガイモはうまくつぶれない。一晩水につかっていたので、ホクホク感は消えているかもしれないけれど、食べないままなんてかわいそうだ。
 さすがにサラダにする気になれなかった。
しばらく考え込んで、ふと思い出した。
 この前買った雑誌に、ジャガイモのパンが出ていた。部屋の隅に取り置きしたはずだ。
 探すとすぐにお目当ての雑誌が出てきた。
 チーズやレーズン、ニンジンやカボチャのパンの作り方ならすぐに忘れていただろうけど、ジャガイモのパンは印象に残っていた。
 レシピを確認して、簡単そうだったので嬉しくなった。我ながら単純だけど、イライラする時にパンを作るのって、かなり楽しい。
 思い切り叩きつけてやる、とほくそ笑む。
 ふっくらとしたビジュアルと、香ばしい香りを思い出し、なんだかウキウキしてきた。
 そういえば、ドライイーストは砂糖を食べて成長するんだっけ?
 イースト菌も人間も同じ。育つためには甘く優しい栄養が必要だと、誰かが言っていた。
 イースト菌が羨ましくなる。
 砂糖の甘さは率直で、言葉と違ってとてもわかりやすい。
 そんなことを思いながら粉類を混ぜ合わせ、潰したジャガイモと一緒にまとめた。
 ぬるま湯じゃなくて、ジャガイモのゆで汁を入れると書いてある。
 一晩浸かっていたから、ゆで汁にもジャガイモのエキスがよく出ているに違いない。
 溶かしバターとジャガイモのゆで汁を加えて、黒コショウも投入してこねあげていく。
 黒コショウを見て、またムカッとする。
 私はスパイス系が好きなのでマッシュポテトやサラダにも黒コショウやスパイスを使うけど、あの人は癖のある物が嫌いなのだ。
 スパイスは自分が食べる物だけにかけているのに、香りがきついと実に嫌な顔をされる。
 あの人に食べろなんて言ってないし、絶対に言うつもりもない。
 だけどあの人は「ありえない」なんてボソッと言う。
 私が食べているのを見るのも嫌って、かなり重症。
 愛情が消える訳じゃないけど、どうでもいい人じゃないから、その言葉の棘を大きく感じてしまう。きっと本当に言いたいことは、違うはずだけど、わざわざ突っかかってくる。
 わかってる。あの人の甘えを、サラリと聞き流せない私も重傷。
 結婚前は、そんなこと言われなかったから。
 やっぱり腹が立ってきて、パン生地をこねる手にも力が入る。
 思い切り私の怒りを叩きつけても、パン生地は偉大だ。イライラも腹立ちもそのまま受け止めて、どこまでも丸く大きく育つのだ。
 パンって不思議。安らいだ日よりも、苛立つ日においしくなる。
 感情すべてを叩きつけた今日のパンは、見事なほどふっくらと焼き上がるに違いない。
 出来上がりを想像すると嬉しくなる。
 発酵させる待ち時間も、実は好きだ。
 ゆっくりゆっくり大きくなる姿はかわいい。
 そっとオーブンレンジをのぞくと、ジャガイモのパンなんて初めてだけど二次発酵もうまくいったみたいだ。あとは二百度に温めたオーブンで、二十五分間焼くだけ。
 プニプニした生地をセットして、焼き上がりを待ちながらチャイでも作ろうかと考える。
 私の大好きな香辛料。ズラリと小瓶が並んでいるだけで、幸福感が湧いてくる。
 カルダモン、シナモン、クローブ、ジンジャーをたっぷり入れて、スパイシーな紅茶を楽しむのは私だけの幸せ。
 あの人の大嫌いな物を、あの人のいないうちに満喫してやるのだと心に決めた。
 その時。
 ピンポンと玄関のチャイムが鳴った。
 誰だろう? こっちには知り合いもいないし、宅急便だろうか?
 いぶかしがりながらもインターフォンのモニターを見ると、女の人が立っていた。
 年齢は私と同じぐらいだけど、少女めいた可愛らしい顔立ちをしている。
「どなたですか?」
「隣の佐藤です」
 お隣さん? 引越のバタバタで記憶があいまいだけど、確かに挨拶をした気がする。
 アパートの全世帯を急いで回ったし、顔を合わせたのは一度だけだったからすぐに思い出せなかった。なんだろうと思いながら扉を開けると、彼女は恥かしげに頬を染めていた。
「あの、突然ですけど、食べてください!」
 勢いよく差し出されたのは、お皿にのった手作りのアップルパイだった。
 美味しそうだけど、丸々ワンホールはかなり大きい。目をパチパチさせる私に、彼女はボソボソと言った。
「私……お菓子を作るのが趣味なのに、うちの人はリンゴは生がいいって不満ばっかりだし、シナモンの匂いが嫌いだって言うから、家に置いておけなくて。この前あなたをスパイス売場で見かけたから、こういうのも平気かもしれないと思って」
 私はビックリしてしまった。自分と同じ悩みを持っている人が、目の前に突然現れた。
 私が言葉を失っているのを誤解したのか、すみませんと彼女は謝った。
「嫌がられるのがわかっているのに、趣味だからって続けるのも変ですよね。でも、どうしても作りたくなって。私も八月に引越してきたばかりで、他に贈るあてもないんです。嫌いなら嫌いだと言ってくだされば……」
 小さな声でモゴモゴと付け足すので、思わず微笑んでしまった。真っ赤になってうつむいている姿がとてもかわいらしい。
 私と似た状況にいる人がすぐ近くにいたなんて、本当に不思議な気分だ。
 アップルパイを差し出す彼女の手は、プルプルと震えている。
 私はそっとそのお皿を受け取った。
「ジャガイモ、好きですか?」
 ありがとうと言うつもりだったのに、そんな台詞が口から飛び出ていた。
 当然ながら、彼女はポカンとした。
 言いだした私自身もビックリしていた。
「えっと、今、パンを焼いてるんです」
 どこから説明していいかわからなくて付け足すと、彼女は首をかしげる。大きな目がハムスターみたいにクリクリしていた。
 喧嘩ばかりでやさぐれた私と違って、彼女からは初々しい新婚さんの匂いがする。
「パン、ですか?」
 不思議がる声もかわいいなぁと思ったら、腹が決まった。大きなアップルパイに、大きく育ったパンって、なんだかいい感じだし。
「ジャガイモのパンです」
 そう言って胸を張る。
 誘ってなんぼ、だよね。断られたら「残念だった」で終わらせればいいのだ。
「ジャガイモのパン?」
 キョトンとしているから、私はうなずいた。
「ええ、ジャガイモのパンです。もうすぐ焼き上がるけど、私しか食べないから一緒にどうですか?」
 真顔で言うと、彼女は更に驚いた顔になる。
「あなたしか食べないんですか?」
「ええ。私しか食べない、かわいそうな好物なんです。お暇なら一緒にどうですか?」
 彼女は自分のアップルパイを見つめながら「かわいそうな好物……」とポツンと呟いた。
 そして、ふふふと笑った。
「私、お邪魔してもいいですか?」
 アハハと笑って私はうなずいた。
「もちろん。私もパンと同じで、ひとりぼっちのかわいそうな奴ですから」
「私もアップルパイと同じで、ひとりぼっちでかわいそうなんです」
 私たちは顔を見合わせてひとしきり笑い合った。声をあげて笑うなんて、ひさしぶりだ。
 ひとしきり笑った後で、ごちそうになりますと言って、彼女は頭を下げた。
 初チャレンジだから味の保証はないですと言って、私も頭を下げた。
 顔をあげて目が合うと、微笑みが自然にわいた。側にいるだけで安らぐ人だと思う。
 どうぞ、と彼女を部屋に招き入れる。
 香ばしい焼き立てパンの香りも、新しいつながりを歓迎していた。
 ようこそ、甘い笑顔の可愛らしいお隣さん。
 ひとりとひとりが集まると、きっとふたり以上の楽しい時間になる。
 今日から私たちは美味しい関係。
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月が見守る夜に 

短編集 恋の卵

 丸い月が出ていた。
 青白いほどに透き通った光が、シンシンと降り注いでくる。
 夜風が頬をなでて過ぎるから肌寒さを感じ、校舎の玄関を出るなり私は身をすくめた。
 そういえば、もうすぐ中秋の名月だ。
 どこまでも秋だなぁ~と思ったとたん、ふわっと後ろからジャージを頭にかけられた。
 びっくりして振り向くと、拓海がいた。
 同じ歳だし、近所に住む貴重な幼馴染だ。
 遅くなったから独りで帰る事が不安だったので、拓海が当たり前のように私の隣に並ぶからホッとして心が緩んだ。
「部活、終わったの?」
「お前こそ、文化祭の準備、終わったのか?」
 気にかけてくれているのがわかる口調だったから、自然に笑顔がこぼれてしまう。
「うん」とうなずくと、そっか、と拓海はほがらかに笑った。
 私の通っている学校は模擬店などを行わず、展示と舞台発表がメインだ。
 大がかりな全校集会が行われ、クラス代表が一堂に集まってくじ引きで割り振りを決める。展示になるか舞台発表になるかは運次第。
 体育祭がない代わりに力を入れていて、年間ハイライトとなる行事なのだ。
 そのためこの時期になると、月が出る時間でも校内に残っている人間が多い。
 本格的に準備をしていると居残り必須で、今日も今日とて見上げるとまだ灯りがついている教室もあった。
 私のクラスは演劇だから早めに帰れるけれど、展示に当たったクラスは施錠間際まで残ることもある。迷路を作る事に決めたクラスはもっと大変で、部品を体育館で作成し、ぜ前日に一気に組み立てるそうだ。
 日の高いうちに三週間は帰れないから、伝統行事だからとはいえ、保護者からクレームが来ないのが不思議だ。
 私の親はそれほど過保護ではないから迎えには来ないけれど、学校から出るときにメールをするように念を押されていた。
 それにしても。時計を見ずに準備をしていたので、拓海の部活終了時間と重なるなんて運がいい。
 ジャージを返そうとすると「寒いんだろ?」 と笑われてしまった。「羽織れよ」と気さくに促すので、ちょっと戸惑ってしまう。
 拓海のジャージ。
 さっきまで部活で拓海が着ていたはず。
 ちょっと悩んでいたら私の手から奪われ、早く着ろと肩にかけられる。
 ほんの一枚はおっただけで、夜風の肌寒さが一気に消えてふんわりと温かかった。
 肩にかけたままだと落ちそうだから袖を通すと、ぶかぶかで私にはものすごく大きい。
 細身に見えていても、拓海と自分の差を実感してしまった。
 小学校を卒業する頃は私のほうが大きかったのに、なんだか悔しい。
 いつの間に、こんなに体格の差が開いていたのだろう?
 チラッと横顔を盗み見て想像以上に大人の顔に近づいていたのに気付き、ドキリとする。
 幼馴染で、同級生。
 家も近所で、親同士の交流もある。
 幼稚園から高校に至る今まで、拓海とはずっと同じ学校に通っていた。
 気やすく話せるけれどお互いにいろいろ知りすぎていて、なんでも冗談にしてしまえるほど近くて遠い仲だ。
 友人関係を続けられる事が、心から不思議だと思う。
 引っ込み思案な私と違って、拓海は太陽みたいに人の輪の中心にいて、ずっとキラキラしている。それに基本的にサバサバしているから、言葉もうまく出せずに思い悩む私とはまるで違う。そう、下級生に告白されたけど断っちまった、なんて話も平気で私に聞かせてくるぐらい、あっけらかんと生きていた。
 男女交際はどうでもよくて、バスケ部で走っているのが楽しいって笑っているから、健全な男子高校生らしい気もするし、少しずれている気もするし、少し悩ましいところだ。
 動きの止まったまま思考を巡らせていたら、拓海はちょっとだけ肩をすくめて、そのまま先に立って歩きだす。
 一人で帰りたくないので、私は急いでその背中を追いかけた。
 隣に並ぶと、拓海はムッとした表情でちょっと頬を膨らませていた。
「確かに使用済みだけどさ。休憩時間にしか羽織ってねぇから、そこまで汗臭くないぞ。そんなに嫌がらなくてもいいだろ?」
「え? ち、違うよ、そんなこと思ってない」
 慌てて否定したけれど、嘘つけ、と拓海は笑う。こんなときキラキラ光って見えるから、私は少しドキドキする。
 付き合ってはいないのに、我ながら過剰反応だ。拓海は幼馴染で友達だと自分に言い聞かせる。だけどお互いに、お互い以上の親密な異性はいないし、微妙な距離感だと思う。
 ちょっぴり切なくなるけど、拓海はいつもナチュラルだ。
必要以上に意識しているのが私だけみたいで、時々胸が痛くなるのは私だけの秘密。
 妙にぎくしゃくしてしまうより、こうして一緒に歩けるだけで嬉しいからこれでいいの
「それで、出し物って何?」
 いきなり問われたけどピンと来なくて、ん? と私は首をかしげた。
「演劇のこと?」
 そ、と軽く拓海はうなずいた。
「お前のクラス、はりきってるよな~俺のクラスはパパッと二曲歌って終わり。本番までに音合わせも一回ぐらいはやろうぜ~なんて、いい加減だからさ」
 なにそれ? と思わず笑ってしまった。
「持ち時間が二十分もあるのに、二曲でどうするの? あまっちゃうよ?」
 クラスによって真剣さに差があるのは当然だけれど、ここまで違うと笑うしかない。
「そりゃ、おまえみたいにがんばってるクラスに譲る。細かいことは担任も気にしてないみたいだから、いいんじゃね?」
 そういえば拓海のクラス担任は、今年赴任してきたばかりだった気がする。
 九年も移動なく文化祭に携わっている私のクラスの担任は、書きおろしのシナリオを用意して監督さながら付き添っているのに。
「うちのクラスはオリジナルの演劇だよ。黒猫が満月に願って、人間の女の子になるの」
 星が叶える願いは代償なんていらないのに、月はひとつの願いにつき大切なものをひとつ捧げる。
 黒猫にあるのは自分の命だけだった。
 大好きだった人間の男の子が引っ越してしまい、もう一度だけ逢うためだけに人間になっても行方を捜すのは難しくて。
 最後はちゃんと会えるけれど、朝が来ると月の魔法が解けてしまう。
 黒猫は夜に輝く星のひとつになって、男の子を見守り続ける絵本みたいなストーリー。
 少し切なくて、悲しいけど暖かい物語。
 でも、ハッピーエンドとはとても言えないから、台本を読んだときに悲しくなった。
 いいお話だし力作なのはわかるけれど、お芝居の中ぐらいハッピーだねって優しくて楽しい気持ちでいっぱいで終わればいいのに。
 月よりも星に願い、小さな幸せがいっぱいあふれたらいいのに……そうすると山も谷もないつまらないお話だと思われちゃうのかな? なんて考えているとよけいに悲しい。
 知らず気落ちしてしまった私の頭を、拓海はポンポンと軽く叩いた。
「お月さまって夜のイメージで、おまえみたいな脳内お花畑にはむいてないからな」
 あんまり深く考えるなと言われて、うんとうなずくしかない。
「で、なんの役?  こんなに遅くまで練習してるなら、ちょっとは期待してもいいよな?」
 明るい声で問いかけられて、私はキョトンとしてしまう。
 できるだけ隅っこにいたい私が役者になっていたら、登校拒否を起こしていると思う。
 そのぐらい拓海も知っているはずなのに、気分を変えようと気を使ったのならものすごく不器用だ。
 そう思ったらなんとなく気持ちが緩んだ。
「私? 私は裏方。衣装は絶対に見てね」
 力作だよ! と黒猫のワンピースについて語りだすと、ありえね~と拓海は嫌がった。
「俺が衣装なんて見てどうすんだ? お前が出るならって期待してたのに、出ないのかよ」
 裏方があってこその舞台なのに、バカにされた気がして私は口をとがらせる。
「大根役者だって、笑う気だったでしょ?」
「言わねーよ」
「嘘。へたくそーって絶対に笑う」
「どうしてこういうときばっかり、おまえ、強気で断言するのかなぁ?」
 まったくもう、なんてぼやいてるのがおかしくて、思わず声をあげて笑ってしまった。
 拓海の言葉にのっかっていると、胸の奥がポカポカしてくる。
 いつのまにか悲しい気持ちが消えていた。
 特別なことは話さないのに、こうして会話している時間は心地いい。
 他愛のない会話っていいな、と思う。
 肩を並べて歩いているうちに、いつの間にか私の家が見えた。あと十メートルもまっすぐ歩けば、私の家の玄関だ。
 拓海はこの角を右に進むので、ここでお別れになる。
 もう少し一緒に歩きたい気分だったけれど、それは友達を越えた希望になりそう。
 だから、私は立ち止まる。
「また明日。ジャージ、ありがとう。洗って返すね」
 笑顔でお礼を言うと、不思議そうに拓海は私を見た。
「遅いし、すぐそこだから門まで送る」
 いいよ、悪いし。
 そう言いかけたけれど、不意に伸びてきた拓海の手が私の頬に触れた。
 不意打ちに、心臓が止まりそうだった。
 ゴツゴツして長い拓海の指が動く。
 耳からこぼれ落ちていた髪を指先でそっとすくい、そのまま頬をなでるように後ろに払う。くすぐるようななにげない動きだけど。
 私とは違う体温に、チリ、と胸が焦げた。
 思わず息を飲んで無意識に後ろに逃げかけた私の肩を、拓海の大きな手が押さえて止める。しばらくは無言で、ジーッと私の顔を見つめていたけれど、ポツンとつぶやいた。
「お前さ、こんなに美人だったっけ?」
 その瞬間。カーッと一気に血が上り、顔が真っ赤になっていくのがわかる。
「よくもそんな恥ずかしい台詞を……」
 いきなり何を言いだすのかと思ったら、真顔でからかわないでほしい。
 バカバカと思い切りはじきたかったのに、弱々しくかすれた声しか出なかった。
 美人なんて、そんなの誰にも言われたことがなかった。褒められて嬉しいけれど、不意打ちで言わないでほしい。
 私だけが意識していると感じていたから、このまま思いあがってしまいそうだ。
 思わずつま先を見つめて、つられたように本音をこぼしてしまう。
「拓海こそ、そんなにカッコよくなってずるい」
「バッ! お前こそ、よくもそんな恥ずかしい台詞を……」
 最初に言ったのは拓海なのに怒るなんてひどい。そう言いたくて顔をあげると、視線がからんだ。
 怒ってなんかいなかった。
 私と同じように拓海も真っ赤になっていた。
 ドキドキしている心臓の音が、ここまで聞こえてきそうなぐらい動揺している。
 こんな表情、初めて見た。
 そう思った途端、スルンと言葉が出ていた。
「恥ずかしくないよ、本当のことだから」
「お、俺だって嘘なんて言わないけど……」
 本当ならなおさら恥ずかしい状況だと、言いあった後で気付いて、お互いに黙りこむ。
 それ以上の言葉もなく、落ち着かない沈黙の中で、頬を染めた私たちは立ち尽くすだけだ。動く事ができなかった。
 家はすぐそこで、帰らなくてはいけないけれど、帰りたくない。
 冴えた月光に照らされ、お互いの表情が夜の中で鮮やかに浮き上がる。
 心まで射しこむ、夜の魔法みたいだった。
 ずっと一緒に育ってきた。
 私の好きは、拓海だけに向かっているけど。
 このままなにも言わず笑い話に変えて、友達でいればお互いに傷つくこともなかった。
 だけど、ほんの一歩。
 ほんの一言あれば、私たちの関係は変わる。
 友達のままでいると、拓海が私以外の人を選ぶのを見ることになる。
 特別な関係になると、今までみたいな気安さが壊れるかもしれない。
 失うものと得るものは、どちらを選んでも等しい大きさで迫ってくるから、体が震えた。
 本当に怖いのは、どっち?
 私は拓海だけを見つめていて、拓海は私だけを見つめていた。
 今が選ぶ時だと自己主張する心臓はうるさくて、気持ちごとはじけ飛んでしまいそう。
 スルリと夜風が間を過ぎていく。
 もう、逃げられない。逃げてはいけない。
 次の言葉を探して立ち尽くす私たちを、青白い月がそっと見守っていた。

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イチゴミルク 

お題からのツイノベ風のSS集

 まだ来ない。
 チョコバナナのクレープをかじりながら逃げた日からずっと、鬼瓦さんが私の勤めるクレープ屋さんに顔を見せない。
 最初は仕事が忙しいのだと思っていた。
 だけど一週間が過ぎるようになると、さすがにため息がこぼれ落ちてしまう。
 どうしたんだろう? 鬼瓦さんの事が気になって仕方ない。
 あんなやり取りをした後に顔を見せなくなるなんて、なんだかひどいって思うし。

「鬼瓦さん、最近みないわねぇ」
 なんて同僚の言葉にも、そうですねぇと乾いた返事を返すしかない。
「陽菜ちゃん目当てだと思っていたのに」

 なんの気なしにつけたされた言葉に、ドキンとした。
 そんなまさか、とも、違ったみたいですね~とも、返す言葉が浮かばない。
 私の妄想が勝手に膨らんでいるだけじゃなくて、他の誰かの目からも鬼瓦さんの行動はそんな風に見えていたんだと思うと、嬉しいような面映ゆいようなくすぐったさがわいてくる。
 だけどそのぶん顔も見ることができない今の不安が、大きく育つもどかしい感じが胸を塞いでしまう。

 だって私は、鬼瓦さんの本当の名前も知らないのだ。
 もし、どこかで見かけたって「鬼瓦さん!」なんて、勝手につけた失礼なあだ名では呼びかけることもできない。
 モゴモゴと口の中でまとまらない言葉を転がすしかない私に、同僚は気がつかないのかトッピングのイチゴを手際よくカットしていく。
 さすがはベテラン。飾り切りも鮮やかな手並み。
 私は横で、おっかなびっくりペティナイフをあつかっている。

 そう、今日から季節の限定メニューが切り替わるのだ。
 コロンとした可愛いフォルムを半分にし、切りこみを入れるとハートの形になる。
 家でも練習してるけど、慣れるまでもう少し時間がかかりそうだ。
 大粒の甘いイチゴを惜しげもなく使って、特製のミルククリームもたっぷりとクレープで包み込み、春だけの季節限定バージョンは包み方が違うらしい。
 可愛いハートを見せつけるようにと説明しながら、店長は「青春時代の恋の味~♪」なんて鼻歌交じりに見本を作ってくれた。
 新米だから上手にできませんって、買いに来てくれるお客様には関係のないことだもの。

 手もとに意識は集中させていても、やっぱり鬼瓦さんの事は気になった。
 季節限定のイチゴクレープの発売に合わせて、エプロンの色が今日から変わる。
 白のブラウスに、イチゴ色のフリル・エプロン。
 可愛いデザインに違いはなかったけれど……制服の変更はただの偶然なのだけどタイミングがタイミングなだけに、もう二度と鬼瓦さんには会えないような気がしてしまう。

 今日から私は、鬼瓦さんの好きなチョコバナナにはなれない。

 ふぅっと何度目かのため息を落とした。
 まぁ、もともとお客様とクレープ屋の店員で、それ以上でもそれ以下でもなかったのだけど。
 真っ赤に熟した甘酸っぱいイチゴの香りがちょっぴり切ない。

「あ、鬼瓦さん」

 なんの気なしに放たれた同僚の声に、肩が跳ねてしまう。
 必要以上に驚いてぺティーナイフを取り落としたことに、私自身が動揺してしまった。
 会いたかったはずなのに、今すぐどこかに逃げだしたい。
 オロオロしているうちに、フードコーナーに現れた鬼瓦さんはズンズンとわき目もふらずクレープ屋にやってきた。
 その目はカウンターに立った同僚を通り越して私を見ていた。

「ほんと、わかりやすい人ねぇ」
 振り向いた同僚が、私を見て「あらま」ともらす。
「ほんと、わかりやすい人たちねぇ」

 うふふと笑って私の肩を押すので、カァッと頭に血がのぼるのがわかる。
 どうしていいかわからないから、こういう気づかいにはなれない。
 鬼瓦さんはカウンターの前に立つと私の顔を見た。
 不思議そうに何度もまばたきするので、内心パニックになっていたけれど逃げ出すことはできない。

「あの! チョッチョ、チョコバナナですか?」
 すぐに作ります―とテンパッテいたら、まじまじと私を観察していた鬼瓦さんは、フッとはにかむように笑った。

「あんた、イチゴみたいだな」

 今日は季節のお勧めで、と付け足されて、頭の中が真っ白になった。
 いつものチョコバナナからイチゴミルクに変わるのは、私の制服が変わったから……なんて、一度思ってしまうと必要以上に意識してしまう自分が恥ずかしい。
 ううん、恥ずかしいのは挙動不審の私を見て、鬼瓦さんが嬉しそうにしているからよけいになんだけど。

 思わせぶりな行動するなんて、鬼瓦さんのバカ。
 ちょっぴり拗ねた八つ当たり気味な気分で、慣れない季節限定クレープを作って、ぎくしゃくした動きでクレープを渡す。
 鬼瓦さんから返ってきたのは、クレープの代金と一枚のカード。
 それには連絡先と名前が書いてあった。

 姫川 雅。
 ひめかわ まさ、とルビもふってある。
 鬼瓦さん、本名は姫川なんだ。
 なんだか茫然としてしまう。
 似合わない、なんて言ってはいけないけれど、名前まで顔とのギャップが大きい。
 どんな顔で本名を呼べばいいか、頭を悩ませてしまった。

「修羅場、昨日で終わったから」
 それは仕事のことだとすぐにわかった。
「今度、飯でも一緒に……連絡、待ってる」

 珍しく歯切れの悪い台詞。
 顔をあげると鬼瓦さんは背中を向けて、いつもよりも足早に去っていた。
 早い。あっという間に見えなくなった。
 競歩競技に出場できそうなスピードに、同僚がクスクスと笑いだした。

「見かけによらず、可愛らしい人ねぇ」
 そして、コツン、と肘で小突かれる。
「陽菜ちゃんも、可愛らしい人ねぇ」

 からかわれても、返す言葉が思い浮かばない。
 心臓がおかしいぐらいバクバクしていた。
 今は通りすがりのお客様とただの店員だけど、ほんの少し勇気を出せば近づける。
 それは簡単なようで、ものすごく難しいことだから。
 私は休憩時間に、季節のイチゴミルク・クレープを買った。

 鬼瓦さんの連絡先は、手の中にある。
 ひとつ、ひとつ、コミュニケーションアプリのトークにメッセージを打ちこんでいく。
 選ぶ言葉に迷ったら、一口クレープをかじった。

 ふんわり甘いミルククリームに隠れた、甘酸っぱい果実。
 一粒だけ顔を出す、真っ赤なハートは色鮮やかで。
 イチゴミルクのクレープは、恋の味がする。

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ハッピー・ニャンコ 

詩集 ヤマアラシのジレンマ5

桜の花も ほころびはじめ
僕は気ままなハッピー・ニャンコ

おはようのかわりに
ニャァと鳴いて 見送るよ

コロリころころ ひだまりで
あったかいねと 身体を伸ばす

おひさまはこんなに優しいのに
通り過ぎるのは 慌てたような駆け足ばかり

折り目のついた真新しい服
ツヤツヤと輝いているカバン
はずむ足取りが向かうのは 初めての場所

借りてきたような よそ行き顔も
これからゆっくり馴染んでいくんだね

いってらっしゃい 新しい門出を迎えたアナタ

おめでとう おめでとう 恐れと期待を胸に
踏み出す一歩の 大きさを知るのはアナタだけ

くるりクルクル 狂おしいほど
桜の花もほころびはじめ ひたすら春は忙しいけど

僕は気ままな ハッピー・ニャンコ
おかえりのかわりに ニャァと鳴いて迎えるだけさ

それほど願いは多くないけど 少なくもなくて
僕の上にもアナタの上にも おひさまの祝福があたたかにふりそそぎますように

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幽霊のチェス盤 

お題からのツイノベ風のSS集

 最近、隣のおじさんがおかしい。
 いつも早起きだったのに正午近くになって欠伸まじりに起き出すと、のそのそと洗濯物を干している。
 気まじめすぎるほど生真面目なのに、ゴミステーションの掃除当番も遅刻したので体調でも悪いのか心配になって聞いてみると、夜が楽しくて仕方ないという。
 友達ができたのでついつい夜更かししてしまうんだ~ととても嬉しそうに語ってくれた。
 でも、おじさんが寝坊し出してから、夜になって隣の家に出入りしている人は見たことがない。
 不思議に思って尋ねてみると、骨董屋でチェスを買ったら勝負相手も憑いて来たらしい。
 いい勝負なんだと、おじさんはものすごく嬉しそうだけどさ。
 気にしてないみたいだけど、その友達って幽霊だよね?
 普通に考えて怖いんだけど……チェス盤に塩を盛ってもいいかな?

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週末の君 

お題からのツイノベ風のSS集

ひとつにまとめた長い髪。
かっちりした服装を更に真面目に見せる眼鏡をかけた君。
冗談を言っても冷静に仕事の話をすすめられ、どこか近寄りがたい。
でも、僕は知っている。
甘いものが大好きで、とろけるような微笑みでケーキをほおばる君を。
ほんの偶然だったんだ。
時間をつぶすために入ったコーヒーショップで、新製品を前にして幸せそうにしていたから。
見慣れている姿と違いすぎて、僕だって驚いたよ。
声はかけなかったけれど、ケーキを前にした笑顔があんまり可愛いから、君に興味を持ったなんておかしいかな?
週末は近所にあるデザートバイキングに誘おう。

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明日も君と 

お題からのツイノベ風のSS集

「お疲れさま」
 後は僕がやるから、と道具を持って歩きかけたら、ツン、と君は服の裾を引っ張る。うつむいているけど真っ赤な顔なのがわかる。
「一緒に帰りませんか?」
 震える声に、僕まで頭に血が上りそうだ。
「よ、喜んで」
 気の利いた返事は浮かばないけれど、明日も君と並んで歩きたい。

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ツンツンつくし 

腹ペコのその時に

 春ですね。
 そろそろつくしが顔を出す頃でしょうか?
 つくしのビジュアルって可愛いと思うのです。
 雑草の中からもニョキニョキ伸びて、こんにちは―って感じで顔を出してるし。
 
 春の山菜ってアクが強いものや苦味のあるものが多いけど、つくしはあっさりしてます。
 それがどうしたって感じかもしれないけど、下ゆでやゆでこぼし入らないし、苦手な人はいないって強みだと思う。
 つくしつみは子供でも間違えないし、簡単に料理できるのもいいよね♪

 つくしを採ってきたら、ハカマを取り除いて、洗います。
 下準備はそれだけ!
 それだけなんだけど、ハカマを取るのってチマチマしてるから、まるで内職作業みたいです。

 天ぷらにしたらサクサクして、塩をふってポッキーみたいに食べるのが好き。
 佃煮にして、ご飯にのせて食べるのも、卵焼きの芯にして巻くのも好き。
 やったことはないのだけど、シロップで煮て砂糖をまぶすと和菓子になるそうです。お茶うけに美味しそう♪

 季節を感じやすいのも、春の特徴かもしれませんね♪

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チョコバナナ 

お題からのツイノベ風のSS集

 また来た。
 なんて言ってはいけないけれど、彼が現れると一瞬で空気が変わる。

 通称、鬼瓦さん。
 名付け親はショッピングモールのフードコーナーに努めているパートのおばちゃんたちだ。
 本当の名前は知らない。

 任侠映画に出てきそうな鋭い眼光。
 グリっとした太い眉に、えらの張った厳めしい顔つき。
 格闘技かラグビーの選手を想わせるがっちりとした体格。
 鬼瓦さんの太い腕は、私がぶら下がっても、きっと平気。

 そんな彼が真っ直ぐに向かってくるのは、私が勤めているクレープ屋さんだ。
 はじめて会ったときから顔色一つ変えず、淡々と告げてくる注文はいつもチョコバナナ。
 季節のお勧めを伝えてみても、一寸のぶれもなく淡々と告げられるのは「チョコバナナ」の台詞ひとつだけ。

 ハッキリ言って、鬼瓦さんにスイーツは似合わないけれど。
 私がこのショッピングモールのフードコーナーにあるクレープ屋さんに勤め出してから、週に二度は顔を見かけるので相当甘いものが好きらしい。
 毎度のようにチョコバナナを頼んでいくので、他人の好みって本当にわからないものだなーと思う。
 あきれてはいけないけれど、どんだけ好きなの?

 淡々とチョコバナナを注文して、持ち帰りで受け取って、スタスタと去っていくので、鬼瓦さんとまともに会話をしたことはない。
 だけど、やけに気になる人だった。
 周りの視線もものともせず、いつもスーツで、当たり前のようにチョコバナナを買って、ただそれだけなんだけど。

 クレープを受け取る一瞬に、フッと笑うのだ。
 本当に一瞬だけ目を合わせて、とても嬉しそうに。
 うん、まぁ、顔つきは鬼瓦で怖い感じだけど、表情ひとつで印象が変わる。

 どこまでも一途で。
 頑固なまでにわき目もふらず。
 好みは、いつまでも変わらない。
 大事そうに受け取るチョコバナナは、日常で関わる人に対する態度と同じに見える。
 そんな鬼瓦さんに、惹かれない訳がなくて。

 いつか店員とお客以外の立ち位置で話してみたいなーと思っていたら、なんとその機会は意外と早く訪れた。

 昼休憩にお弁当を食べようと思ってショッピングモールの中庭に出たら、鬼瓦さんが一人で本を読んでいたのだ。
 ふと思いついてクレープ屋に取って返し、チョコバナナを二つ買って中庭に行く。

「こんにちは」
 思い切って鬼瓦さんに声をかけてみた。
「よかったらこれどうぞ」
 クレープを差し出すとちょっと驚いた顔をしたけれど、私の手にしたお弁当箱に気がついたみたいだった。

 鬼瓦さんは無骨な顔立ちに似合わず気の回る人なので、あっさり「座れば」と言われたので素直に従う。
 ありがとう、と言って座ったものの、沈黙が落ちてしまう。

 なんという不覚。
 突撃して同じテーブルに着いたものの、まともな会話が思い浮かばない。

「クレープ、お好きですよね?」
 場を取り繕うように質問をふって見ると、ハハッと鬼瓦さんは軽く笑った。
「いつも同じ物しか頼まないしな」
 こだわりに突っ込んで気を悪くしたらどうしようと内心びくびくしていたので、明るい声になんだか救われた気がした。

「いつもチョコバナナですよね」
「いつもチョコバナナだよな」
「注文を選ぶのが苦手とか?」
「そういうあんたは、苦手そうだよな」

 いきなり振られて、うっと言葉に詰まってしまう。
 確かに季節の限定品に弱いし、好きなものがありすぎると目移りして選べなくなる。
「質問に、質問で返すのはずるいです」
 拗ねて横を向くしかない。
 だけど、やっぱり鬼瓦さんと話す機会は貴重なので、まっすぐに向き直った。

「甘い物、好きなんですね」
「いや、嫌い」

 即答だった。
 すっぱりと、きっぱりと、これ以上はないぐらいハッキリとした宣言に、私は戸惑った。
 だって、鬼瓦さんの頼むチョコバナナは、甘いデザートの代表になれると思う。

「嫌いなんですか?」
 うん、とうなずいた後、なにかモゴモゴと口の中で言いかけてごまかそうとしていた鬼瓦さんだけど、私に向けたのは真顔だった。

「チョコバナナってさ。ふりふりのブラウスに、チョコブラウンのエプロンって感じだろ? そっくりだ」
 私の勤めるクレープ屋さんの制服は、白のふりふりブラウスに、チョコブラウンのカフェエプロンだけど。
 鬼瓦さんの視線が痛いぐらい真っ直ぐだから、私の思考はついていかないけれど、一気に顔がほてり始めた。

「好きな子を食べたいなんて変なこと言う奴が多いって思ってたんだけど、確かに似てるって思ったからな。こういうことかーって思ったんだよ」
 甘すぎるぐらい甘いのも女の子みたいだ、なんて。
 言うだけ言うと私の返事も待たずに、照れくさそうに横を向いてしまう。
 鬼瓦さんはガブリと勢いよくクレープにかぶりついているけれど、口に出している言葉と重なると、妙に艶やかな想像をかきたてられてしまう。

「好きな子は、チョコバナナみたいな人なんですか?」
「あ~う~ん……まぁ、俺はそう思ってるけど、女の子がバナナってわけはないか。いや、アレだ。なんというか……好きな子と違ってクレープは食べても問題ないし……いや、食べちゃいたいってのは言葉のあやで……俺、なにを言ってんだかわからなくなってきた」
 恥ずかしいじゃないか、と言って鬼瓦さんはしゃべらない言い訳をつくるみたいに、一気にクレープの残りを口の中に押し込んだ。

「悪い、今は勘弁してくれ」
 言い残すと、ものすごい勢いで逃げて行った。

 去り際に追加の台詞をごまかすため、白く唇を汚したクリームをそっと舌先で見えるようになめとったのは、わざとですか?
 真っ赤になった横顔なんてギャップがありすぎるから、ときめいてしまうじゃないですか。
 ほんとの名前も聞きそびれてしまったのに、ドキドキが止まらなくなる。

 食べちゃいたいぐらい好きな人って、甘い甘いデザートみたいな言葉だから。
 もしかして……なんて勘違いしたくなる。
 跳ねあがる鼓動を抑えつけようとしても、一度速度を増した心臓は簡単には収まらない。

 チョコと生クリームに甘く包まれたバナナは、私?
 それとも……?

 今度、あなたに尋ねてみたい。
 不器用な私だけれど、いつかはあなたのチョコバナナ。

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好きすぎる君 

お題からのツイノベ風のSS集

プリントを渡す瞬間、指先が触れた。
跳ねるように顔を上げる。
思いがけず視線が合った。
条件反射みたいに、君が笑う。

だめだ、感情を見せたくない。
君を避けるように、私から目をそらす。
声をかけられる前に、逃げるように背を向けた。
そんな些細なルーティンに、鼓動がはねる。

冷たい対応だと、誤解されたかもしれないけど。
足早に立ち去るのは、いつものこと。

残していく君の表情はわからない。

平静さが保てなくなるなんて。
全部全部、好きすぎる君の笑顔が悪いんだ。

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猫乃あお

Author:猫乃あお
はじめまして!
基本はほっこりで、自分ペースで楽しんでいます♪
恋愛・日常・友情などをテーマにした、オリジナル小説や詩も掲載しています。
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